4.初めての街

 山道をてくてくと、そのうち平地になった道をてくてくと進んでいくうちに、遠くに街が見えてきた。塀に囲まれてる街は、それでも入り口らしい門が明るく照らされている。そのへんで、ラセンさんの出した光がふいっと消えた。

 街灯とかないから、ちょっとでもああいう明るいのが見えてるとほっとするなあ。


「駐在傭兵部隊のハクヨウだ。コクヨウとカサイ・ラセン、もう一人は部隊への連行を指示されている」


「は。お帰りなさいませ、お疲れ様でした」


 金属製の胸当て着けた門番さんとハクヨウさんとのやりとりの後で、門は問題なく開いた。連行指示されてるっての、俺のことだよなあ。


「こう言ったほうが、話が早いんでな」


「あー。すんません、面倒かけます」


 こそっと耳元に囁いてくれたハクヨウさんの言葉に、俺のこと気を使ってるんだなって分かる。いやもう、普通の女の子とか思ってるんだろうなあ。すんません、中身男で。

 で、門を通り抜けると街中は意外に明るかった。いや、表通りだけみたいだけど。馬は、ちょっと脇道にそれててくてくと歩いていく。表の通り、人何か多かったからじゃまにならないように、かな。

 にしても。


「夜も、明かりついてるんですね」


「場所にもよるな。酒場はほぼ夜通しやってるし、娼館も夜が稼ぎどきだからな」


「しょうかん? ですか?」


 意味が分からなかったのでハクヨウさんに尋ねてみると、何か困ったように口閉じた。あー、何となく分かったようなそうでないような。


「……後でラセンさんにでも聞いてみます」


「そうしてくれ。どうもこの手の話題は苦手でな……」


 しょうがないから、そう言って話題を打ち切る。ハクヨウさんって、この辺割と潔癖症なのかな? 気をつけるか。うん。




 表通りの喧騒が遠く聞こえる街の外れに、目的地である傭兵部隊の宿舎はあった。玄関先が意外に広いなあと思ったけど、考えてみりゃここまで馬に乗ってこられるんだからそうだよなあ。馬、結構大きいもんな。

 で、表通りと同じくらい明るく照らしてる、その玄関先。

 眼鏡掛けた黒髪おさげのお姉さん……ラセンさんよりはちょっと年下っぽく見える彼女が、大きく手を振ってくれてる。シンプルな緑のワンピースの腕まくりしてて、上にエプロンつけてる。寒くないのかね。


「おかえりなさーい。準備はできてますよ」


「おう、マリカ、ただいまー」


「いつも悪いなー。ただいま」


「ただいま戻りました」


 どうやらハクヨウさんたちとは知り合いのようで、当然のように挨拶を交わす。止まった馬から、俺は乗った時とは逆にひょいとコクヨウさんの腕の中に降ろされた。頼むからお姫様抱っこはかんべんしてくれよ、ったく。


「で、彼女ですね?」


「ああ。頼むぞ」


「了解ですー。残業代奮発してくださいねっ」


「そりゃ、若に直接言ってくれよなあ」


 そしてコクヨウさんとマリカさん、というらしいお姉さんは会話しながら、建物の中に入っていく。その間、俺はコクヨウさんの腕の中。どう反応していいか分からないので、とりあえずずっと固まっていた。暴れて落っことされても困るしな。

 建物に入ったところ、木製のテーブルと椅子がいくつか並んでた。その椅子の一つに、俺はそっと降ろされる。


「こっちでの準備はマリカに頼んでるから、安心して任せろ。ちょっと馬入れてくるわ」


「あ、はい。お疲れ様です……」


 入れてくるって、馬小屋だよな。そこら辺聞く間もなく、コクヨウさんはさっさと出て行った。

 それを見送るようにして、小さな桶を持ってマリカさんがやってくる。あ、湯気がほわほわ上がってる。お湯入ってるのか。後、肩にかばんというか中身入ってる袋。


「マリカです。ここの部隊の事務処理担当してます、よろしく」


「あ、はい。ジョウ、です」


 名乗ってもらったので、俺も名前を教えた。事務処理ってことは書類がりがり書いたりするのか、大変だなあ。というか、傭兵部隊にもそういう人いるのか。


「ジョウさんね。はい、とりあえず足を洗って拭いて、こっちの靴履いてください」


「了解」


 足元に置かれた桶に、そっと足をつける。おー、あったかい。目が覚めてからここまで、ずっと裸足だったもんなあ。うわー生き返るー。


「寒かったでしょう。今日はお部屋を準備してありますから、そっちで休んでください。明日にでもお風呂屋さんに行って、さっぱりしてくださいね」


「ありがとう」


 桶の縁にかかった布で足を拭いて、横にちょこんと置いてある布製の紐靴を履く。ちょっと大きいけど、紐で締めれば大丈夫だな。っていうか、足小さくなってるなー。二十五だったのに、多分今二十三くらいだぜ。二センチの差はでかい。

 ……ん?

 部屋準備してあるってマリカさん言ったけど、そもそも俺がここに来るって連絡、したのか? どう考えても携帯だのスマホだの、さかのぼってトランシーバーなんてものなさそうな世界だぞ、ここ。


「準備って……連絡、どうやって取ったんです?」


「え?」


 思わず俺が尋ねると、マリカさんは一瞬目を丸くした。けど、すぐに「ああ」と表情を崩す。あ、笑顔可愛いな……それはそれとしてこれ、俺がこっちの人間じゃないってのも知ってるか、もしかして。


「ああ。カンダくんが文を持ってきてくれたんですよ」


「カンダくん?」


「ただいまー」


 誰だそれ、と思ってたところへラセンさんが入ってきた。と、マリカさんの肩から何かがひょこっと顔を出して、ぱたぱたとラセンさんのところへ飛んでいった……って、蛇!?

 うわ、この蛇も羽生えてるよ。おまけにきれいな薄緑色してるし。


「伝書蛇のカンダくんよ。私の使い魔でね」


「結構早いので、重宝するんですよ」


「しゃー」


 伝書蛇。ああうんアレが先行して連絡してくれたのか……って待て待て待て。

 とりあえずカンダくんというそのネーミングセンスはラセンさん独特なのか、こっちの世界では当然なのかどっちだ。あと当人、じゃなくて当蛇、えっへんと自信ありげに息を吐くな。

 いや、そもそもそこじゃないだろう。


「……蛇なんだ。鳩じゃなくて」


「鳥は夜目が利かないのが多いから」


 ラセンさん、きっぱりと言い切った。なるほど、こっちではそういうことなのか。まあ、俺の常識で考えてもおかしいんだろうしなあ。

 体感一日で、常識やら何やらひっくり返されまくったよ、もう。疲れた。

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