38.覚悟はいいか
さて、翌朝。
一緒にお仕事をすることになったので、改めてアオイさん&ノゾムくんと顔合わせをした。昨夜でも良かったんだが、まあ色々と……というか、ミーティングが終わった後いつの間にやら二人とも消えてたんでな。脳筋トリオ始め他の連中とはそれなりに上手くやってるし、ここもちゃんとやらないと。
「改めて。副隊長を務めるサクラ・アオイだ。こちらは私の弟で」
「サクラ・ノゾムです。よろしくお願いします、ジョウ殿。昨夜は少々疲れておりましたので、今になったことをお詫びします」
ああ、そういうことねと納得しつつも、深々と頭を下げられて少々困惑する。いやだって、ぶっちゃけこの部隊では俺の方が後輩だしさ。それに殿付けってどうだろ。
「あ、はあ。これはどうも……スメラギ・ジョウです。『異邦人』ってこともあるんで、呼び捨てで構いませんよ」
「いえ、それはさすがにちょっと」
「弟は真面目すぎて、私も困っているんだ。少しはほぐれて欲しいものなのだがな」
肩をすくめるアオイさんの気持ちも、何か分からなくもない。てかさ、そうビシッと直立不動はないって。そういうことしてるから疲れるんだろ、お前さん。
ところでアオイさん、さっきから何まじまじと俺のこと見てるんだろう。
「しかし、よく似合っているな。その色味は、マリカが選んだのか?」
「あ、分かりますか?」
なるほど、見てたのは俺が着てる魔術師用ローブか。
お仕事なので、一応ちゃんとしたものを着ないとなと思ってタンスから出してきたんだ。冬物の、渋目の赤メインの柄物。知らない人が見たら、普通のコートに見えるかもしれない……んだけど、ちょっと派手かな。
「なかなか派手だからな。ラセンはもっと地味目の色を選ぶ」
「冬なんで、明るい色のほうがいいかなって思ったんですけど……駄目ですかね」
「いや? それはそれで良いと思うぞ」
俺がそう答えると、アオイさんは軽く目を見開いてそれからうんうんと頷いた。
いやさあ、ラセンさんが選んでくれたのもかっこよかったんだけど、色地味なんだよね。茶色とか黒とかカーキとか。でさ、冬って何となく外の風景も地味な色になるだろ。俺、風景の中に埋もれちゃいそうで。
それで、マリカさんが選んでくれたちょい派手目な方を選んだんだ。これなら、何か埋もれることもないかな、って。
「姉上もそういった色は好きなんですが、自分には似合わないと言って着ないんです」
「だ、黙れ。見るのが好きなんだ、見るのが」
あれま。ノゾムくんの何気ないツッコミに、アオイさん耳まで赤くなったぞ。そうか、やっぱり女の子ってこういう色味とか好きなんだなあ。
……つーても、これは渋い赤だからいいのであって、これが原色真っ赤っ赤ーとかピンク、とか出されたら着なかったぞ、うん。
「ああまあ、私のことはいいんだ。私のことは」
無理やり話題をぶった切って、アオイさんは俺に向き直った。このくらい強引さがないと、カイルさんの副官はやってないかあ。
「ところで、初めての任務だそうだな」
「はい。こちらに来てから三週間近くなりますが、その間はあまり騒動も起きなかったので」
タケダくんゲットしたときの騒動は、まあ置いておく。あと、巡りの物で寝込んでて以下略、とかも話す必要ないよな? いや、アオイさんだけならいいけど、横に真面目っ子なノゾムくんもいるし。さすがにその手の話はヤバイだろ、うん。
「お前のいた世界は、こちらに比べると平和だったそうだな。人を殺す仕事、などというものがない」
「少なくとも、俺のいた国はそうでした」
アオイさんの探るような口調に、素直に頷く。俺のこと、カイルさんから聞いたんだろうなあ。あの人のことだから面倒見てやってくれ、とか何とか言ってそうだし。
あっちの世界……まあ、テレビの向こうでは、それなりに戦争だの何だのが起きていた。けど、俺の回りではそんなことなかったから、俺にとってはあの世界は、平和だ。
「我々は傭兵部隊だ。しかもお前は魔術師で、時と場合によっては私の剣よりも多くの人間を屠ることになる」
「姉上?」
淡々と語るアオイさんに、ノゾムくんが不思議そうな顔になる。まあ、お前さんにとってはごくごく当たり前のことなんだろうからな。
……俺にとっては、違ったんだけど。
「カイル様には覚悟を決めていると言ったが、まことか? 本音を聞かせてもらうぞ」
「本音、ですか」
アオイさんが言いたかったのは、それか。
彼ら、彼女らに比べて生ぬるい世界で生きてきた俺に、傭兵として生きる覚悟ができているのかってこと。
そりゃ、そうだろうなあ。そんな覚悟もできてないようなやつを仲間にしたら、アオイさんたちは大変だもんな。うっかりしたら、俺が原因で死ぬことになるかもしれないし。
だけど、俺は素直に答える。嘘なんて、ついてる場合じゃねえし。
「正直に言えば、分かりません。殺したことがありませんから」
「……」
だからそう答えた俺を、アオイさんはガン見してる。ノゾムくんはびっくりしたように、俺の方を振り返った。いやだって、嘘はいかん嘘は。
「だけど、俺はカイルさんやこの部隊の皆のお陰で助けられました。その御礼にもならないけれど、力になれるのなら、やるしかないとは思ってます」
「しゃあ」
ぱた、と肩の上に乗り出してきたタケダくんが、俺に同意するように息を吐く。いや、実際のところ『ままはがんばるから、ぼくもがんばる』って言ったんだけどさ、目の前の二人には聞こえないから。
で、俺の返事は合格だったのかどうか。ともかくアオイさんは、少しだけ表情を和らげてくれた。
「……甘くはないぞ。ノゾムもな、初めて首を取った時には腰を抜かして失禁などしてしまったものだ」
「姉上、どうしてそういうことをおっしゃるんですか!」
いやほんと、何でそこでそういう話を出すんだこの人は。ノゾムくん真っ赤っ赤じゃねえか、耳まで赤いのってさっきのアオイさんとそっくりだよ、さすが姉弟だな。
でもまあ、その話題に俺も乗ってしまえ。
「……じゃあ、俺が漏らしても少なくともノゾムさんは笑いませんよね」
「いっ」
「さすがに、女のはしたない姿を見て笑うような教育は受けておらぬよな? ノゾム」
「も、ももももちろんですっ」
やっぱりがちがちになってぶんぶんと首を縦に振るノゾムくんと、それを見て満足そうに頷くアオイさん。タケダくんは二人を見比べて、『やっぱりままは、ぼくがまもらなきゃ』とか何とか言っている。
……というか、ごめんなアオイさん、ノゾムくん。俺、中身は男なんだよなあ。
いつか、言ったほうがいいのかな、やっぱり。
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