第17話 青龍の要求

「だから······お願いします。青龍サルファレイムを傷つけないでください。私は彼女と話してみたい」


 フィリウス王子の意を汲んだように、戦士達が史部さんと俺を取り囲んできた。


「話すって、どうやって話すんですか?」

「さぁ、わかりません。でも、生贄を捧げたら来てくれるはず」


 その言葉に、ジリッと包囲を縮めてくる戦士達。 


 あれ? やっぱり俺達生贄にされるの!?


 フィリウス王子は青く光る泉の縁に跪くと、祈り始めた。


「火と水の守り神、青龍サルファレイムよ、どうか姿を表してください。我、この身を捧げに参りました」


「!?」


 戦士たちが一斉にフィリウス王子ヘ駆け寄り、共に膝をついた。


「「「ならば我らもお供します」」」

「早まるな。お前達にはこれからも、サルファロス青の民国を守って欲しい。私が最後の生贄になるつもりなのだから」


 振り返ったフィリウス王子の瞳が青く光ったように見えた。

 そういえば、アイレス王の瞳も青く見えた瞬間があったな。もしかして、彼らも魔素を操れるのかな?

 

 その時、水面が大きくうねり熱水が吹き上がった。

 戦士達が慌てて水辺から遠ざかる中、フィリウス王子だけは微動だにせずその動きを見つめている。


 音にならない振動が鼓膜を叩いた。と同時に、熱風が迫りくる。


 ぐぅおおおおおぉーーー


 咆哮のような地響きに身体が痺れる。


 うっわぁ、やばいぞ。噴火だ!

 

 でも、吹き上がった溶岩は落ちて来なかった。

 気づけば隆田大尉が盾を広げ、みんなを守ってくれていた。だが、その顔は赤く燃え上り苦痛に歪んでいる。鏡子さんと黎明さんが隆田大尉の身体に冷却魔法をかけ、柊さんと修蔵君が回復魔法をかけ続ける事で、辛うじて耐え忍んでいる状態。史部さんと俺も急いで加勢した。


 フィリウス王子は無事だろうか? と思った瞬間、空から降り立つ二つの影。

 どうやら東郷少佐が駆け寄り、間一髪のところで救出したようだ。


「一体、そなたたちは何者······」


 フィリウス王子の問いの言葉は途中で途切れた。


 隆田大尉の盾の向こうに現れ出たのは―――


 伝説の青龍サルファレイムだった。細く長い一角を天へと突き上げ、鱗に青い火花を煌めかせながら、ゆっくりとこちらへ近づいて来る。


 いつの間にか空気が凪いでいた。

 隆田大尉の顔色も戻り、鏡子さん達も魔法をやめて龍を見上げている。

 代わりに、龍から発せられる圧倒的魔素量に押しつぶされそうになった。


 う、動けない······すげぇ圧力!


 勇敢なサイファロス国の戦士達も怖れで固まる中。


 え!? これで動ける人がいるの?


 ただ一人、フィリウス王子だけが、熱く潤む瞳で近づいて行く。


「······美しい」


 そう呟くと青龍サルファレイムの身前で跪づいた。


「シーモス山の化身にして火と水の守り神で在らせられる青龍サルファレイムよ。私はサイファロス国の王子、フィリウスと申します。我が身を捧げたく思い参りました」


 青龍の金の瞳に疑いの色が浮かぶ。


「ナゼ ウソヲツクノダ」

「嘘······嘘ではありません。私は本心から貴女の元へと行きたいのです」


「ワレハ イケニエナドイラヌ」

「分かっております」

「ダカラ ナゼ」

「生贄では無く、お仕えしたいのです」

「ヒトナド ワレニチカヅケバ ハイトナル ドウヤッテ チュウセイ忠誠ヲ シメストイウノダ」

「それは······心は目で見ることができませんが、私は貴女様に惹かれお慕い申し上げております」

「オ、オシタイ······」


 ん? なんだろう。この魔素の揺らぎは。

 そうっと青龍に目をやれば、なんか様子が変だぞ。焦ってるみたい。


「はい! 私は貴女のことが好きです。美しく清らかで、孤独に耐えながら我らに恵みと試練をもたらす貴女の瞳の悲しみを見た時から、私は貴女に魅了され、貴女のそばに居たいと思っていました。神にこんな恋慕をするなど恐れ多い、そう思って何度も諦めようとしました。でも、諦めきれないんです」


