第23話 春雨国を攻め滅ぼせ

 ――前回のあらすじ。

 春雨国からの暗殺者の手により、女帝の暗殺は免れたものの、『軍神』最百華が毒に倒れた。

 その情報は後宮に紛れ込んでいた間者によって伝わり、春雨国の軍隊が一気に宝菜国に押し寄せる。

 百華を除いた皇子たちは戦いの準備を始めるが、そこへ自ら出陣を申し出た女帝は――まさかの経朱帝……?


 さて、作戦室。


「状況はどうなっておる」


「相手は十万の兵、それに皇族が操ってる『麒麟』もいる。皇族はさすがに後ろに控えているだろうけどね」


「こっちの兵は丁狭兄ィの軍が三万、百華兄ィの軍も三万だが、百華兄ィがいねえから俺が指揮する。それでどこまで戦えるかって感じだな……」


 心用は自分の軍隊を持っていない。猟陰に至っては学者しか引き連れていない。切り札は皇子たちと女帝の持つ龍だろう。


「ふむ、戦況は数の上でやや不利か」


 女帝は顎に手をやりながらうなずく。


「まあ、拙たち猟陰府で練った策を使ってみよう。心用、分かっていると思うけど、ひとりで突っ走らないように」


「分かってるって! 戦で前線張れるなんて初めてで別にはしゃいでるわけじゃねえからな! ヒャッホウ!」


「お主は楽しそうでええのう。妾も見習いたいところじゃ」


「おう! 俺の背中を見てしっかりお勉強しろよ!」


 経朱の皮肉は、心用にはあまり伝わっていないようだった。まあ、伝わっていれば春雨国との戦いどころではなくなるので、結果的にはこれでいいのだろう。


「心用、丁狭兄さんは先に戦場で戦っている。君もすぐに向かってくれ」


「合点承知! 心用サマの活躍をその目に焼き付けな!」


 彼は作戦室から一目散に飛び出していった。


「……で、猟陰。『麒麟』は何体おる?」


「目視できる限りでは三体。春雨国には皇族が皇帝と皇子合わせて六人いたはずだ」


「つまり、最大で六体の麒麟がいると。神獣の数でも劣っておるとは、難儀じゃな」


「なに、切り札は既に用意してある。君の双子龍にも期待しているよ、陛下」


 会話をしながら、女帝と猟陰も戦場へと向かっていく。

 宝菜国と、春雨国。

 敵対している二つの国が、どちらかを滅ぼすまで終わらない戦いが、始まろうとしていた。


 ――宝菜国と春雨国の国境付近。

 春雨国は十万の兵を展開し、広い平原を蹂躙じゅうりんしていた。

 天気は雨。これは春雨国の皇族が操る神獣『麒麟』の天候を操作する能力によるものである。

 最丁狭の率いている三万の兵は、春雨国の大軍隊を待ち構えていた。

 そこへ、心用も合流する。


「兄貴、猟陰兄ィからの作戦を伝えに来たぜ」


「心用……まさか宝菜国の存亡をかけた戦いがお前の初陣になるとは」


「おうよ! 相手にとって不足はなし、暴れ回ってやるぜ!」


「……あまり圧倒されていないようで何よりだ」


 最心用があまりにも通常運転で、丁狭からは苦笑いに近い笑みがこぼれる。

 何はともあれ、心用から作戦を聞いた丁狭は軍を退かせた。

 逃げていく宝菜国軍を追う春雨国軍。

 丁狭軍は狭い山道をくぐり抜け、敵軍を誘い込む。

 相手が十万という大軍隊でも、崖に囲まれた山道を進むには十人がやっと横並びできる程度。

 これで、宝菜国軍は戦力の差を気にすることなく、十人対十人で戦える。

 さらに、崖の上に潜んでいた心用が引き連れている百華の軍が岩を落としたり弓矢を飛ばしたりと、援護を開始する。

 それにしびれを切らしたらしい春雨国は、とうとう切り札を切った。


「出たな、麒麟!」


 神獣・麒麟が、雨雲から雷を落として崖上の兵士たちを焦がしていく。

 さらに、馬のような脚を持つそれは、自軍の兵士たちを飛び越え、丁狭軍に突っ込んでは、体当たりと角で荒々しく吹き飛ばしていく。


「いいじゃねえか! 俺の黒龍とどっちが強いか力比べしようぜ!」


 心用の黒龍の能力は、氷を操るチカラ。

 口から氷の塊を吐き出し、麒麟めがけて撃った。

 麒麟に命中した氷は、そこからビキビキと凍りつき、麒麟を覆っていく。


「オラッ!」


 黒龍が凍りついた麒麟に太い尻尾を叩きつけると、麒麟は氷ごと粉々に散った。


