こころのこりエンドレス
鬼居かます
第1話 序章 実は今もループの真っ最中
それは四月六日の早朝だった。
快晴だ。サクラはまだだいぶ咲き残っているが枝先にはちらほらと葉が見え始めた頃だ。
ここんとこ、ようやく春らしくなってきたんだが時刻はまだ午前七時前。
今朝は冷え込んだので駆け足のオレたち二人が吐く息は白い霧となって消えていく。辺りにはオレたち以外の姿は見えなかった。
で、今は間違いようがないほど間違えなく四月六日の朝なんだが、実はもう何度目の四月六日の朝なのかは残念ながらオレにははっきりしないんだな。これが……。
「
駆け足のオレの肩をいきなり少女がつかみやがった。両手でがっちりと。
……ちなみに飛鳥井速人ってのはもちろんオレの名前だ。
「んあっ?」
オレは足を止めた。
いや、止めさせられた。……なんだよ突然。勢い余って後頭部からひっくり返りそうになったぞ。……って、いったいなんのつもりなんだ? ……しかもだな。その細っこい身体のどこにこんなバカ力があるんだよ?
「だから待ってっていってるの」
……お、おう。
オレはまじめな顔でまっすぐに見上げてくるメガネ少女に向き直った。
いっておくがこいつはかなりの美人だ。少なくともオレの十五年間の人生の中で生で出会った女の中じゃまちがいなくいちばんの女だ。
で、この女はユナエリという。
オレの格好は市立
……だがな、ユナエリさん。その頭のタオルはなんとかならんのか? やっぱりターバンにしかオレには見えねえんだけどな。
……まあ、いい。……それよりも、だ。
今現在オレたちは一刻を争う状況ってやつだったんだ。タイムリミットは残りあと少しなだけじゃなくて、オレたちはオレたちに見つからないようにことを進めなくちゃならねえというかなり複雑で入り込んだ状況ってやつなのだ。
……だからかなりやばいんだぜ。ユナエリさんよ。
「な、なんだよ? なんか忘れたのか? いいたくねえけど、あんまり時間はないんだぞ」
「うん、……たぶん大事な忘れ物だと思ったのよ。ううん。これは絶対にゆずれないくらいに大事なこと」
……あのさ、頼むからいい加減にしてくれよ。
オレは正直うんざり顔だったと思うぞ。なんたって後戻りはできないんだ。オレたちが行わなきゃならないことは互いの心残りの元を絶つことなんだ。
……オレの心残りの原因はお前がご破算にしちまったけどな。……でももうひとつの心残りであるお前の望みだけはなんとか叶えなくちゃならないんだ。特にオレとしては絶対に実現させてやりたいんだ。……そう決めたからな。
……わかってんのか?
「後回しにできねえのか?」
「うん。たぶん後回しは無理だと思う」
そしてちょっとユナエリは考え顔になりやがった。
「あのな、あのプランナー野郎の話では、万が一この作戦に失敗した場合でも、やり直しは可能とかなんとかいっていやがったけど、オレは正直いうと、もうごめん被りたいんだぜ」
「うん。それはあたしも十分にわかってるわよ。……過去のあたしたちと鉢合わせするわけにはいかないらしい、ってこともね」
「……」
ちゃんとわかってんじゃねえか。その通りなんだぜ。
なぜならば……、運悪くばったり出会っちまったらさ、もっと複雑なタイムパラドックスとかいうものが発生して予測不可能な未来が生じる可能性が非常に高いらしいんだが。
……ま、受け売りなんで実際はオレもわかってねえんだけどな。
「なにがしたいんだかわかんねえけど過去はあんまりいじくるな」
……それはオレも他人のことはいえねえけどな。自分のことを棚に上げているのはわかってるけどさ。
「それよそれ。過去を変えないために必要なのよ。……きっと」
「なんだって? ……ぐあっ」
オレは突然に襟首をつかまれた。そして力いっぱい引っ張られたんだ。……な、なにすんだよ、こ、この……。
「エロ女でしょ? そして次はかみつき女でしょ? で、あたしは次はなに女なの?」
「……知るか!」
でもホントは、……ノーブラ女。
まあ、いったら殺されるだろうからな。オレは口をつぐんだ。
で、抵抗しても無駄だと悟ったオレはそのままユナエリに引きずられてマンションへと連れ込まれてしまったわけなのだ。
「説明してくれ。……これはなんなんだ?」
ここはユナエリの部屋だった。
以前にも来たことを憶えている。ぬいぐるみもソファもクッションもない、がらんとしたモデルルームのような殺風景な部屋だ。
そして今ユナエリはオレの前に自分の日記帳を差し出していやがった。例のピンクでラブリーで夢見る少女仕様で唯一こいつの部屋の中で女っぽいやつだ。
「バカね。……まだわからないの?」
「いったはずだ。説明してくれ」
「じゃあいうわよ。書いて」
「書いてって、いったいなにを書くんだよ?」
……オレがお前の日記にいったいなにを書けばいいんだ? よりによって女の日記帳なんだぜ? オレはお前が好きなんだって書けばいいのか?
