生贄にされかけたらしいが俺は元気です。女になったけど
山吹弓美
プロローグ
うう、寒い。
思わず俺は、マフラーの中に顔を半分埋めた。屋内ってーか駅の構内でこれなんだから、外に出たらぞっとするよなほんと。コートはしっかり着てるけど、顔は隠せねえもんなあ。
まあ、冬休み前の試験休みなんだからいいけどさ。
「コーヒー飲むか?
「おう。いつものな」
「おけー」
そんなことを言いながら、武田がICカードで缶コーヒー買ってくれた。手渡された缶は結構温かくて、開けて飲んだらほっとする。
期末試験が終わって、俺こと
「お前寒いの苦手だもんなー。だったら、何でゲーセン行こうとか思うんだよ」
「家ん中にいてると、おかんがうるせえんだよ。受験に備えて勉強しろって」
「テスト終わったばっかりなのにまた勉強かー。そらうぜえな、うん」
同級生ゆえ、ご理解いただけて何よりである。いやまあ、学生の本分は確かに勉強だけどさ。
年明けて春になったら、高校三年生。そこから大学狙って受験勉強なんて遅いっちゃ遅いか、確かに。
あーめんどくせ。
「けどまあ、ちょっとはやっとかねえとな。テスト返ってきたら、何言われるか分からん」
「俺もそうだわ。あ、そろそろ電車来るみたいだぜ」
構内放送で電車の案内が聞こえたのに、武田が反応した。大きめの駅なので、他のホームにも電車が来るようだ。あれだな、乗り換えに便利なようにって。たまにホーム間違えてばたばた走る奴がいるんだけど、案内とか見りゃ分かるのになあ。
テストの結果を考えつつ暗くなりながら、飲み終わった缶をゴミ箱に放り込む。今いるのは駅の中で、電車に乗るにはここから階段降りてホームに出ないといけない。まあ、ホームだと寒いから時間まで待ってるんだけどな。田舎って電車の間隔長いから、嫌なんだよなあ。
武田とは降りる駅も同じなので、このまま一緒に帰ることになる。駅からは東と西に別れるんだけどな。
のほほんと階段を降り始めて、ゆっくりついてくる武田を何となく振り返った、時。
「丈っ」
武田の俺を呼ぶ声とほぼ同時に、どん、と駆け上がってきたらしい誰かが背後からぶつかってきた。ホーム間違えた阿呆らしいが、その拍子に俺は足を踏み外し……ってここ階段だぞ階段!
慌てて伸ばした手は、手すりに指先しか触れなかった。うわ、こういう時の手すりだろうが、こんちくしょう。
すぐ後に、通り過ぎたそいつと武田がぶつかる。武田は俺に向かって手を伸ばしてくれてて、そうなると当然、あいつも転ぶ。バランス悪すぎるし、というかぶつかったやつ無視かよ。
「わあっ!」
「げっ!」
結論。
武田はすぐ下にいる俺に追いつく形で落ちてきて、二人揃って階段をごろごろというよりはざざざと滑り落ちていく。痛い痛い背中に段が当たって痛い! あと頭! がんがんがんって、頭打って痛い!
がん、と思い切りでかい衝撃が俺の頭を打ち抜く。多分、階段を降りきってホームにぶつかったんだろうけれど、衝撃のせいか視界が暗くなってて分からない。
「……ぁ」
何かふわり、と身体が浮いた気がした。あれ、なんだこれ。俺、ホームに倒れてるんじゃないのか? いや、もう目の前真っ暗なんでさっぱりなんだけど。あと、上に乗ってるかもしれない武田の感触もねえし。
そのままずーっと、まるで穴の中に落ちてくようなのは身体か、意識か。
やべえ、これ死ぬわ、と思ったところで俺の意識は、ぶつりと行った。
武田、は、大丈夫かね……。
「──しっかり! 気を確かに!」
……ぱんぱん、と頬を張られて、俺はどうにか目を開けた。とりあえず、死にはしなかったらしい。
何か硬い床に寝かされてるみたいだからあー、やっぱりホームに倒れてたか、って思ったんだけど何か微妙に違うような気がする。何でだ。
目の前には武田……じゃないな。さらさら金髪ポニテの綺麗なお姉さんがいた。起こしてくれたのは彼女らしく、俺のことをえらく心配そうに見ている。そりゃまあ、階段から落ちたしなあ。
「大丈夫? 私の言ってること、分かる?」
「……あー、はい」
ん?
いや、お姉さんに大丈夫かって聞かれて、はいって返事したのは俺のはずだ。
何でキーの高い、女の子っぽい声なんだ? 喉やられたか?
「そう。起きられる?」
「…………多分」
ともかく、俺の返事にホッとしたのかお姉さんは、床と背中の間に手を入れてゆっくりと起こしてくれた。……そういえば、頭も背中もがんがんぶつけたはずなのに痛くも何ともねえな。
その代わり、足動かした拍子にがしゃんと重い金属音がした。あと、胸元にたゆんとした感覚。何じゃこりゃ。
「何だこりゃ」
思ったことをそのまま口にして、やっぱり女の子の声だったのではて、と困りつつまずは胸元に目を落とす。
今俺が着てるのは、真っ白……といっても漂白されてるんじゃなくて、生成りとかオフホワイトとかいう感じのごわごわしたTシャツぽい服だ。コートやジーパンどこ行った、と考える前にやっぱり意識が行ったのは、胸。
たゆん、とするわけだ。何か盛り上がってるもんな。具体的には、服の下に特大肉まんが二つ入ってるくらいに。
……いやいやいやいやいや。
服はともかくとして、何でおっぱいがあるのか。
着てるシャツは襟ぐりが大きめなので、ぐいと引っ張って中覗く。うわまじついてるよ。具体的に言わなくても、おっぱい、というやつが。しかも何かでかいし。いや、おっぱいを上から見たことないけどさ。
おっぱいがあるとなるともしかして、と更に中を覗き込む。でかい乳の下にはすべっとした腹とちょこんとしたへそがあって、股間。
……もしかしてじゃなくて、あるはずのモンがなかった。つるん。
「……何でだ」
どうにか吐き出せたのは、その一言。
何で階段から落ちて気を失ってただけで、俺は女の子になってるんだ?
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