30.街はとっても大変

 結局、各自警戒を怠らないようにという割と普通なお達しでなし崩しに始まったミーティングは終了した。今食堂にいない連中にも白黒コンビとかが話してくれるようなので、まあそれはそれでいいんだろう。

 にしても、食べ物狙いとはなあ。何でこう、面倒なことをしてくれるんだか。


「黒の信者の最終的な狙いは、黒の神信仰が力を盛り返して世界を支配することだからな。そのために麻薬を使って、依存度を高めようとしたんだろうさ」


 カイルさんの説明に、はあと半ば呆れてため息をついてみる。そんなので信者増やして楽しいのか、黒の神というやつは。つうか、信者も信者だ。犯罪行為ばかりやってたら、増えるものも増えないだろうにさ。


「まともな信者を増やすつもりはないんですかね」


「一部にはそういった敬虔な信者もいるようだが、現在の黒の神信仰はああいった過激派が多数を占めている。そのせいで住民たちからの目は厳しいし、普通に信者を増やすのは無理だろうな」


 きっついなあ。いや、いわゆる敬虔な信者さんたちの信仰がどんなふうなのかは俺は知らないけどさ。

 にしても、冷静に分析してるんだな、カイルさん。ま、部隊率いる隊長なんだから当然か。

 そんなことを考えてたら、タケダくんにくいくいと髪の毛を引っ張られた。呼べば分かるのにこんなことしてくるの、ほんとペットみたいだよなあ。


『まま、おみずのみたい』


「水? ああ、悪い悪い。すいませーん」


「あ、私が取ってくるわ」


 蛇だって喉は渇くんである。ラセンさんが水入れ持ってきてくれたので小さな深鉢に水を入れてもらい、タケダくんの前に置くと顔突っ込んで飲み始めた。犬猫みたいに舌使ってぴちゃぴちゃ、ってわけにはいかないんだよな。蛇の舌って細いし。

 ……水、か。


「あの、カイルさん。食べ物屋に突入して薬撒き散らすより、水に放り込んだほうが簡単で効果なくないですか?」


 そんなこと、きっと俺より彼のほうがちゃんと分かってるはずだけど。でも、だから尋ねてみる。

 この街は、近くに大きな川が流れている。その川と、それから井戸水が街の中を流れる上水道に供給されている。まあ、上水道といっても要するに井戸みたいな水汲み場なんだけどな。


「それは無論、そうだ。だから、この街では上水道の警戒は厳重なものになっている」


 当然というか、カイルさんは大きく頷いて答えてくれた。それから、少しだけ目を細めて説明を続けてくれる。多分それは、この街では当然のこととして知られているものだから。


「飲み水に有毒物質が混入した場合には、即座に魔術警報が発令されるんだ。その時点で街は封鎖、我々は容疑者を挙げるために出動せねばならん」


「水路が封じられた場合にも、同じように警報が出るんですよ。何しろこの街は周囲の国から独立していますから、特に水に関しては十二分に警戒しているんです」


 ラセンさんも、説明に参加してくれた。ああそうか、いろいろ大変だもんな、この街。

 この二週間で俺が知った、俺のいる街についての重要事項。

 この街……ユウゼの街は、現在どこの国にも属していない。大きな街道と、すぐそばに大きな川が流れるこの街は、その交通の要所としての地位を守るために小さな独立国、みたいな形になっている。どおりでごっつい塀で街の回り囲ってると思ったよ。そりゃ、必要だよなあ。

 どこの国にも属さないから、どこの国とも同じように取引をする。もしどこかの国が道や川を独占しようとして攻め込んできたら、別の国が守る。それは街のためじゃなくて、どこかの国に流通を独占させないため、だけど。

 そんなことになったら、通行税とかいろんな金まで独占されるのでふざけんな、ということらしい。今の状態だと、それなりに守ってくれていれば代償としてそれなりの金が各国に落ちるんだそうだ。世の中、どこまで行っても金なのかね。

 ま、最悪の場合はカイルさんを隊長とする俺たち傭兵部隊の出番、なんだとさ。一国の軍隊相手に大丈夫なのかそれ、って思ったんだけど。何でもそのためのラセンさん、なんだそうだ。


「大概のところに名前が出てくるのがアレなんだけど、警戒のための結界を張り巡らせたのがうちの父でね」


「それもあって、ラセンは住民にはよく知られた顔なんだ。それどころか、この周辺の領主や王家でカサイの名を知らない者はいないよ」


「あー」


 何気に大物だったらしい、俺の魔術のお師匠というか友人というか、のラセンさん。あ、いや、『カサイの名』ってことはラセンさんの生まれた家が、ってことか。


「そうすると、ラセンさんの家って魔術師としてすごいんですか」


「カサイ家は、特に中央では知られた魔術家系だな。その名を出しただけで、まともな権力者は手を引くよ」


「まあ、あちこちの領主家に雇われている専属魔術師は、ほとんどがカサイの系譜ですものねえ。あんまり家の名前出したくないんですけど」


「少なくともその手の魔術師の三割は、宗家たるラセンの一言で動くだろうね。それで十分、国が滅ぶ」


 淡々と説明してくれるカイルさんと、ものすげー困り顔してるラセンさんが何か対称的で、笑っちゃいけないんだろうけど笑いそうになる。おっととと、頑張れ俺の表情筋。

 ……ふーむ。とんでもない魔術師家系の本家筋のお嬢さん、それがラセンさんということか。で、本家の娘さんとこに手を出したらあちこちの魔術師軍団がお嬢さんに何しとんじゃー、と反乱起こす可能性が高い、ってわけね。お家主義万歳。

 ふと、カイルさんと目が合った。笑うように目を細めた顔が、おのれイケメンという感じである。これ、普通の女の子だったらきゃあ嬉しいとか思うもんなのかな。よく分からんが。


「そのラセンが弟子として、楽しそうに魔術を教えているのがジョウ、君だ。しっかり学んでくれると、俺もこの街も助かる」


「え」


 そのイケメンからそんなこと言われて、さすがに目を見張った。いや、確かにラセンさん、俺に魔術の授業やってる時って楽しそうだけど。

 ……ああ、でもそうだな。俺は、やることがあるんだよな。文字覚えるのと、魔術覚えるのと。それで、皆やこの街のためになればそれはそれで、うん。


「分かりました。俺も、まだまだ力ないなあって思ったところですし」


『そんなことないよ? まま』


 タケダくん、水飲み干したのか。というか、お前の評価は全力でひいきされてるのが分かるからあんまり頼りにはしてないぞ?

 ……伝書蛇。そういえば、ラセンさんのカンダくんとはあれからあまり会ってないなあ。今も連れて来てないみたいだし、どうしたんだろ。


「そういえばラセンさん、カンダくんは?」


「ああ。あの子なら、私の部屋で爆睡中よ。そうでなくてもムラクモのせいでね、あまり食堂とかには来たがらないの」


 ……ムラクモ恐るべし。俺も気をつけたほうがいいかね、うん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る