第2話 絶望的な戦況
あぁ……末期。この上なく末期だよ……。
元帥の称号を賜った俺は連合陸軍(もはや連合とは名ばかりだけれど)の全ての情報にアクセスすることができるようになった。
なにせ俺は帝国陸軍の最高指揮官なのだから。なんなら、ミルデシア帝国に反旗を翻した兵士たちも名目上は俺の部下なのだ。
まあ、そんなこんなで最高指揮官になった俺がまず最初にやったこと。
それは戦況の把握であった。当然ながら少将だった俺はつい数週間前までは戦地にいたし、ある程度の戦況は耳に入れていた。
が、こうやって改めて戦況を再確認しておくことは大切だ。だから、デリダ城を出た俺は城のすぐ近くにある軍司令部へと赴くとその会議室に司令官たちを呼び寄せた。
円卓へと腰を下ろした俺はテーブルに広げられた地図を眺めながら、司令官たちからの戦況報告に耳を傾ける。
「戦況は極めて劣勢かと……」
「そ、そうだな……」
わかってはいたが改めて地図を見ると頭が痛くなる。地図には東西に広い巨大なミルデシア帝国の地図が描かれており、それが線によって30分割されている。
それらの無数の領地の中でも中央にあるここ帝都と、それを囲むように存在する直轄領が赤く塗りつぶされていた。
帝都と直轄領を全て足せば帝国全体の1/5ほどの面積だろうか?
地図の上にはボードゲームに使用される紅白の駒が無数に配置されていた。赤い駒はミルデシア帝国の部隊、白の駒が反旗を翻した諸侯たちの部隊である。
紅白の割合は赤が2、白が8の割合だ。
紅白の駒を眺めているだけでも頭が痛くなってくる。
主に直轄領内に多くの赤駒が配置されており、直轄領を取り囲むように白駒が並べられていた。
要するに俺たちは完全に包囲されている。
「各地では既に降伏した部隊も存在するようです。彼らは兵の薄い直轄領を攻め落としたあとに満を持して帝都を攻めてくるかと」
「うむ……」
この状況で俺が思いつく最も効果的で戦死者の少ない作戦。
それは皇帝陛下が降伏することである。正直なところ戦況は厳しいなんてレベルではない。もしもこのまま帝都が陥落すれば皇帝の処刑は免れないだろう。
が、もしも突破口があるとすれば皇帝の命と引き換えに全面降伏することだ。こうすればお互いに兵士の消耗を最小限に抑えることができるだろうし、皇帝の命も守られる。
まあ、これはかなり楽観的に考えたシナリオではあるけど……。
何度だって言うが反乱軍はかなりの優勢である。皇帝が降伏をしなくても帝都を陥落させるのは時間の問題。
その上で皇帝を生かせておくというリスクをとってまで降伏を受け入れるとは到底思えない。
それに皇帝自身も最後の一人になったとしても戦うとのたまっていた。
そうなると最も現実的な作戦は。
「籠城……か……」
まああくまで延命処置ではあるが、真っ向勝負をするよりは幾分かマシだ。
そう思って俺は口にしたのだが、そこで隣に座っていた初老の中将は首を横に振る。
「それはあまり現実的ではありませんな」
「どうしてそう思う?」
「帝都は食料の多くを他領からの輸入に頼っております。帝都内で栽培するわけにもいかず、その上備蓄ももって1ヶ月ほどかと。籠城をしている間に皇帝陛下が餓死をしてしまいます」
「…………」
「それにこちらをご覧ください」
そう言って中将は各領地を繋ぐ運河を指さした。
「今の兵力では運河を守り抜くことは不可能でしょう。せめて隣国と面している運河を守り切ることができれば食料を運ぶこともできるのですが……」
「少なくとも帝都の人間を食いつないでおくためには他領に攻め込んで食料を確保する必要があるということだな?」
「ですな」
帝都を守ることすらままならない帝国陸軍が他領を侵略?