「ナ!? ワレニレンボ恋慕ダト」


 フィリウス王子はもう止められないようだった。溢れる想いを語り重ねていく。

 

「貴女は本当は生贄に心を痛めている。何故なら、生贄の数で試練の軽減がされるのでは無く、『試練と恵み』は表裏一体で丸い輪のように巡っているもので、貴女にそれを止める事は出来ない。それなのに、我々に一方的に責任と罪悪感を負わされて心苦しく思っているのではありませんか?」


「ソレヲ、ナゼ······」


「それくらい、見ていればわかります。でも、これ以上、苦しんで欲しく無いんです。もう、自由になって欲しい。貴女に幸せになって欲しい」


 その言葉に、青龍は明らかに動揺していた。心なしか頬を赤らめているようにも見える。


 これって······公開告白動画を見ているような気分。

 

 フィリウス王子がこんなに情熱的なタイプだったなんて、意外。

 神とか伝説の生き物とかってレベルじゃ無くて、一人の異性として目の前の生き物に恋しているんだね。


 あれ? もしかして、フィリウス王子には青龍サルファレイムが人間の女性の姿で見えているのかな?


「カミヲ カミトモオモワヌ モノイイ物言いダナ ダガ マア ヨカロウ デワ  ソナタハ ワレニ ナニヲシテクレルノダ」

「私の心を捧げます。それから······兄に······人間に、その重荷を与えてください」


「フッ ソウイウコトカ ハッキリトイエバヨカロウ ワガツノ我が角ヲヨコセト」

「ち、違います! 角は『委譲の証』としてです。その代わり、もう貴女の御前を生贄の血で染めることはありません」


 急転直下、本題ぶち込んだ! 

 でも、この流れは不味くないかな。


「ワレヲスキ ナドトヌカシテオキナガラ ホンネハ ツノヲヨコセ デアロウ」

「私は本当に貴女が好きです。この腕の中に抱き寄せ啼かせたい程に、狂しく恋い焦がれています」


 うおー、恋バナに戻した!

 しかも欲望剥き出しの言葉。鼻血出そう······


 もしかして、俺たち目撃者!?

 神と人の熱き恋。世紀の恋の始まりだよね。

 

 史部さんは興奮状態。鏡子さんと柊さんの瞳はキラキラ。

 やっぱり、こういうストレートな告白って、女性は好きみたいだね。

 東郷少佐と隆田大尉はニマニマ。修蔵君は驚愕の表情で黎明さんは能面、じゃ無かった買ったばかりの螺鈿の面。


 やっぱり、生で歴史を見るって面白いな。

 

「ダ、ダキヨセタイ······ナカセタイ······」


 青龍の動揺が魔素に出る。ぷすっ、ぷすっと弾けるような振動。


「ツノガホシイカラ ソンナ ハノウクヨウナコトヲ歯の浮くような事を イッテイルノダナ コザカシキ小賢しきニンゲンメ ナラバ ショウコヲミセヨ ワレヲスキダトイウ ショウコヲ」 

「証拠······抱きしめていいですか?」


「バ バカカ オマエハ ヤケコゲルゾ焼け焦げるぞ

「そんなことは気にしません」

「ダガ オマエガシンデモ ツノハワタサナイ」

「そんな······」


「······クッ ソウダナ オクリモノヲ贈り物をモッテコイ キニイレバ ツノトコウカン シテヤロウ」


「贈り物ですか。一体何が欲しいのですか?」

「ソンナコトハ ジブンデカンガエロ タノシミニ楽しみにマッテイルゾ」


 登場時の荒々しさとは反対に、青龍は霧となってあっという間に姿を消してしまった。

 呪縛が解けたような脱力感が襲ってきて、みんなその場に崩折れる。


 もしかして、交渉成立?

 いつの間にか角の引き渡し要求が、ちゃんと交渉テーブルに乗っているぞ。


 実はフィリウス王子、脳筋じゃ無くて策略家なのでは? と思ったけれど、目の前で肩を落とすフィリウス王子の背は哀愁が漂い、恋に破れた姿そのもの。


 あ、彼は本気だったみたい······



「難題ね」


 鏡子さんの言葉に、時が戻った。


 ズザザッ


 屈強なサイファロスの戦士達は立ち直りが早かった。フィリウス王子を守るように間に入り俺達を取り囲む。


「動くな! 侵入者ども」


 副官らしき戦士が低く言った。

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