3.ゆらりゆらゆら馬の背で

「光のしるべ


 ラセンさんの言葉と共に、その手の中に小さな光の玉が生まれた。その玉がふよふよ進んでいくのに従って外に出ると、どうやら夜中らしい。いや、ラセンさんの明かりが必要なくらい、分かりやすく真っ暗だったからなんだが。

 ただ、地面が傾いてるからおそらくは山の中だ。さすが、やばいことやろうとしてた連中だけのことはある。そりゃ、人里から離れてるところでやらかすよなあ。

 あと、こっちも冬らしくてやっぱり寒い。いや、雪は降ってないし積もってないんだが、じんじんと底冷えする。俺シャツ1枚、下着も靴もないから冷えるのなんのって。タクト、毛布マジありがとな。

 で、ここから傭兵部隊の宿舎までは距離があるので、徒歩じゃなくて馬で行くんだそうだ。

 馬、なんだけど。


「……馬ですか、これ」


「おう、馬だ」


「あらら」


 コクヨウさんが二頭連れてきたそれを見て、俺は目を丸くした。いや、したくもなるぞ、うん。ラセンさん、苦笑すんな。

 体型自体は馬だし、ちゃんと鞍とかついてるし、背中に翼生えてるのもまあいいさ。でも、なんで頭が馬じゃなくて鳥なんだ? しかもくちばし太めで、多分カラスだこの頭。黒っぽいし余計にそう見える。

 ぽかんとした俺に、コクヨウさんが不思議そうな顔をして聞いてきた。


「初めて見たのか?」


「鳥頭なのは初めてです。後、俺の知ってる馬は背中に羽根生えてないんで」


「……やっぱり『異邦人』か」


 あー、やっぱり異世界か。何つー確認方法だよ、全く。

 ともかく、コクヨウさんは参ったなと髪をガリガリ掻いて、それから俺を見つめ直した。あ、すっかり普通な顔に戻ってら。


「まあ、うちが拾ったからには不便はさせないつもりだ。その辺は安心してくれ」


「はあ。助かります」


 その言葉、何気に引っかかるぞ。

 『うちが拾ったからには不便はさせない』。

 つまり、よその誰かに見つかってたら不便なことになりかねないわけかよ。面倒だな異世界。まあ、俺がもともと男だってのを差し引いても、下着つけてない女の子見つけたら、なあ。


「ハクヨウ」


「ああ」


「わっ!?」


 そんなことを考えてる間に、馬にはハクヨウさんがひょいと乗り込む。と同時に、コクヨウさんが俺を、その、お姫様抱っこしやがった。慌てて毛布だけは抱え込んだけど、抵抗できるか。


「裸足だし、服装もあれだからな。ハクヨウに支えてもらえ」


 そのまま、鞍の上にいるハクヨウさんの前に横座りの形で乗せられた。背中はハクヨウさんが、片手で支えてくれる。あー、このまま乗せてってもらえるわけか。さすがに裸足で山道はやだもんなあ、ありがたく世話になろう。


「すんません、お世話になります」


「構わないよ。その代わり、しっかり掴まっていてくれ。揺れるからな」


「あ、ですよねえ」


 ハクヨウさんの言葉を受けて、……とりあえず腹に腕回してしがみつこう。革鎧の上からなら大丈夫だよな? 主におっぱいとかおっぱいとか。


「それでいい。コクヨウ」


「おう、行くぜ」


「私の光の標が先導します。気をつけて」


 よし、これでいいみたいだ。しかし、馬の背中って初めて乗ったけど高いなあ。落ちたくないから、もっとしっかり掴まってることにする。

 あ、いつの間にかもう一頭にはコクヨウさんが乗ってる。ラセンさんはその後ろで、こっちも遠慮なく掴まっている。まあ、あっちはもともとお仲間だから慣れてる、ってのもあるんだろうなあ。


「飛ばずに行くから、街に出るまで一時間ほどかかる。少し長いが、我慢してくれよ」

「はーい」


 飛ばずにって、つまりこの翼は実用性があるのか。飛ぶのか、こっちの馬。

 あーもう、目が覚めてから大して時間経ってないのにこう色々とありすぎだ。頭の中ごちゃごちゃしてるぞ、こんちくしょう。

 そんなことを思ってる間に二頭の馬は、ラセンさんの出した光を先頭にてくてくと山を降り始めた。うむ、確かに揺れるなあ。




 馬に揺られているうちに、何となく頭が冷えてきた。こう、目が覚めた瞬間からのドタバタのせいで、現実が見えてなかったというか。

 急にちょっと心細くなって、ハクヨウさんにしがみついている腕に力を込めた。あーいや、男でも心細くなることあるだろ? 夜中だし、余計にな。


「……大変だったな」


「え?」


 唐突に、ハクヨウさんがぼそっと呟いた。それがひとりごとじゃなくて俺に対しての言葉だって気がついて、慌てて首を横に振った。いや、大変なんだけど、でもなあ。


「あーいや、今んとこ大丈夫です。多分、この後のほうが大変だと思うから」


「そうか。確かにな」


 ハクヨウさん、頷いてくれた。

 だってそうだろ。いきなり今までいたとこじゃない世界に落っこちたんだぞ。それも、女の子の身体になって。

 幸い言葉は通じるけど、馬の姿が違うみたいにいろいろ違うこともあるはずだし。

 そもそも俺は元の姿に戻れるのか、元の世界に帰れるのかってのも分からないしなあ。


「まあ、心配することはない。悪いようにはしないからな、若と俺たちが」


「そうしてくれると、ほんと助かります」


 ぽんぽんと、肩にかかったハクヨウさんのがっしりした手が俺を力づけるように叩いてくれた。頼ってもいいんだよな、この手。いや、他に頼るところないのも事実だけど。

 ……そういえば。そもそも俺は、何でこっちの世界に来ちまったのか。何で、こんなことになったのか。

 聞いて、分かることなのかな。


「……俺、何であんなところにいたんですかね。何があったか、ラセンさんに起こされるまで全く覚えてなくて」


「ある程度は教えられるが、はっきり言ったほうがいいか?」


 あ、ハクヨウさん事情は知ってるんだ。じゃあ、教えてもらったほうが覚悟はできるよな、と思って俺は頷く。それから、俺の方見てるかどうか分からないことに気づいて「お願いします」と口にした。


「『黒の神』への捧げ物、にされるところだった。その……純潔を、散らされて」


「……はあ」


 やっぱりエロ方面だったらしい。ハクヨウさん、さすがに口ごもったもんな。目の前にいる俺が、中身は男だって知らないからだと思うんだけど。さすがに襲われかけた女の子にそれぶっちゃけるのはアレだし……あ。


「すいません。言いにくいこと、言わせましたか」


「………………分かってくれると、助かる」


 ちらりと上見ると、ハクヨウさんは困ったように視線をふらふらさせていた。馬が普通に歩き続けているのは、馬が頭良いからなんだろうな。

 やっぱりこれ、俺が元男だって言っといた方が良くないかな? カイルさんには、話したほうが良さそうだ。うん。

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