……ああ、そうだよ。今のオレにはわかる。
オレはたぶん、いや絶対に間違いなく正真正銘お前が好きだよ。ホレてるよ。恋しちまってるよ。
……だがな、そんなこと今このとんでもなくせっぱ詰まったこの時間に書けるかよ。そんな状況ってやつじゃないことぐらいお前だってわかるだろ?
それにな、……そりゃお前は確かにかわいいよ。美人だよ。魅力的だよ。
だがな、お前は性格的にかなり歪んでるんだぞ。オレのことを変態扱いするし、かみつくし、ズボンだって脱がしやがったし。
それなのにこんなオレの方から一方的に、……そ、そんな恥ずかしいことを書かせやがるつもりなのかよ。
「なにごちゃごちゃつぶやいてんのよ。……いいから早く書いて。もう時間がないんだから」
「だ、だからなにを書くんだよ?」
オレは真っ赤になっちまった。だが、なぜかユナエリも頬を染めていやがったんだ。
「女のあたしにいわせるの? もう、鈍いんだから」
「だ、だから、なにをだよ」
「ものすごい鈍感。悲しくなるくらい鈍感。泣きたくなるくらい鈍感」
さすがのオレでもかちんと来たぞ。
「あのな、鈍感三段階活用でもなんでもいいんだがオレにはさっぱりわからねえんだ」
「……いわせるの? どうしてもいわせるの? なにがあってもいわせるの?」
「おう」
「わ、わかったわよ。……もう、ごにょごにょいわないわよ」
「お、おう」
「……パンツ」
「は?」
……今、なんていった?
「パ、パンツ。……あなたのパンツのこと。今すぐ即座に迅速に可及的速やかに、さっさと書きやがれ!」
ユナエリはそっぽを向いて日記帳をオレに押しつけた。耳まで真っ赤になった女ってやつをオレはこのとき初めて見た。
「パ、パンツ? オレのパンツのことか?」
……見ると開かれた日記帳はまっさらに白紙だった。そしてそのページは四月六日。つまり今日だったのだ。
「あ、……そうか。そういうことか」
「なによ! 今更気がついたの? もうホントに鈍いんだから」
……正直いおう。オレはたった今このことに気がついたのだ。
そうなのだ。ユナエリの日記帳に書かれてあって、んでもって書いた本人であるこのオレ自身でさえ、さっぱり記憶にないあのメッセージの謎が今オレにはやっとわかったのだ。
「確か、昨日の夜には書かれていなかったはずなのに、今朝の公園でオレと出会ったあとに家に帰って日記帳を開いたら、……書かれてあったんだよな?」
「そうよ。……だからさっきひらめいたのよ。今このときをおいて他には絶対にあなたがこの日記帳に書くことができる機会はないの。これは間違いないのよ」
確かにユナエリのいう通りだった。で、オレはペンを取るとオレを横からじいっと見ていやがる視線にたえて、のちのユナエリが見てオレへの証拠として突きつける謎のメッセージを書き込んだ。
……オレとは別のオレよ、すまん。いろんな痛みに耐えてくれ。
「これでいいのか?」
「……それにしても汚い字ね。なんとかならならないの? あたしの日記帳にこんな変な文字が書かれるなんて、ちょっと屈辱かも」
「あー、うるせえ女だな。文句があるならお前が書けよ」
てっきり反論があるはずだと思った。
だがまったく予想していなかったんだがユナエリの顔は温和でゆったりとした笑顔だったのだ。
「まあ、いいわよ。それはそれでいい思い出だし」
……まったく女ってやつはさっぱりわからん。
「でもまあ、考えてみれば、……オレは入学式とか卒業式とか、なんとか式という大事なときには必ず新品のパンツを卸すようにしている。だからやっぱり間違いないんだよな」
オレがそうつぶやくとユナエリがニヤアと笑った。
「ね? ほらやっぱりあなたはいったでしょ?」
……ちっ。認めざるを得ないな。オレは苦虫顔になっちまったさ。
要するに、オレじゃないオレは、やっぱりオレ自身だったってわけだ。
そしてこのときのオレから別のオレへとバトンタッチして、もうなんども繰り返されてきた四月六日という一日をオレたちは更に駆け回ることになるんだ。
……まったくわけがわからん話だぜ。
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