41.領主
他の皆を呼んで、転がっている連中をとりあえず宿舎に運ぶことになった。地下に牢屋があって、取り調べしたりするときとか放り込むんだそうだ。……俺も、黒の影響受けてたらそこに入ってたのかねえ。
「とりあえずそいつらは、地下で休ませときな。軽い影響なら、気絶したショックで正気に戻るだろ」
『へーい』
脳筋トリオが、荷車にぽいぽいと倒れてる皆さんを縄で縛っては積み込んでいく。いやほんと、文字通り荷物みたいに積み込んでるんだよね。よく気が付かないなあ、と思う。
俺らがぶっ飛ばした四人も、全員いつの間にやら縛られている。あ、こっちの皆はムラクモと違って普通に縛ってるから。だからこそ、余計に荷物に見えるのかもしれないけれど。
魔術師の素質のあった姉ちゃんを女性ということで一応別の荷車に積み込んでいた脳筋その一が、ふとアオイさんを振り返って尋ねた。
「あ、『兎の舞踊』には連絡入れときます?」
「コクヨウに行かせな。服屋と本屋にも頼むよ」
「へい」
指示に素直に頷いて、その一はとっとと走っていった。
あれ、『兎の舞踊』ってハナビさんのいるお店だよなあ。大丈夫なんだろうか、コクヨウさん。
「コクヨウさんに行かせて、大丈夫なんですか?」
「年末は忙しくてあんまり顔出せないみたいだからね、ちょっとはいい目合わせてやってもいいかと思って。これで個室にしけ込む阿呆じゃないわよ」
「……なるほど」
そ、そりゃまあそのくらいにはちゃんとお仕事優先な人だと思うけど……うん、後は知らん。アオイさんの判断にお任せしよう。何かあったらコクヨウさんが悪い、うん。
さて、俺たちの足元には領主さんとこの門番さんが転がっている。当然縛られてるわけなんだけど、こいつだけは領主さんちに連絡入れてその返事を待つことになっている。
俺は大して筋力がなくて、荷物じゃねえ人間の積み込みには向いてないので、アオイさんと一緒にこいつの見張りをしている。肩の上ではタケダくんが、俺よりずっと敏感な感覚で周囲の警戒中である。
『まま』
「ん?」
そのタケダくんに呼ばれて顔を上げると、足元で白目剥いてるおっさんと同じような革鎧着たおっさん二人連れて、小柄で太っちょなおっさんがふうふう言いながらやってきた。なお、髪の毛は……多分地毛だ。グレーで、頭頂部が薄くなってるみたいで必死に撫で付けてるけど。こういうのはどこの世界でも一緒なんだろうか。
「領主殿! わざわざおいでとは」
アオイさんが、そのおっさん見て目を見張った。あー、このおっさんがこの街の領主さんなんだ。通りで……着てる厚手のコート、この前金持ち向けの服屋さんのディスプレイで見たよ。ラセンさんに聞いたら、一着で庶民なら半年は生活できる値段なんだってさ。わーすげえ。
「いやいや……ふう、わしのところのモンが、はあ、街に迷惑を掛けたとあっては……ふう、なあ。ひい……出てこんと、行けんじゃろが」
「その姿勢はありがたく思いますが、護衛が大変でしょうに」
「はー……いやいや、こういう時はわしの、ふう、運動不足に感謝、しておるじゃろうに」
運動不足の自覚はあったのか。まだ息切れてるよ、領主さん。
「長生きしてもらわないと困ります。お嬢様はまだ十にもなっておられないでしょうに」
「そうじゃのー……はー。ミツのためにも、ちょっとは運動せんとなあ」
ちっちゃい娘がいるのかよ! しっかりしろよ、いやほんとに。
とまあ脳内だけでいろいろツッコミ入れてる俺なんだが、何しろ会話に入れない。俺が領主さんに会ったのは今が初めてだし、その領主さんとの話はアオイさんがごく当たり前のように進めてる。俺は自然、困ったなーと思いながら二人の会話を見てるだけになる。