「まずは一体!」


 しかし、さらに二体の麒麟が追加でやってくる。

 麒麟は口から電撃を吐き出し、黒龍にぶち当てた。

 黒龍は「ギィィ!」と悲鳴を上げて痙攣する。


「チッ……向こうもなかなかやるな」


 心用はなんとか耐えたが、間髪入れずに雨雲からも雷が落ちてくる。

 黒龍の速度では避けきれず、まともに雷が命中した。


「ぐあああっ!」


 心用と黒龍は同調しているせいか、心用の体から煙が上がる。

 これ以上彼を戦わせると命が危ない。


「下がるが良い、心用。良く耐えた」


「うるせえな……えらそうに……」


「実際偉いから仕方ないのう」


 息も絶え絶えに女帝をにらみつける心用を、彼女はフフンと笑い飛ばす。

 経朱の銀龍が心用に巻きつくと、彼の体を銀色の光が包む。

 銀龍の能力は癒やしのちからのようで、心用の体の軽い火傷はみるみるうちに癒えていった。

 女帝は声を張り上げる。


「春雨国よ、聞くが良い。これ以上我が国に侵攻するならば、どちらかが滅びるまで戦うしか道はない。引き返すなら今ぞ」


 しかし、春雨国の軍隊は、それを聞いても侵攻の手を緩めることはない。


「警告はしたぞ」


 二体の麒麟が経朱の金龍に向かって、同時に口を開き、電撃砲を浴びせようとする。

 しかし、ここで異変が起こった。

 雨雲が晴れていくのだ。

 動揺する春雨国軍。

 さらに、二体の麒麟が悲鳴を上げて消滅したのである。

 何が起こったのか分からず、敵軍は混乱の末に崩壊していく。


「伝令! 伝令! 我が国の皇族が――ひとり残らず暗殺された!」


 春雨国の兵士たちは、ぽかんと口を開けている。


「暗殺者を送り込めるのは、何もお主ら春雨国の専売特許でもなかろうに。しかも、お主らは周りの国に片っ端から喧嘩を売っていたからのう。友好国もおらん国に手を差し伸べる者もあるまいて」


 晴れた空に、美しい赤色の鳥が後光を背負って羽ばたいている――『鳳凰』だ。

 宝菜国の友好国、麻婆国の神獣・鳳凰である。

 空を快晴にし、炎を操る能力を持った神獣は、麒麟のそれとは相性が悪い。

 さらに、麻婆国の暗殺部隊が春雨国軍の背後から忍び寄り、皇族たちを皆殺しにしたのである。

 こうして宝菜国は春雨国を滅ぼし、生き残った兵は捕虜となった。


 あとから判明したことであるが、暗殺された皇族たちのお世話係の中に、あの桃燕や、かつて宝菜国で側近をしていた者たちが一緒に殺されていたそうである。


「アイツら、懲りずに春雨国で甘い汁を吸ってたのかよ」


「せっかく追放刑で済ませてやったと言うに、まあ因果応報じゃのう」


 呆れる心用と、ため息をつく女帝。

 とにかく、これでもう桃燕や側近たちの心配を一生しなくて済むと思うと、まあ気は楽になるだろう。


 ――春雨国との戦闘が終わったあとの医務室。

 女帝・経朱は、自らの銀龍を使い、最百華の治療を試みていた。


「これで俺みたいに、傷が塞がったり毒が抜けたりするのか?」


「そうじゃのう……厳密には銀龍のチカラは癒やしとはちと違うのじゃ」


「あ? 何が違うってんだ?」


「傷を治すというよりも、傷がつく前の状態に巻き戻す……いわば時間を操る能力よ。それを使って、百華の体を巻き戻す」


「――陛下。君はいったい、何を……」


 訝しげな顔をする猟陰に、経朱はフッと、優しい笑みを浮かべていた。


「なに、妾に夜伽をする前の、あの清廉潔白な最百華を、もう一度見たくなった。桃燕もおらぬ今、百華はもう誰かに人生を狂わされることもないじゃろう」


「そんな! そうしたら君はもう――」


「良いのじゃ。妾は百華に好かれなくとも、こやつが幸せなら善い――」


(待って! 経朱!)


 女帝の体の中に閉じ込められた、もうひとつの魂が叫んでいる。

 しかし、経朱は止まる気はない。

 銀龍はその輝きを増し、医務室が銀色の光に包まれていく。

 その光の中で、微笑む女帝の目から一筋、水滴がこぼれ落ちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る