星の使者、ドルトリン

 大陸の東に位置するドルート階段。

 そこへ向かう途中には、渓谷がある。


 緑のうねった大地が広がり、至る所に大小の川があった。

 渓谷の途中には、断崖がある。

 苔が生え、切り立った断崖二つを繋ぐのは、鉄で造られた大橋。

 何本ものボルトと鎖で固定された大橋は、つり橋式だ。


 片側から中央まで一つ。

 向こうも同様で、中央に掛けて、つり橋を下ろす。


 そして、真ん中でもボルトと鎖、鉄板を組み合わせてガチガチに固定されている。


 使者討伐の旅で、大勢の軍隊が渡れるように造ったものだ。

 出来栄えは完ぺきではないが、生きて戻るつもりがなかった兵隊達が造った物なので、頑丈なのか、脆いのか、微妙なところだった。


 現在、橋の上には大きな影が這い蹲っている。


「……ひ……ぎぐ……マリ……あぁ……」


 顔面蒼白の巨人だった。

 下半身が千切れた状態で、断面から黒ずんだ体液が大量に溢れ出している。なのに、彼女は死ぬ事ができず、腕の力だけで上半身を引きずっていた。


 今は片手にマリアの人形を大事に抱え、片腕の力で這っていた。

 苦悶の表情で這う彼女は、橋の途中で人形を見下ろす。


「マリア……。今……治す……からね……ひっぐぎ……っ」


 大粒の涙をこぼし、ドルトリンは肩の辺りに人形を乗せる。


「どうじで…………置いてきちゃったの……ぉ?」


 肩に乗せた人形からは、微かだが、鼓動が聞こえる。

 ドルトリンは人間以上の五感を持つが、それとは関係なく、マリアの事を熟知している。人間には物言わぬ人形として見えても、ドルトリンには溶岩のように熱い血や心臓が、マリアの人形に流れている事を感づいた。


 肌に当てると、もっと確信する。


 熱はレイアが触れた時よりも高くなっている。

 つまり、――マリアの作った人形は――


「心臓があれば、……マリアが蘇る……。マリア……。絶対に助けてあげるからね……」


 体を二分されても、変わらない思い。

 ドルトリンにとって、マリアは特別だ。

 大橋の中腹まで来た頃か。


 ドルトリンは疲れた顔つきで動きを止めた。


「あぁー……ぁぁ……。どうして……人間って……どこにいても邪魔になるんだろう……」


 晴天を見上げてから、ドルトリンは橋床きょうしょうに爪を立てて振り向いた。

 マリアに対する反応とは違う。

 姉を慕う妹の顔つきから、殺意に満ち溢れた形相に変わり、自分の後方に立つ人間を睨みつける。


「……お前たちのせいで。マリアがおかしくなった」

「そうかい」


 いつもの旅とは違う。

 来る途中で水を一杯と、食べれる野草を無理やり口の中に押し込んできた。すきっ腹でないと、何がくるか分からないので、動ける体にしておいたのだ。


 ほぼ休みなく歩き、ドルトリンの形跡を追ってきたレイアは、橋の真ん中で這う巨人に生唾を呑んだ。


(こいつだよ。こいつ。……隊長たちが、身動きできなかったのは、こいつが星やら何やらを降らせてきたんだ)


 他の三人と立ち会った事がある彼女だからこそ、今は何が起きたのか整理がついた。


 磁石のように二人だけが引き寄せられた。

 何が起きてるのか分からなかったのは、隊長たちの周りに水晶が溢れていたからだ。

 目を凝らしても、水晶の奥は、三面鏡のように姿が分裂して、視界が悪かった。

 次に、ピカ、と空が光って、星が降ってきた。

 星は降ってくる途中で大きさを変えた。


 そこから何発も隊長たちの甲冑に当たり、容赦のない攻撃を前に二人は立てなかった。

 三人を引き離すつもりで、あのような事をしたのだろう。

 三人分の甲冑を付けられたら、使者は身動きが完全に封じられる。


「お前たちのせいで――優しかったマリアが――死に掛けてるんだッ!」


 悲痛な叫びを浴びせられ、レイアは斧を脇に構えた。

 ギョロギョロと目を動かし、ドルトリンが歯肉を剥き出しにして、憎しみを込めた言葉を吐き捨てる。


「滅亡しろ――人間――」


 ピカ、と空が光った。

 太陽光が斧の面に反射したのか。

 大橋のどこかに反響して、反射した光が視界に飛び込んできたのか。


 答えは、すぐに訪れた。


 ボン。

 太陽の光に紛れて、空から何かが落ちてきた。


 降ってきた物体は、真下に落ちた後、直角に折れ曲がり、軌道を変える。

 その矛先はレイアだ。

 ドルトリンの脇をすり抜け、炎を帯びた石の塊がレイアの顔のすぐ隣を通過した。


「……っくぅ!」


 耳鳴りがする。

 片耳を押さえて後ろを振り向くと、感嘆の息が漏れてしまう。

 大地は抉られ、直線状に深い溝ができていた。

 溝からは炎が噴き出し、渓谷の緑を焼いている。


 地獄への入口が、隙間ほど開いた風になっていた。


 まともに食らえば、即死だ。


「ったく。どいつもこいつも。勝手に絶望しやがって」


 レイアは斧を握りしめ、鋭い目つきを分からず屋に向ける。


「お前らなぁ! 人間の悪い所ばかり見るクセに、良い所見ないじゃないか! 大概にしろ!」


 降ってきたのは、隕石か。

 大地にクレーターを作った衝撃で、大橋が縦に揺れている。

 元々、安定性には懸念のある橋だ。


「こちとら、ガキ泣かされてるんだ」


 柄を握りしめる音が、大きく鳴った。


「……悪いけど。死んでもらうよ」

「邪魔はさせない」


 ピカ。

 もう一度、空が光る。

 目を焼きそうな光が、――合図だ。


「お、ラああああああああッッ!」


 光って、一秒になるか、ならないかの僅かな時間。

 このタイミングを見計らい、レイアは斧を力いっぱい振り切った。


 ゴ、チン。


 鈍い音と共に、今までにない衝撃が斧の柄を伝わってくる。

 膨れ上がった筋肉が持っていかれそうになるが、レイアは歯を食いしばった。


 斧は、空から降ってきた材質で作られた特別製。

 隕石が当たっても壊れやしない。

 レイアだって、食っちゃ寝をして、肉体を大きくしたわけではなかった。


 厳しい訓練の末に、極限まで身につけた筋肉がある。


「―――アアアァァァ……ッッ!」


 隕石は斧の端を境に、真っ二つに分かれた。

 一つは空に向かって飛び、もう一つは下。


 橋床を貫いた事により、橋が大きく揺れる。

 落ちないように膝を突き、レイアは腹の底から叫んだ。


「来いッッ!」


 前方には、大きな手が迫っていた。

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