バカも休み休み言え。
あぁ……頭が痛い。
どう考えてもまだ二〇代前半の俺が解けるような問題じゃないんだよな……。
とはいえ誰かが代わってくれるわけもなく、皇帝から任じられてしまった以上言い訳はできないのだ。
「とりあえずありのままを陛下にお伝えして、その上で英断を扇ぐしかない。全面降伏してもらおう」
戦況を目の当たりにした俺の出した結論である。
が、そんな俺の腕を掴んで中将は首を横に振る。
「それはオススメいたしません」
「どうしてだ? これがもっとも現実的で帝都民の命を守る方法だとお前は思わないのか?」
「そうではありません。ですが、今の陛下は不都合な情報に耳を傾けられるような状態ではありません。もしも閣下がそのように進言されても文官たちから『そのような弱腰で国体が守れるかっ!!』と罵倒されるのが関の山でしょう。おそらく陛下も彼ら文官の肩を持ちます」
「…………はぁ。わかったよ。その辺も考慮して陛下には進言する」
「本当にお気の毒なことです……」
その中将の言葉は俺に向けられたものなのか、皇帝に向けられたものなのか。
俺は力なく立ち上がると会議室を後にした。
※ ※ ※
それからその足で馬車に乗り込み再びデリダ城へと向かった。
その頃にはすっかり日は傾いており、本来であればこのような時間に皇帝に謁見することなど適わないだろう。
が、そんなことを言っている場合ではないことも皇帝も理解しているようで、俺はあっさりと使用人に皇帝の執務室へと通されることになった。
そこで俺はある程度オブラートに包んで戦況を語った。
その結果皇帝は「う~む……」と眉間に皺を寄せていたが、それでも「神が我々の味方をするまで辛抱強く待つしかない」という心強い言葉を頂いた。
ホントふざけてるな……。
頭がお花畑の皇帝に必死に愛想笑いを浮かべながら俺は城を後にすることにした。
城から出て空を見上げると無数の星が満天の空に広がっているのが見える。
隣の芝は青く見えるというが、相も変わらず脳天気に光り輝く星々が恨めしく、そして羨ましく俺の目に映った。
「くしゅんっ……」
呆然と夜空を眺めていた俺だったが、そんな間抜けなくしゃみの声が耳に入る。
声の出所へと視線を向けると庭園に立って何やら頬を真っ赤にしてこちらを見やる少女の姿が見えた。
白いワンピースを身につけたその少女は青みがかった銀色の髪がとても美しく、髪の側面には花柄の髪留めをつけている。
な、なんて美しい人なんだ……。
俺が素直に抱いた感想だ。
少なくとも俺の人生の中でこれほどまで美しい人を見たことがない。
通った鼻筋も少し小さめの口も、そして、瑠璃色の宝石のような瞳も俺を一目惚れさせるのには十分すぎた。
年齢は17、8歳ぐらいだろうか……。
そのあまりの美貌に思わず呆然と立ち尽くしていると、彼女は相変わらず頬を赤らめたまま俺の元へと歩み寄ってくる。
「お恥ずかしいところを見られてしまいました……」
「…………」
「もし?」
「え? あ、それは失礼いたしました」
確かに貴婦人にとっては男にくしゃみを見られるのはなかなかに恥ずかしいだろう。
ところで、こんな夜に城の庭でこの人は何をやっているのだ?
なんて暢気に考えていると、少女ははっとしたように目を見開いてわずかに口角を上げた。
「そういえばあなたとは初対面ですね」
「はい?」
「私、ミルデシア帝国第一王女のリルルと申します。あなたは新しく着任されたというルップル元帥ですね?」
そう言われた瞬間、俺の顔から血の気が引いた。
どうやら彼女は気安く話しかけて良い身分の人間ではないようだ。
俺は慌てて彼女の前で跪いた。
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