偽の接吻
百乃若鶏
第1話
フラれた。寒い。こんな美女を寒空でフルなんてセンスのないやつ。可哀そう。まあ、もともと冷え切った関係だしこうなることもわかってた。ただ、現実の喪失感は想像をはるかに超えていた。いや、本当は気づいていたけども気が付かないようにしていたのかもしれない。
「キツイなぁ・・・」
ちょっとガス臭いバスの中でぼやく、そのぼやきは古臭いエンジン音にかき消される。すました態度をしているつもりでも心の中はぐちゃぐちゃだ。きっと彼のことをまだ好きなのだろう。浮気されたわけじゃない、遠距離になるわけでもない、新しい好きな人ができたわけでもないらしい。
冷めたと。それだけ、たったそれだけで私たちの関係は終わった。二年という月日がその一つの文章だけで終わった。
「やっぱりキツイなあ・・・」
手に取った乗車券の存在すらを忘れ拳をぎゅっと握ってしまう。しまったと思って慌てて手の平を見る。ぐしゃぐしゃだ。あぁ、私みたいだ。乾燥で唇が切れている。リップクリームをどこにやったか探す。そうだ、別れ話をする直前に君に貰ったのを塗っていたんだった。ずっとお尻のポッケに入ってたから人肌の温度に暖かい。
乾燥した唇にリップを付ける。暖かいけれども君の唇の方がもっとあったかかった。
温度が逃げないようにぎゅっとリップクリームを掴む。
今でも偽の接吻の味を大切にしている。
偽の接吻 百乃若鶏 @husenobunsy0
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