122.彼女と彼の事情
「なら、戻らなくていいんじゃないですか?」
ふと、そんな言葉が俺の口をついて出た。
俺は、正直難しいことはよく分からない。カイルさんとお母さんが苦労したんだろうなってことは分かるけど。
だから、こんな単純な答えしか出せない。
「ユウゼの街が今のカイルさんの居場所で、それでいいんなら戻る必要ないですよ。コーリマにはセージュ殿下もミラノ王太子殿下もいるんですし、そもそも国王様がまだ元気なんでしょう?」
「……あ、ああ」
「それなら、カイルさんが戻らなくても問題ないです。そうですよね?」
あーもうぶっちゃけたれ。カイルさん、目をまんまるにして俺のこと見てるけど。そんなに驚くことなのかね、俺の発言って。
「何なら、自分で国造っちゃえばいいんですよ。お母さんのような人が苦労しなくて済むような、そんな国」
口が滑る滑る。いや、国造るのがそう簡単なことじゃないってことくらい、俺だって分かるよ。分かるけどさ、でもさ。
俺よりずっと大変な目に会って、ちゃんと結婚できないままカイルさんを産んで育てて、それで亡くなった一久さん。
自分の意志じゃないのに別の世界に連れてこられて、それで差別の憂き目にあってる『異邦人』たち。
俺は助けてくれた人たちが優しかったからまだよかったけど、もしかしたら今も世界のどっかでそんな目に合ってる人がいるかも知れねえし。
「まあ、俺もちょっぴり大変なんですけど、それでもカイルさんに助けてもらったおかげでだいぶ楽はできてると思うんで」
素直にそう言ってしまってから、もしかして言い過ぎたかなーなんて思ってしまった。いや、人んちの話だしいくら何でもどうよ、俺。やっべえ、カイルさん固まってるし。
「……済みません。国造るなんて、そう簡単なことじゃないですよね」
「いや。それも良いかもしれないな」
慌てて頭下げたら、そんな言葉を返された。え、と思って頭あげたら、何か感心した顔されてるよ。あれ、俺そんないいこと言ったか?
「確かに簡単ではないが、そうだな。せめて、人の考え方を変えるようにしないと駄目か。ジョウにも、あまり苦労は掛けたくないしな」
「俺はほんと、そんなに苦労してませんから。ユウゼの場合、領主さんが『異邦人』の奥さんをもらわれたってこともあると思うんですが」
うわ、この人めっちゃ真面目すぎるわ。やべえ。
いやまあ、国造るとかそういう以前の問題なんだろうけどさ。要はカイルさん、『異邦人』の扱いなんとかしたいっぽいみたいだし。お母さんが、そうだったから。
「まあ差し当たっては、黒の信者を何とかしないといけないだろうな。『異邦人』は、奴らのせいで意図しない状況に落とされているんだから」
「ですね。俺、自分の敵討ちしたいですし」
「変な言葉だな。まあ、分かるが」
ま、俺もそういうことなんだろうな。自分を女にしてエロピンチにしやがってこう、あいつらふざけんじゃねえぞと。
何か話が落ち着いたところで、カイルさんが外に呼びかけた。どんだけ待たせたかね、あいつら。
「ハクヨウ、ムラクモ。済まないな、もういいぞ」
「もういいのですか? 思ったより短かった……」
「確かになー」
のそのそ入ってきた二人にしてみれば、大した時間じゃなかったらしい。と、カイルさんがこっち向いた。
「ああ、タケダくんももういいよ」
『はあい』
あーそーだ、お前もおとなしくしてろって言われてたんだよな。悪い悪い。よく我慢した、頭なでてやろう。
で、皆揃ったところで改めて、一久さんに祈りを捧げる。こっちでは、こうやって骨壷を収めたことで亡くなった人は太陽神のとこに行って、生きてるひとのご先祖様として見守る存在になってくれるんだそうだ。で、こうやって年に一度はお参りして、ずっと見ていてくださいね、とお祈りするらしい。
まあ、ややこしいことはほっといて要は墓参りそのまんまだよな。そういうことにしておこう。
「ジョウ」
お祈りが終わって出るときに、ハクヨウさんがとんと肩をたたいてきた。振り返った俺の耳のそばで、小さな声でこんなこと言ってくる。
「よく分からんが、若の力になってやってくれな。若がわざわざ秘密の話してくれたんなら、そりゃ若に信頼されてるってこったから」
「……はい。そのつもりです」
「ありがとな」
ちらりとこっちに視線を向けたカイルさん、はて今の声聞こえたかな。まあ、聞こえても問題ないんだけどさ。
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