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第10話
お店があるため、早乙女さんと会うのは平日の夜が多い。食事をしたり軽く飲んだり。彼の愚痴だったり仕事の愚痴だったり、あれ愚痴ばっかり? 早乙女さんが聞き上手なのかなぁ。
その日、いつもより少しだけアルコールの量が多くなったのは翌日が土曜日という開放感からかもしれない。
「遅くなっちゃったなぁ」
「良かったら、うちに泊まってく?」
すっかり気心の知れた友人のつもりだった私は「やったー」と素直に喜んだ。
「え、早乙女さん家、ここなの?」
「そ、お店に近くて良いでしょ」
エントランスから見上げる、タワーマンションに言葉が詰まった。
部屋に入っても、ふぁ、とか、ひぇ、とか感嘆詞しか出てこない。
「うさちゃん、シャワー浴びておいで」
「はーい」
まぁそうか、シューズショップのオーナーさんだもんね、一介のOLとか住む世界が違うか、泊まっちゃってもいいんだろうか。
「適当に寛いでてね、飲み物は冷蔵庫ね」
「はい」
冷蔵庫もテレビも大きいなぁ、うわぁソファもふかふかだ。
「どうした? うさちゃん、いつもの元気がなくない?」
「いやぁ、タワマンなんて恐れ多くて」
「あ、居心地悪い?」
「いやいや、そんなんじゃなくて。広くてびっくりはしているけど」
そんな悲しそうな顔しないでよ。
「あ、ほら、もう遅いから寝ましょう。お肌のシンデレラタイムですよ」
寝室であると思われるドアの方へと早乙女さんを押していく。
やっぱりベッドも大きいな。
「ねぇ、一緒に寝る?」
「はい、まだまだ喋り足りないですから」
その夜は、眠くなるまで話し続けていた、主に私が。
翌朝、目覚めると早乙女さんはとっくに起きていて朝食を作ってくれていた。
ダブルベッドに寝転びながら、ぼんやりと天井を見上げていた。
「ご飯出来たよー」
ドア越しの声にノロノロと体を起こす。そうした視線の先に何やら銀色のシートがあった。
薬?
「うさちゃん、顔洗っておいでー」
「はぁい」
「早乙女さん、ちゃんと寝れました?」
「うん、寝たよ」
私は先に寝て起きるのも遅かったから、早乙女さんが寝ている姿を見ていない。
「私、寝相とか大丈夫だったかなって心配で、寝言とかイビキとか」
「大丈夫、スヤスヤと子供みたいに寝てた」
早乙女さんは、その姿を思い出してるみたいに目を細めていた。
「あの、ベッドサイドにお薬があったけどどこか調子悪いんですか?」
不躾かと思ったけど聞かずにはいられなかった。
「あぁ、あれ睡眠薬。時々眠れないことがあってね。でも昨夜は飲まずにぐっすりだったの、うさちゃんの体温のおかげかなぁ」
「人間湯たんぽですね」
「なにそれ、面白いね」
「眠れなかったら、いつでも呼んでくださいね、湯たんぽでも抱き枕にでも何にでもなりますから」
「ありがとう、頼りにしてるわ」
私でも早乙女さんの役に立つのなら、喜んで!
朝のうちに早乙女さん家をお暇したのは、午後から秀吾とのデートがあったから。
「あれ、今日はスカートなんだ」
「うん、どう?」
「あぁ、いいんじゃね」
「友達に見立ててもらってね」
「あぁ、どおりでセンス良いと思ったわ」
「どういう意味よ」
まぁ私がお洒落に疎いのは自覚しているけどさ。
「似合ってる」
「そ? ありがと」
「友達って会社の?」
「ううん、この前買ったシューズのお店の人」
「店員さん?」
「違うの、私も最初は店員さんだと思ったら、なんとオーナーさんでね」
それから早乙女さんの話を、へぇとかふぅんとか言いながらも秀吾はちゃんと聞いてくれていた。
「交友関係が広がるのは良いことだよな、今度会わせてよ」
そう言った秀吾は、顔は笑っているのに、目が笑っていないような気がした。気のせいかもしれないけれど。
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