第29話 四皇子と魅音の確執

 前回までのあらすじ。

 百華、魅音との三者会議を終えて、振り出しに戻った鈴華の元の世界に帰る方法探し。

 とりあえず湯浴みするか~と浴室に向かう鈴華は、侍女である魅音に浴室で再会する。

 彼女は女帝に心酔しているようで、なんだか様子がおかしい。

 鈴華の唇に軟膏を塗った魅音は、女帝に口づけして……。

 混乱した鈴華の頭の中には宇宙が広がっていたのであった。


「――というのが昨日のざっくりした経緯なんだけど、ふたりともどう思う?」


「ふーん」


「ぁ……なんだか、その……大変ですね……」


 昨夜の出来事を誰かに聞いてほしくて、訪れたのはいつもの猟陰府。

 その役所の主、猟陰と一緒に最丁狭もいたので、ついでに話した。

 猟陰は片眉を上げて興味深そうに聞き入り、丁狭は顔を真っ赤にして、聞いているだけでも恥ずかしそうだ。


「なんだか愉快――失礼、面白いことになっているね」


「猟陰、それ訂正になってないよ」


 鈴華のジト目を、猟陰は「ハハハ」と笑って受け流す。


「スズカ、それは……その、大丈夫なのですか? その魅音という女性、別の係に移したほうがよろしいのでは?」


 丁狭はアワアワとしながら心配しているようだ。意外とウブなのかもしれない。


「うーん、悪い子ではなさそうだし、もう少し様子を見てみるよ。身の危険を感じたらまた相談するね」


「既にだいぶ危険な気がするのですが……?」


「まあ、真の主人公というだけあってめちゃくちゃ可愛いよね」


 ありのままを正直に言えば、女帝と真主人公がイチャイチャするシーンを見たいのである。

 絶対に元のゲームではありえないシチュエーションだ。


 ……あとは、魅音にキスされると頭がぼうっとする。

 あのふわふわした感覚がどうしても忘れられなかった。


 それからの女帝とお付きの魅音の仲は睦まじく……その実、周りの者にはどこか耽美なものすら感じさせた。

 侍女なのだから女帝と常に一緒にいるのは当たり前なのだが、やたらと距離が近いのである。

 女帝が朝起きれば髪を結い、夜眠るときには湯浴みを担当し、一日の最後には毎日の儀式のように女帝の唇に軟膏を塗り、口づけた。

 食事のときに女帝にベッタリとひっつき、彼女に手ずから食べさせようとしたときには流石に最百華が止めた。


「魅音、陛下は子供ではないのだから、食事くらい自分で好きにさせてやれ」


「あら、殿下。まさか嫉妬していらっしゃるのですか?」


「……なに?」


「無敵の武勇を誇る最百華殿下が、よもや陛下に始終侍ることを許されるわたくしに、妬み嫉みなどしておりませんわよね?」


「貴様――」


 百華が逆上し、食事の席を立って魅音に歩み寄ろうとしたとき、女帝が「待て、百華」と声で制した。


「そなたともあろうものが、侍女に掴みかかるつもりか?」


「いえ、決してそのような」


「控えよ、百華。魅音は妾の可愛い、忠実な侍女である。この者に手を上げるのは妾が許さぬ」


「しかし――」


「控えよ、と言った。妾の命令が聞けぬのか?」


「……いえ。失礼いたしました」


 渋々と引き下がる百華を見て、魅音はほくそ笑んだ。


 その様子を見て異変に気づいたのは、やはりこの男、最猟陰である。

 食事をしながら、女帝の様子を観察し、隣の席に戻った百華に耳打ちする。


「百華兄さん、どう思う?」


「どうも何も、陛下のご様子がおかしいのは私にだってわかる。ひとまず、朝餉を終えたら四皇子で会議をしよう」


 しかし、四皇子が集まってどこかで話をしようとしたときに、近づいてきたのは魅音であった。


「皆様、集まって何のお話をしていらっしゃるの? わたくしも混ぜてほしいですわ」


「テメェには関係ねえ。そもそも、経朱のお世話はどうした」


 乱暴に返事をする最心用に、魅音はフフンと笑う。


「陛下は部屋でお休みになられております。わたくしが戻るまでは起きないでしょう」


「おや、それはどういう意味だい?」


 片眉を上げて興味深そうに尋ねる猟陰だが、魅音は「別に、言葉通りですわ」とそっけない。


「とにかく、わたくしが目を光らせている間は、皆様方には余計なことはしないでいただきたいですわね。それでは、失礼いたします」


 魅音は冷笑とともに軽やかに歩き去っていった。


「……これは」


「なにか企んでるねえ」


 丁狭と猟陰が不穏な気配を感じたのか、眉間にしわを寄せる。


「いい度胸じゃねえか、あの女……」


 心用は魅音の態度にカチンと来たのか、無理やり笑みを作るが、その顔はピクピクとひきつっていて歯ぎしりをしているように見える。


「陛下が心配だな……」


 最後に百華がポツリと呟き、四皇子は互いにうなずき合う。


 ――四皇子は必ず女帝を守ると誓った。ならば今こそ、その誓いと忠義を見せるとき。

 四皇子と魅音の、女帝をかけた戦いの火蓋が切って落とされたのであった。


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