この町に来て、初めて迎えたクリスマスの夜。
この町に来て数週間が過ぎても新しい学校に馴染めずにいた。
話しかけてくる子はいたけど、聞かれた質問にただ答えるだけで、
自分からは言葉を返すことすらなかった。そのうち私の周りには
誰も来なくなって、東京にいた時と同じ空気が流れていた。
幸いにも窓際の席から眺める景色が私の心を癒してくれていた。
こんなこと、家に帰って母に言えることもできず私の日常は
つまらなくて退屈の日々を無駄に過ごしていたのだった。
環境を変えても、どこにいたってこの性格は変わらないと思った。
だけど、隣の男の子だけは私と会話が続かなくても毎日、話しかけて
きた。内心、ウザいと思った。名前は覚えていないーーー。
母に転機が訪れたのはこの町に来て数カ月が経った頃だった。
世間はクリスマス。東京のこの時期は華やかなネオンとクリスマスソングで
大忙しだったけど、田舎は結構、普通の日常の延長線って感じだった。
だけど、少し前から変化があったのは母だった。
いつもより念入りに化粧をしている母なんて何年ぶりに見ただろう。
『お母さん、どこか行くの?』
『ああ、うん。同窓会なのよ』
『へぇ、そうなんだ』
『ごめんね、アオちゃんはおばあちゃんとお留守番しててくれる?』
『うん、わかった』
寂しいって言ったら母は行かないだろうか?
東京にいた頃はママ友の集まりでさえ私を優先して行かなかったのに、
今更、昔の同級生に会いたいのだろうか?
不意に嫌な予感が頭を横切る。
でも、母の前ではいつもちょっぴりだけ平気なフリをする。
来年は高学年になるし、いつまでも親離れできないのは 心のどこかに恥ずかしい
っていう気持ちがあったからだ。
『じゃ、お母さん、行ってきます。アオちゃんのことヨロシク頼みます』
母は台所で夕食の準備をしているおばあちゃんに私の事を頼んでいた。
『はいはい。気を付けていってらっしゃい。なるべく早く帰ってくるんだよ』
おばあちゃんも合意の上で母を送り出す。
『わかっています』
いつもより濃い目の化粧なんかして、そこで笑う女は母親の顔ではなかった。
まるで別人のようだ。言葉と本心は違う。それが人間の感情である。
母はきっと今夜は帰って来ない……。なんとなくそんな予感がした。
開いた玄関先に踏み出したヒールの音が やけに耳障りに染みついていた。
そして、ヒールの音は弾むように玄関を出た後、ドアが閉まると同時に
聞こえなくなった。
幼い頃の私は妙に聞き訳がいい子供だった。
子供心に感じていた表情を上手く出すことができなくて、私はどこか冷めた
感じがある子供だった…と思う。
大人は嘘ばかりつく。両親が離婚した時から私はきっと人を信じることを
諦めていたのかも知れない。
私を可愛そうに思ったのか、おばあちゃんは私の隣に来てニッコリと微笑むと、
申し訳なさそうに言った。
『アオちゃん、クリスマスなのにおばあちゃんと二人きりでごめんな。
ほんまに大人は勝手やね』
『大丈夫だよ、おばあちゃん。私、もう小4やもん。お母さんが一日くらい
おらんでも平気だし』
『アオちゃんは強いな』
『親がおらんでも子はすくすく育つんよ(笑)』
強がって言ってみせた。本当の私はこんなに強くはない。
弱虫以下のクセに、お母さんやおばあちゃんの前では強い私でいたかった。
『よし、ほな、アオちゃんも夕ご飯の準備を手伝ってくれるかい?
七面鳥は買えんが、今日は鶏の唐揚げだよ。あとね、特別にケーキも買っとるんよ』
『うん、いいよ。鶏の唐揚げ大好き。ケーキも好き――』
『そうかい。よかった(笑)』
子供ってホントに単純だ。でも、そんな子供騙しみたいなことで喜んでいる自分に
かなり驚いている。
この町に来て、初めて迎えたクリスマスの夜はおばあちゃんと二人きりだった。
テーブルには二人で作った鶏の唐揚げとシーザーサラダにフライドポテトや
ホットドック、コーンポタージュスープ。デザートにはショートケーキ。
私が好きな物ばかりだった。
前に母から聞いたことがあった。
昔、母が中学生だた頃におばあちゃんはおじいちゃんと離婚したと……。
理由は聞かなかったけど、母は『大人には大人の事情があるのよ』と、
言っていた。
母が東京へ上京してからおばあちゃんはこの大きな家でずっと
一人で暮らしている。
『おばあちゃん、この家で一人で暮らしてて寂しくなかった?』
『寂しいなんて思ったら一人では生きていけれんわ。それに、おばあちゃんには
畑や田んぼがあるし、今は立派な野菜や米を育てることがおばあちゃんの生きがい
なんよ』
『そうなんだ』
『アオちゃんは何かあるんかい?』
『え? あ、うん…。絵を描くのが好き、、、』
初めて誰かに自分の好きなことをしゃべったような気がする。
『そうかい。ーーーなら、続けた方がいい。何事もチャレンジすることが大切やと
思うし、それはきっとアオちゃんにとってかけがえのない宝物になっていくと思う
から…』
そんなこと言われたのは初めてだった。
気づくと、私の口の中はたっぷりの御馳走でいっぱいになっていた。
お腹の中が満腹になると幸せな気持ちになるって本当なんだと自然に
顔が
『おばあちゃん、唐揚げ美味しかったよ。あと、ケーキもね』
『アオちゃんがいっぱい食べてくれると、おばあちゃんも嬉しいわ。
実はおばあちゃんもケーキなんて買ったの久しぶりさ』
『そういえば、このケーキどこまで買いに行ったん? この辺りに
ケーキ屋さんなんてないでしょ』
『実は片道1時間もかけて駅前まで行ってたんよ』
『うそ。おばあちゃん、すごいね』
『久々にバスに乗ったわ。でも、ついでもあったしね 』
『ついで? 』
『この町にアオちゃんが来て、最初のクリスマスやからね。
何がいいか迷ったけど…。これ、クリスマスプレゼント』
『え…』
これって、サプライズ? なんか、嬉しいかも…。
『あけてもいい?』
『どうぞ』
可愛いサンタさんがいっぱい写っている袋の中身は画材セットが
たっぷりと詰まっていた。
(うそ…。嬉しいかも……)
『実は…美和子が時々、アオちゃんが描いた絵を送ってきてな。
アオちゃんが絵を描くのが好きなん、知ってたんよ』
『そうだったんだ…』
意外だった。
お母さんは私の絵には興味がないのかと思っていたから。
『だから、おばあちゃんはアオちゃんの夢を全力で応援するよ』
『ありがとう…おばあちゃん…』
この日、寂しいと思っていたクリスマスも全然、寂しくなかった。
本当ならお母さんと一緒に過ごすはずだったクリスマスだけど、
でも、こんなクリスマスの夜もあってもいいかな……思う。
だって、おばあちゃんといっぱいおしゃべりができたからーーー。
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