1.とりあえずの状況把握
「あー、ええと」
困ったようなお姉さんの声で、俺はやっとこさ我に返った。何か気まずーい雰囲気?
……そうだな。傍から見てたら、寝てた俺が気がついて起き上がったらいきなり服の中確認して、それでぽかーんとしてるって状況だもんなあ。何こいつ、とでも思われてるか。
向き直って、お姉さんを何となく観察してみる。服は割とラフな紺色のロングドレスで、上に黒っぽいマント羽織ってる。これでつばのでかいとんがり帽子でもかぶってれば魔法使いのお姉さん、だな。
「あ、ごめん。ちょっと確認してた」
「そ、そう」
そのお姉さんに何をとは言わず、自分のやってたことを説明する。まあ、ご理解いただけないのはしょうがない。つか、男だったんですけど女になっちゃったーって言っておかしい奴、とか思われてもなあ。
さて。ついてるのとついてないのとが確認できたところで、それ以外の確認もしてみることにしよう。さっきの金属音とか……これは、すぐに分かった。
左の足首に、まー分かりやすい足かせってやつ? それがはまってる。さっきの音、そこにつながってる鎖の音だったようだ。
鎖の伸びてる先見ると、地面に埋め込まれてる。はっはっは、俺捕まってたのねってマジ何だこりゃ? 何をどう見ても駅のホームじゃねえし。
顔にかかった髪をかき回しつつ、回りを見渡す。って、俺そんなに髪長くないんですけど。……触ってみるとあれだな、女の子でいうショートヘアくらいだな。猫っ毛なのは元からだからいいんだけどさ。
「……で。俺、一体どうなってんだ? って、わあ」
身体が女になってるのはともかく、今俺が置かれている状況がさっぱり分からん。ので、お姉さんに尋ねてみようとして俺は、微妙に変な声を上げた。
何しろ俺とお姉さんの周囲、分かりやすく血まみれになってたから。いやまあ、そう人数多いわけじゃないんだけど見事に転がってるのは、うん、人間だった。転がってない人間も、数人いる。
基本倒れてるのは……お姉さんよりも魔法使いっぽい黒服まとってるような連中ばっかだ。転がらずにそれを確認したり周囲を警戒したりしてるのは数人の、ガタイの良い兄ちゃんたち。ゲームで見るような革鎧、だよな? それ着てて、やっぱりゲームで見るような剣を手にぶら下げてて。
というか、本当に駅のホームでも何でもない場所だ。石造りのあんまり広くない空間で、よく見ると俺の寝てた所を中心に何やら円が描かれてる。二重の円の中に星みたいな感じで線が引かれてたり、円に沿って文字……らしいもんがずらずらと描かれてたり。
「マジで何これ」
「覚えてないの?」
「ああ。階段から落っこちて気がついたらここだった」
「なるほど」
不思議そうに俺を見るお姉さんに、思いっきり大雑把にここに来る直前のことを説明してみた。それに対するお姉さんの答えも大雑把。何がなるほどなんだか。
とは言え俺が自分の状況分かってないのを理解してくれたらしく、お姉さんはやっぱり大雑把に説明してくれた。
「とりあえず、君は階段から落ちて意識を失ってる間に危ない目に遭いかけたところを助かった。そう思ってくれればいいわ。私たちは、危ないことをやってた連中をぶちのめしに来て君を見つけたの」
「つまり、周りに転がってるのは俺に危ないことをしようとしてた連中、ってわけか。てことは、革鎧のおっさんたちは助けてくれた皆さん?」
「そうなるわね」
大雑把とはいいつつ、分かりやすい言葉で説明してくれて助かった。けど、具体的に何がどうこう、とは言ってねえな。まあ、恐らく具体名出されても俺には分からないんだろうけど。
あと、『危ないこと』の中身な。生命が危なかったのか、それとも……身体が女で下着なしってことは、いわゆるエロ方向かも知れねえし。
どうやら、よく分からんがゲームやアニメみたいに生贄がどうの、とかいう状況みたいだな。って、俺本気で危なかったわけか? うわあ。
……あ、そうだ。事情はともあれ、助けてくれたんなら。
「とりあえず、助けてくれてありがとう。俺は危ないところだったわけだしさ」
「いえいえ。お礼はうちの隊長に言ったげて」
「タイチョーさん?」
「あ、私たち傭兵部隊なのよ。連中ぶちのめしに来たのもお仕事」
「なるほど」
今度はこっちがなるほど発言である。大体、飲み込めてきた。
傭兵部隊。俺にとっちゃテレビの中やゲームの中でたまにお目にかかる単語だけど、これはどう見ても現実。あと、装備が分かりやすくファンタジー系だ。つまりここ、俺のいた世界とは多分違う。
