Day.3-7 夢叶の原点と過去

夢叶ゆめかちゃんはどうして漫画家になりたいって思ったの?」

「えっと、小学生の頃に私が絵を描く度に両親が喜んでくれて褒めてくれたんです。その頃は絵を描いたり、それこそ漫画を描くなんてやってなかったんですけど、そもそもそういうことは苦手だったので嫌いでした。でも図工の授業で何気なく描いた絵で賞を取ったんです。それを両親はとても喜んでくれました」


 昔話をうんうんと聞くノノカ先生を前に夢叶の唇が自然に動き続けた。


「当時私の家はとても貧乏で、両親が共働きでもその日の食事に悩む事がありました。父の仕事が上手くいかなかった時や母の元気が無い時には家の中は暗く淀んでいて、そういう時私はよく空想の中に思いを馳せることで耐えていたんです。それで空想上で思い描いたとはいえ、そこで楽しそうに笑って過ごす家族の様子を忘れないようにと絵に残す事にしました。ある日その絵は家の一番目につきやすいところに飾ってありました」


 当時の様子が夢叶の中で鮮明に思い出され、彼女の原点が語られる。


「両親はその絵を見て私に嬉しそうに笑いながら、頑張るからと言ってくれました。それから家の中は明るくなって、私が絵を描く度に二人は笑ってくれました。それが嬉しくて、もっと喜んでほしいからと未来の家族を思い描いた漫画を描くと、今度は泣きながら喜んでくれました。自分にはきっと絵や漫画で誰かを喜ばせる才能があるんだと思って、もっと元気になってほしいとも思うようになりました。それでいつかは両親の他にもたくさんの人を笑顔にしたいと思うようにもなりました。それからは暇さえあれば漫画の描き方を独学で勉強して、漫画家への道を目指すようになりました。でもある日、父の会社が倒産しました」


 夢叶の目は遠い過去を見ており、その目には当時の過酷な景色が映っていた。

 ノノカ先生はそれに気が付いて分かったと止めようとしたが、夢叶の唇が動く方が早く止める事が出来なかった。


「家の中はまた暗くなってしまいました。両親はお金が無いと言って、食事もまともに出来ない毎日にすすり泣くしかありませんでした。私はそんな二人がまた元気になってほしいと思って絵や漫画を描き続けましたが、元気になる事はありませんでした。きっと私の絵が下手だからなんだ、もっと上手くなったら元気になってくれる。そう思って必死に描き続けました。上手く描けなかった絵は何度も描き直し、修正が出来なくなるとページごと破っては捨て、ひたすら絵や漫画を描き続けました。いつの間にか季節が冬となって、父は毎日仕事を探すもなかなか見つからず、母は昼夜を通してパートで働き続けた結果、過労で倒れました。お金が全く入ってこない家は電気とガスが止まり、ついに水道も止まりました。家賃も払えなくなって私達家族はホームレスとなりました。食事は食パンの耳を一袋貰ってきて三人で分け合って食べ、家は公園の遊具の中でした。雪が降る寒い中、両親は仕事と食べ物を探すために出かけていき、私は残された荷物を見守りながら漫画を描いていました。でも次第に眠くなってきて、手が動かなくなっていきました。そして私は全身が動かない事に気が付くとそのまま眠ってしまいました」


 そこで夢叶の話が止まった。

 ここまでが中学生の夢叶にある記憶。

 その後は狭間の世界でレイカと繋希けいきに出会い、今に至るというわけである。


 夢叶はコーヒーを飲むと、それは冷めていて苦く感じた。

 ノノカ先生は初めて聞いたその過去に何て声をかけて良いか分からず、でもその話の後に元気が無くなっている夢叶をどうにか元気付けようと発した言葉は


「夢叶ちゃん。それ漫画にしようよ」


 だった。

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