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第6話
決算期に入り仕事が忙しくなると、いつもよりも帰りが遅くなる。すでに夜の帷が降りていたので、その日私は普段通る近道ではなく人通りの多い大通りで家路を急いでいた。安全第一!
「あれ?」
こんな場所にシューズショップ、新しく出来たのかな?
ウィンドウには一足のパンプスが飾られている。
秀吾が放った「女らしく」という言葉が思い浮かび、惹きつけられる。
今まではそれほど興味なかったけど、なぜか目を離せなくなっていた。どうしよう、触れてみたい履いてみたいけど、私に合うのかわからないし、恥ずかしいしな。でも秋穂ちゃんの結婚式もあるから新調するっていう大義名分もあるし、見るだけならいいかな。
意を決してドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
柔らかい声に迎えられ店内に足を入れる。ゆっくりと歩きながらパンプスのコーナーへ。色、デザイン、ヒールの高さ、さまざまなパンプスを眺めていると微かに柑橘系の香りがした。
「よかったら履いてみますか?」
振り向けば、優しい笑顔の店員さんがいた。女の私から見ても綺麗だなぁと見入ってしまう、さすが接客業だ。
「あ、はい。でもよくわからなくて」
「用途をお聞きしても? 普段履く通勤用とか」
「いえ、普段は履かないので」
「では、デート用?」
「あぁ、まぁ。彼に、もう少し女らしくしろなんて言われちゃって……それで」
「あら、そのままでも全然可愛らしいのにね」
「いえいえ、全然です」
営業トークとわかっていても、こんな綺麗な人に言われるとドキドキしちゃうからやめて欲しい。
「そうねぇ、こんなのはどうかしら」
「これってヒールは……」
「8cmですね、違和感あります?」
「少し高いかなぁ」
なんせ今までスニーカーが主だったのだから。
「何かスポーツされてますよね?」
「え? わかるんですか?」
「姿勢がきれいだったので、体幹がしっかりしてるのかなって。だからこれくらいの高さなら履きこなせるとは思うの」
脚が綺麗に見えるのよ、と微笑みながら言われればついその気になってしまう。
「履いてみてもいいですか?」
「もちろん」
椅子に座ってパンプスを履かせてもらって、手を引かれて立ち上がる。
その動作がとても自然で、思わず触れてしまった。一瞬だったけれど、触れた手の温度がいつまでも残っている。
こういう事はお客様ならみんなにしてるんだろうと思うのに、何故だろう、ときめいてしまっていた。
「いかがですか?」
「あっ、はい。全然痛みとかないんですね」
もっと辛いかと思っていたが、安定していて、しっくりくる。
「ふくらはぎも、綺麗な形ですね」
「へ?」
「あらごめんなさい、実は筋肉フェチなの」
「あ、私もです」
思わず言ってしまって恥ずかしくなるが。
「ふふ、同士ですね」と優しく微笑まれ胸が熱くなる。
初対面の人に、こんなにも親しみを持つことは私にしては珍しいことで、不思議な魅力のある人だなぁと感じていた。
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