と、さすがに領主さんも俺の視線に気がついたらしい。ふっとこちらを見て、小さな丸い目をもっと丸くした。
「サクラ副隊長殿。こちらのめんこいお嬢さんは?」
「あ、そういえば紹介が遅れました。部隊の新人で、カサイ・ラセンの弟子の魔術師です。ほら、名前」
「え、あ、はい。スメラギ・ジョウです。領主様、はじめまして」
「しゃあ」
アオイさんに小脇を突かれて、慌てて挨拶。堅苦しいセリフはものすごく苦手なもんで、無難にこのくらいしか口にはできなかった。と言うかタケダくん、お前も一緒に一礼するのな。
で、そのタケダくんを見て領主さん、頬を両手でぶにっとした。漫画みたいな驚き顔って、マジでする人いるんだな。いや、こっち漫画とかないみたいだけど。
「あ、アルビノの伝書蛇をお連れなのか! ラセン殿は何という素晴らしい弟子に巡り会えたんじゃ!」
「……そんなに驚くことなんですね」
「ああ、あんた基礎知識ないもんねえ。とんでもなく驚くことだから、覚えておきなさい」
「はーい」
いやだって、初めて見た伝書蛇はラセンさんのカンダくんだけど、二匹めがこのタケダくんなんだもんな。白くて綺麗、ただしマザコンってくらいしか俺には分からねえよ。
「基礎知識、ですか?」
「あ、えーと……」
「言っちゃって大丈夫よ。領主殿は、そこら辺の分別はわきまえてらっしゃるから」
「はあ……それなら」
アオイさん、領主さんのことは結構信頼してるみたいだな。それなら、俺のこと言っちゃっても大丈夫か。
「俺、『異邦人』なんです。カイル……隊長と部隊の皆に危ないところを助けていただきまして、それで魔術師の素質があるっていうので部隊においてもらえることになったんです」
「ほほう、それはそれは。タチバナ隊長の元におるのなら、何の問題もないじゃろ。……っと。ユウゼの街を預かっておる、ケンレン・ヨリモという。よろしゅうな」
領主さんは俺の話を聞いて、うんうんと頷いてくれた。あ、何か小さい娘のいるお父さんって感じが良く出てる。なるほどなあ。しかしヨリモって、ちらっと時代劇で聞いたような名前だな。ま、いいけど。
そこへ、さっき一緒に来てた護衛の一人がやってきた。もう一人はずっと一緒にいたから気づかなかったんだけど、離れてた人はその間に荷車一つ探してきたみたい。あー、足元のこれ持って帰るんだな。
「領主様、荷車を手配しました」
「おお、すまんのう。サクラ副隊長、うちの馬鹿を持って帰っても良いかな?」
「ああ、はい。できれば事情聴取はしたいのですが」
「それはわしの屋敷でやってくれて構わんよ。こちらで聞くこともできるが、それではタチバナ隊長に納得できるお話を届けられんじゃろ」
「恐れ入ります」
ありゃ。傭兵部隊が事情聴取していいんだ。こういうのって、こっちで話聞くから後で聞きに来いとか言いそうなもんだけど、それしないんだな。
だから、アオイさんも信頼してるのかな。
「では、後で人員を向かわせます。それまで、彼の安全を確保して頂きたく」
「分かっておるよ。ただ、早めに頼む」
「はい」
アオイさんと手早く打ち合わせを済ませた後、領主さんはこっちを見た。うん、彼にとって俺は魔術師の女の子、だもんな。娘を見るお父さんのような視線が、暖かい。
「ジョウ殿、であったな。太陽神様のお恵みが、そなたの上にも降り注ぐよう祈っておるよ」
「あ、ありがとうございます。領主様の未来を、太陽神様の光が明るく照らしますように」
お互いにこっちでの決め台詞というか何というか、を口にして、領主さんは荷車引いた護衛さんたちと一緒にその場を去っていった。
よく分からないけど、この街に来てよかったような気がする。うん、今更だけど。
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