マジで、ゲームやアニメや何やでいうところのいわゆる異世界とか、その辺ってことになるんだろうな。ほんとに何でだよ、おい。
いやもう、喚くより何より疲れるというか頭働かないというか。階段から落ちただけなのになあ。
大きく肩で息した俺をしばらく見てたお姉さんは、不意に向こうを振り返った。あ、石造りの壁の中に木の扉ついてるわ。あそこが入り口か。
「っと、そうね……ムラクモさん、いる?」
「はい」
呼ばれて扉の向こうから出てきたのは、きれいな黒髪をうなじの辺りで一つにまとめた小柄な女の子だった。男たちが着てる革鎧じゃなくて、黒っぽいいかにも忍者ちっくなコスチュームである。ミニスカートの下に黒いレギンスぴっちりで、あと貧乳。俺とかお姉さんに比べて、って自分と比べてどうする俺。
「鍵、外してあげて」
「承知した」
お姉さんの言葉に、ムラクモというらしい彼女はひとつ頷くと俺の足元にしゃがみこんだ。無表情系か。
よく見たら髪まとめてるところに何て言うのかな、髪飾りつけてるんだけど、そこからかんざしみたいのを引き抜く。で、足かせの鍵穴……俺からだとちょっと見えにくい場所にあるらしいそこに差し込んで、かちゃかちゃ。わー、この手の鍵開けってリアルに見たの初めてだよ。
んで、大してかからずにがちんと音がして、足かせは俺の足首を離れてくれた。やれやれ。
「外れた。大丈夫か?」
「大丈夫、みたいだな。ありがとう」
外した足かせを脇に置いた後、ちょっと心配そうにムラクモが俺の顔見上げてくるから、足を軽く動かしてみてOKだと頷いてみせた。あ、笑った。うん、この手の子は笑うと可愛いよな。
「ラセン、どうだ? ……ムラクモもいたのか」
と、若い兄ちゃんの声が聞こえた。ムラクモは忍者な彼女の名前だから、お姉さんがラセンさん、なのかね。
兄ちゃんの声と同時におっさんたちがふっと顔をそちらに向けて、軽く一礼してから作業を続行。いつの間にやら、転がってる黒服軍団をでかい麻袋かなんかに放り込む作業に移ってる。……まあ、ほっとくわけにもいかないもんな。
で、声の主。おっさんたちよりも少し質の良さそうな、でもやっぱり革鎧を着た明るい茶髪の兄ちゃんだった。多分俺より、少し年上ってところかな。割とイケメンで、ラセンさんとムラクモを両側に控えさせてみても何の違和感もない。おのれモテ男め。
「あ、はい。彼女、とりあえず身体の方は大丈夫そうです。さっき言ってた、隊長さんよ」
「そうか。間に合って何よりだ」
「あー、隊長さん」
ラセンさんがその兄ちゃんに報告してから、俺に説明してくれる。ほほう、この兄ちゃんが傭兵部隊の隊長さんってか……って、おい。
何で、こういう部隊の隊長さんに若い人がなってるんだろうな。どう考えてもおっさんたちのほうが似合いそうというか、あれだ。生まれがどうとかいうやつか。よくあるパターンか。
ま、そのへんは俺が詮索してもどうしようもないことなので、とりあえず。
「その、助けてもらったみたいで。ありがとうございました」
「いや、構わないよ。こちらも任務だったからな」
ほらな。こうさらっと答えてのける美形な。こういうの、世の女の子は好きなんじゃないのか。ゲームにかまけてあんまり勉強したくない俺なんかと違って。いや、今俺女なんだけど、身体。
……そういや、この兄ちゃんは何ていうんだろ。つか、俺もだけどちゃんと名前、名乗ってねえな。
「あのー」
「え?」
「何だ?」
恐る恐る声をかけてみると、三人が一斉にこっち向いた。ムラクモだけ無言、やっぱりな。
「俺、住良木丈といいます。名前、聞いてもいいのかな?」
「ああ、構わんが……ラセン。聞いてなかったのかい?」
「あ、済みません。起きたと思ったらいきなり服の中覗き込んだりしたので、つい」
兄ちゃんが目を丸くするのに、ラセンさんが苦笑しながら答える。それって俺か、俺のせいとか言うか。いやまあいきなり変なことやったのは悪かったけどさ。
肩すくめてから兄ちゃんは俺に向き直って、名乗ってくれた。
「俺は、タチバナ・カイル。傭兵部隊の隊長をやっている」
「ちゃんと名乗らないと駄目か。カサイ・ラセンです」
「ムラクモだ。カイル様の元で忍びを務めている」
「カイルさん、ラセンさん、……えーとムラクモ?」
「私だけ呼び捨てか?」
「ムラクモ、小さいからなあ」
むうと膨れるムラクモに、カイルさんはくすくすと笑ってみせた。
にしても、カイルさんはともかく漢字で書けそうな名前ばかりで、何だか俺はほっとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます