青い瞳のナイスガイ

「放送室からご連絡します。『クリスマスだ学園祭』の準備が整いましたので、

全校生徒、ちなみに先生方は体育館の方へお越しください」


「繰り返しご連絡しますーーー」

「今年のクリスマスは学園祭で楽しむっていうのもアリなんじゃない?

 全員参加だからね。来ないと、損するわよ!」


千里と那波の声が校内中の全校生徒と先生方に呼びかける。


その頃、青葉は屋上から呆然と青空を眺めていた。

冬の天候にしては冷たい風雪もなく、行き場のない白雲たちは進行方向が

わからなくなっているようだった。同じ雲が行ったり来たり彷徨っている。

まるで今の私と同じだ。その日の降水確率0%、風雪0%。

特別だったクリスマスもロマンティックに雪が降りそうな欠片もなく、

いつの間にか、ごく普通の日常へと変わってしまっていた。


そんな平凡で退屈だった日常に私はあなたと出会った――――ーーー。


私の心に新しい風が吹き込んできた――――ーーー。


儚くも散りかけていた私の夢にロウソクの炎がパッと光を灯す。


大げさだと人は笑うかもしれないが、私にとっては大逆転満塁ホームランを

打ったみたいに、貴方との出会いが私の人生を180度 変えたのだった―――。



そして、私は3分であなたに恋をした――――――ーーー。




「ねぇ、君は体育館に行かないの?」

その声は、突然、何の前触れもなく耳に入り込んできた。

「え…」

思わず、持っていたスケッチブックが手から落ちる。

バサッ…

声の方へ視線を向けると、同じ青空を眺めている彼の横顔が目に写った。


いつからそこにいたんだろ…この人…。  全然、気づかなかった…。


印象深く目に焼きついていたのはサラッとした黄色い髪だった。


あれ? どこかで見たような……でも、どこで?


思い出せない……忘れている? 勘違い? 


この人に確認して、間違いだったら超ー恥ずかしいしな……。

頭の中がパンクしそうなほど空回りしていた。



数センチ離れていた彼が気づくと青葉の隣にいた。

「え、不法侵入? けっ…けい…警察を……」

思わず口から言葉を吐き出していた。本心じゃなかった。

気が動転していただけだ。ハル以外の男の人の顔があまりにも近すぎて

どう接していいかわからなかった。

「ちょっと、待って…」

あたふたとテンパっている私の手を彼が掴んだ。

「え…?」

次に目に飛び込んできたのは澄んだ青い瞳だった。

しかも左目だけブルー。

「不法侵入じゃねーから…」

彼は真顔でボソっと呟く。


あれ? でも…この左目、どこかで見たような……


「じゃ誰?」

喉に突っかかっている物がなかなか取れない感じ? 

パズルのピースが上手く重なり合わない感じ?

なんだろ? このモヤモヤした霧で隠された


「え、もしかして君、俺のこと知らないの?」

「え、ナンパですか?」

「だからナンパじゃないから…はあ…」

彼の溜息が漏れる。

「あの…何か困りごとですか? 」

「コンタクト落としちゃって……」

「え?」

「ほら、右目と左目の色が違うでしょ?」

彼は更に顔を近づけてきた。

「はっはっ…ホントですね(笑)」

(だから、近いって…。この距離感おかしいだろっ…)

「一緒に探してくれる? 」

「え、何を?」

「ブルーコンタクト…」

(なんで、私が?)内心、そう思っていたが、彼も困っているみたいだったし、

結局、私は「はい…いいですよ。どうせ、暇だし」と、彼の右目に入っていた

ブルーコンタクトを一緒に探すことにした。

「ごめんね、これから学園祭だったんでしょ。さっき、放送が流れてたから」

「ああ、どうせ行かないつもりだったから、気にしなくてもいいですよ」

「なんで、行かないの? 君の友達が色々、準備してたんでしょ? 」

青葉は返す言葉に詰まると話を逸らす癖がある。

「ブルーコンタクトないですね……」

――と青葉が話題を変えたその時、「あーっ、そのまま、動かないで」という

彼の声で私は石のように固まってしまった。

「見-つけた。ほらね、セーフ」

彼は人差し指でブルーコンタクトを救い上げ舌の上で洗浄すると、

それを右目に入れ込んだ。

「え…」

「サンキュ…」

彼はこっちに視線を向けて優しい笑みで微笑む。ドキッ……


あれ…この感覚…どこかで……


彼はジッと、こっちに視線を向けていた。


長い間、彼の澄んだ青い瞳を見ていると、どっぷりと幸福感に満たされる

ような感覚になり、もっと瞳の奥にある澄んだ泉を覗きたくなった。

あなたの瞳に映っている物は何だろう?

そして、心まで彼に吸い込まれていくような感じがした。


「あのさ、前にどこかで会ったことある?」

「え?」

私も彼と同じことを感じていた。

だけど、それは思い出せない程に遠い記憶の先にある。


そう…決して交わることがない遠い記憶だーーー。

私の記憶のメモリアルの1ページにさえ入っていないペラペラの薄い

あやふやな記憶。

「もしかして、ナンパ?」

私はまた心にもないセリフで言葉を返す。

いつから私はこんなにもねじ曲がった性格になったのだろうか。

少しはまともに成長したと思っていたのに基本は何も変わっていない。

「だから、ナンパじゃねーし 」

「じゃ、貴方はここで何をしていてたんですか?」

「君と同じ空を見てた」

そう言って、彼は再びこの青空を眺めるーーー。


キレイな輪郭だ。首筋から通った骨格と顔立ちが目に焼きついていた。


「あ、そろそろ俺も行かなきゃ」


そう言って、彼はスケッチブックを拾う。


スケッチブックには【清野青葉】――――。


「清野青葉?」

(清野? どこかで聞いた苗字だ…)


彼はペラペラと無意識にスケッチブックを捲る。


「なんで白紙なの?」


「描きたいものが見つからなくて…」

「そう言えば…俺も、学生の頃さ、スランプぎみだった時、

今の君と同じでしょっちゅう空 眺めてたなあって思い出した」


彼の手からスケッチブックが青葉の手に渡る。


「そういう時はどうするんですか?」

「―—ん、待つ!」

「え?」

「何もしないで ひたすら待つ」

「でも、それじゃ 段々 夢が遠ざかっていくんじゃないですか?」

「―—うん、そうかもね。そうなれば、違う道を探せばいい」

「でも、私は…まだ夢をあきらめたくないし、このまま刺激のない

平凡な人生で終わりたくない」

「そのセリフ…なんか懐かしいな」

「え?」

「俺もさそんな風に思ってた時期があったなあって思ってさ」

「……私、まだ進路も決まってなくて…。このまま卒業しても

どこへ向かって進めばいいのかわからない…」

「そういう時は何も考えないで人生を楽しむしかない」

「え?」

「とりあえず、そういう時は学園祭に出るしかないっしょ?」

そう言って、彼は私の手を取り、そのまま出入口方向へと進んで行く。

―――が、私はドアの手前で彼の手を払いのけた。

「あ、ちょっと…私、そんな気分じゃないし」

強く言い過ぎたかな? と、思った。

「…ごめん、、、」

顔を上げたその目には彼の背中が映る。

「神様はね…突然、舞い降りて来るんだよ」

「え?」

「でもね、タイミングを逃せば、一生後悔することにもなる」

「ーーーそれって…どういう意味ですか?」

「まあ、騙されたと思って、今は俺の言うことを聞いた方がいいと思うよ」

「え?」

「絶対に退屈なんかさせないから…俺…。君が一生忘れられない

学園祭にしてみせるよ」

彼の自信たっぷりの笑顔はどこからくるんだろう……

「あなたは…いったい…」

「神谷…ユウジ(笑)。よろしくねアオちゃん!」


神谷…ユウジさん…


「きっと、そこに君が描きたいものがあると思うよ」

「え?」

「出るか、出ないかは…君次第だけどね」

「わかりました。騙されたと思ってあなたの漫才、拝見させていただきます」

「漫才?」

「え…あなた、漫才師でしょ? だって、去年の漫才師めちゃくちゃ

詰まんなくて…欠伸が20回は出たもん」

「この完璧なビジュアル見て漫才師なワケないだろ」

「…じゃ、落語家ですか?」

「はい? こんな青い目の落語家なんかいるか」

「……ですね」

「もしかして、アオちゃんって天然?」

「ジョーダンですよ」


そんなくだらない会話が永遠と続きながら二人の足は体育館へと向かっていた。



二人の足は閉ざされた体育館の扉の前で立ち止まる。


「じゃ、何をしている人ですか?」


「それは自分の目で確かめたらいいよーーー 」

「え?」


ガラ―――――ーーー……




そして、扉が開かれた――――ーーー。











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