ティングボンゴウ-選ばれし王者の杖-

ハナビシトモエ

全年齢対応バージョン

 私立大上高校吹奏楽部には代々伝わるサッカーボールがある。


 昼休みの一時間と十五分。それが僕たちの遊戯プレイボールだ。

 全国大会出場を毎年果たしている大上高校の面々は男女ともに吹奏楽ばかりの生活で娯楽がほとんどない。何かと真面目な人物も多いが、一部の遊びを追及する王者たちは違う。


 吹奏楽部の練習棟の下が駐輪場で、酷暑極寒でない限り部員は空いているスペースで昼食と娯楽を摂る。


 ボールが女子に当てたら土下座さえいとわない謝罪、女子のお弁当に当てたら土下座で謝罪の上お弁当屋さんで好きなお弁当を二日分ご馳走すると決まっていた。


 昼休みのサッカーは楽しく、どの時期でも飽きずに転がし、取り合い、奪い合っていた。チューバの伊藤という一年生を除いては…。


 伊藤は練習棟の中でピッチングフォームを再現し、野球が好きなのかと聞けば「昔ピッチャーとライトをしていたが、肩を壊してね」と、聞いてもいない自語りをする少々厄介な人物だった。



 ある時、この伊藤をどうにかしようとした三年生が伊藤に野球をしようと持ち掛けた。

 伊藤はバットとボールを家から持ってくると言ったが、狭い駐輪場でゴムボールとプラスチックバット以上の物を持ってこられると顧問から指導されるだろう。



 これまで男子部員は様々な娯楽を考えた。

 


 人生ゲームが持ち込み禁止の為、パターン別人生ゲームもどき。これは顧問が部屋に入ってくる度にぐちゃぐちゃにして捨てるので、作成係がくじけた。


 サボりをごまかす為に体力をつける為と練習棟の廊下を大股ジャンプで走る競技。これは負ける部員が決まってしまって帰りにジュースをおごる部員が破産。


 講師控え室の出窓から練習をさぼってオアシスとして使っていた小部屋の中が見える為いかに顧問の目をごまかすか攻防。これは油断させて小部屋に顧問が突入した。


 ドキドキ練習室内鬼ごっこ。これはフルートを壊して怒られた。



 娯楽の王者たちはバットの開発を始めた。楽器を洗う時や掃除をする為に学校中から新聞紙が集まる。新聞紙を棒状にし、布テープでぐるぐる巻きにした。



「伊藤振ってみろ」

「はい先輩」

 バットがとんでいった。滑りが効かないただの棒だった。それに短すぎた。長く作ってみた。



「伊藤振ってみろ」

「はい先輩」

 折れた。長ければいいもんじゃない。長く強度を持たせた。



「伊藤振ってみろ」

「はい先輩」

 当たらない。誰が振っても当たらない。打楽器のスティック四本分だぞ。



「伊藤振ってみろ」

「はい先輩」

 強度はいいがミート力に難がある。六本分でもダメか。



「伊藤振ってみろ」

「はい先輩」

 かすった。なるほど太くする方針は間違えて無かったのだ。



「伊藤振ってみろ」

「はい先輩」

 伊藤が持ちにくいと漏らした。贅沢を言うな。



 手に馴染みやすい物を考えるべきだ。そう思って、ゲームに出てくるこん棒を参考にした。これは傑作だ。



「伊藤振ってみろ」

「はい先輩」

 振り心地がよさそうだ。この一ヶ月間、練習を犠牲にした俺たちの研鑽どりょくは間違えていなかった。

 


 練習時間中に顧問の目を盗んでたくさんの新聞を犠牲にした。



「伊藤振ってみろ!」

「はい先輩」

 そういって俺は俺たちの研究の成功を確信し、ボールを投げた。

「当たった!」

 仲間が感動で盛り上がった。


 ぽん、ぽん。ころころ。

 バットに費やした一ヶ月。愚かなことにバットの研究に注力するあまり、ボールなんて当たればいいと思っていたツケが来たのだ。当たっただけで落ちて転がらない塊。



「明日からサッカーにしよう」

 休憩で残った十分、顧問が準備をする為にと提案した時間に男子が戻って来ることに驚いたと言う。


 バットは工具が入っている部屋の隅のスペースに投棄され、ボールはゴミ箱にたたきつけるように破棄された。

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