Day.2-12 元凶への断罪

 自らの失態を自らの言動により認めてしまった内田課長は、反論すべく次の言葉を探していた。

 しかし何度思考を巡らせてもそれは思い浮かばず、ただ焦りの中で口を紡ぐことしか出来なかった。


「藤沼君。皆の前で言うのもどうかと思うが、我が社の平穏、未来を守るためによくやってくれた。感謝する。-して、内田君。ここに確固たる証拠がある以上は社長として厳正に処罰をせねばならない」


 社長は厳格な顔つきとなって内田課長を見た。


「私、および社内公安課はあなたを陰湿極まりないパワハラ、真偽不明の事を広めたSOGIハラ、周囲の男性社員へのセクハラの事実を認め、厳正な処罰を与えたいと思う」

「厳正って。そんな…… 待って、お願い。待って……っ」


 内田課長は這うように藤沼の足元へ行きスーツの裾を握ると、ただ許しを乞うた。


「許すか許さないか、今回の件で最終的な判断を下すのは僕ではありません。相良です。相良は最も被害を受けました。それに、今日から社内公安課に入るのでその権利があります」

「えっ」


 今初めてそのことを聞いた由里子は思わず驚きの声を上げた。

 すると、内田課長は必至の眼差しで由里子を見た。


「相良さん。あれは全部あなたの今後を思っての事だったの。全部教育だったのよ。私の愛だったのよ。飴と鞭って言葉があるでしょ? 愛の鞭なのよ。あなたなら分かってくれるわよね?」


 圧倒的窮地に立たされた内田課長は懸命に弁明する。そして周囲の人達にも今まで自分が皆に色々な事をしてきたのは、全て愛のある教育なんだと釈明した。


「あなたは分かってくれるわよね?」


 内田課長が縋るような目を向けたその人は、一昨日由里子に仕事を押し付けて終業後に内田課長と食事に行った女性社員だった。

 この人は私と仲が良い。だからきっと分かってくれている。

 そう切に願い、次の回答を待った。


「私も職位の下で何度も嫌な思いをしました。私だけじゃないし、他にも何人か受けたと言っていました」


 呆気なくその希望は崩れ落ちた。

 彼女はこの状況下で誰に味方をすれば得かを理解したようで、いつも内田課長に媚び諂っていたのに、今になって被害者面をし容赦なく掌を返したのだ。

 その言葉を受けてこの場にはもう自分の味方がいないのだと悟った内田課長は、最後の希望を見るような目で由里子のスーツを握り、膝を付いて縋った。


「相良さん。私はたくさんあなたに仕事を教えたし、優しくしてたわよね? 厳しくしてしまったことは謝る。でも本当はあなたの事をいっぱい気にしていたのよ?」

「私は……」


 由里子はその必死の目を見ると、もし自分が酌量をしなければどうなってしまうだろうと心に少しばかりの容赦の念が生まれる。

 しかし今まで自分がされてきたことや地獄のような日々を思い出すと、どうするのが良いか迷ってしまい次の言葉に詰まってしまった。


 ―ありのままの自分でー


 すると、唐突にその言葉が由里子の頭をよぎった。

 本当の私はこの人をどうしたいのだろう。


「藤沼君。内田課長の処罰はどういう、私にはどんな選択肢があるの?」

「一つ目は、自分は一切被害を受けていなかったとして全てを不問にする事。二つ目は、各ハラスメントによる厳正な処罰として懲戒解雇。最後の三つ目は、相良の恩情と会社としての立場を鑑みて降格処分並びに減給処分に留める。その内のどれかだ」

「解雇は、懲戒解雇だけはやめて! ここまで積み上げてきた私の功績が、努力が何も無くなっちゃう。もうこの歳じゃ他に仕事なんて無い。お願い。お願いします。必ず心を入れ替えます。どうかご容赦を……」


 今まで自分に散々悪態や罵詈雑言、理不尽なハラスメントを行い他社員までも職位の下で支配してきたその存在が、全員の前で震えながら新卒社員に土下座で懇願している。


「……内田課長。顔を上げてください」


 ゆっくりと頭を上げた内田課長の顔は、メイクが涙や汗、鼻水等で完全に崩れてとてもじゃないが綺麗なんて言えない醜い顔をしていた。


「飴と鞭。確かに誰かを育てる為には鞭が必要かもしれません。でも、その鞭が愛の鞭か凶悪な鞭か、それを決めるのは与える本人ではなく与えられた人の方なんです。私はあなたの鞭を愛だなんて思っていません。私利私欲と嫉妬で私を貶め、おばあちゃんの事だって愛のある人の言葉とは到底思えませんでした」

「違っ―…」

「だから私はあなたを―……」


 ―ありのままの自分でー


 一瞬言葉が止まった。

 過去の自分、あの時サチが抱きしめながら由里子に言った、ありのままの自分で生きてほしいという言葉が再びその心に蘇った。


 その言葉は決して鎖ではない。

 そんな様々な想いを抱き、過去からの解放とここから始まる新しい自分に向けて歩き出すと由里子決めたのだ。

 だから―


「社内公安課として、内田課長に厳正な処罰を下します」


 と全員の前で真っ直ぐと言い放った。


「そんな……」


 直後、まるで抜け殻のようになった内田課長もとい、内田は別室へと連れて行かれた。

 そして全ての元凶が消え去ると


「では改めて、ここに新部署、社内公安課の設立を宣言する。藤沼課長、相良君。君達の活躍に私は大いに期待する。以上」


 社長による発足の言葉の後、解散となった皆は仕事を開始した。

 それから二人は社長室へ呼ばれた。


「まずは相良君。何も言わず決めてしまってすまなかった。でも君の状況的に内田君に気付かれる危険性があったのでな。それと動くのが遅くなってしまい、本当に申し訳なかった。謝罪しよう」


 社長自ら頭を下げた。


「社長そんな。頭を上げてください。確かに辛かったですけど、最後には自分の意思で決める事が出来ましたので満足しています。だから、ありがとうございました。藤沼君もありがとう」

「俺は平和な職場がいい。それだけだ」


 そんな藤沼の顔もとても満足している様子で晴れ晴れとしていた。


「これから我が社も転換期を迎える。世間情勢に合わせて個人に対しての接し方、一人一人の貴重さを噛みしめながら大事にしていかなければならないのだ。だから初めは大変だと思うが、新部署の代表として我が社に力を貸してほしい」

「「はい」」

「相良君。君は今、将来を見た良い目をしている。まさにありのままの君が見えるようだ」


 その言葉に由里子は嬉しくなり自然な笑みを浮かべた。


「社長。設立したところ申し訳ないのですが、相良はそろそろ」

「そうだな。無理を言って出社させてすまなかった。下にタクシーを呼んである。おばあ様のところへ行って、ついててあげなさい。今日はもう会社に戻ってくるんじゃないぞ」


 社長は由里子を快く送り出し、祖母の所へ向かわせてあげた。


「あ、ありがとうございます。では本日は失礼します」


 こんなふうに送られることなんてなかった由里子はつい戸惑ってしまうが、一礼の後会社をあとにした。

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