第15話 温泉とアイレス王

「「「温泉、温泉」」」


 お腹がいっぱいになったら、今度は嬉しそうに温泉目指して歩くメンバー達。


 まるで遠足のようなノリ。

 もう少し危機意識を持って欲しいんですけど······


 日が傾きつつあるサルファー川には、既にたくさんのランタンが並べられていて、くゆる煙を橙に染めて幻想的だった。


 人々は思い思いに川の湯に浸かり、楽しそうに喋りながら疲れを癒している。


「これは凄いわね。これだけの湯量があるなんて」


 鏡子さんが感動したように言えば、その横で柊さんが湯につけた指先をぺろり。


「予想通り硫黄泉ね。皮膚炎や糖尿病、高コレステロール血症なんかに効くから、万病に効くという話も嘘じゃ無いわね。でも、一番の理由は魔素の多さ」

「やっぱり。この地域全体に魔素が多いわよね。神器のせいか、それとも何者かがいるのか······」



「うおー、気持ちいいー」

「滲みるー」


 飛び込んで行った隆田大尉と東郷少佐に続いて、考古学資料室メンバーも湯に浸かる。

 洋服を着たままなので、男女混浴だ。


 熱過ぎなくて柔らかくトロミがあって気持ちいい。湯けむりとにごり湯に包まれて、不思議な安心感が広がっていく。


 対岸は近いけど、それなりの川幅があるから遠慮なく手足が伸ばせるんだよね。

 毎日タダでこんな湯に浸かれたら幸せだよな。


 締まりの無い顔でたゆたっていたら、すうっと近づいて来る人の気配。水気を吸ってぺたりと張り付いた麻布が、胸の丸みを浮き立たせている。


「ねえ、飛鳥君、お願いがあるんだけど」


 き、鏡子さんだ!


 薄っすらと紅潮した頬と潤んだ瞳。

 物凄く可愛い。


 そんな鏡子さんがぐっと顔を近づけて来た。


 え、え、何。


 桃色の唇が俺の耳を喰むほど近くに。溢れ出た吐息に俺の心臓が爆音を奏でる。


「史部の目付役。頼めるかしら」

「へっ」

「アイツ考古学のことになると見境なくなるからね。この後絶対何かやらかすわ。同行して様子を報告してくれると嬉しいんだけど」


 アハハ。そうですよね~

 俺は鏡子さんの部下。それ以上でもそれ以下でも無いんだから。


「分かりました。お目付け役は無理ですが、状況報告係なら任せてください」

「ありがとう! 飛鳥君ならそう言ってくれると思っていたわ。大変だと思うけどよろしくお願いね」

「はい。任せてください」


「ねぇ、見て。星が綺麗よ」


 藍を深めたそらに無数の星が輝き始めていた。

 昔も今も変わらない光。

 時を超えて美人と一緒に眺める。なんか得した気分―――



「どこから来たの」

「お兄さん達」


 懐っこい地元の人達が話しかけてくれる。

 聖誕祭が近いと言っていたからな。いわゆる観光客みたいな人達が多い時期のようで、俺達も上手く紛れることができているようだ。


 良かった······


 と、ホッとしたのも束の間。早くも史部さんに動きが。鏡子さんに目配せしてから後を付いていく。


 川を少し遡ると、大きな滝壺が見えてきた。修行僧のように下で打たれる人々の姿。心なしかガタイの良い男性の姿が増えたような。


「お隣失礼」 


 ずんずんと進んで滝壺の真下まで行くと、史部さんは共に滝に打たれ始めた。珍しく裸眼のまま。割れたら困る眼鏡は早々に仕舞ったらしい。


「うわっ、イテッ」


 顔を顰めている。


 滝の威力は大きくて、肩こりに効くなんてレベルでは無さそうだ。

 俺は遠慮して遠巻きに眺めるだけにした。


 水飛沫の音が大きくて、何を話しているかは聞こえないけれど、史部さんが横の男性にしきりと話しかけている。


 この中では一番細くて小さい人だから、話しかけやすそうだな。なんて呑気に思っていたら、一瞬にしてその場の空気が変化する。


 ワラワラと戦士が湧き出て来て、あっという間に史部さんを拘束した。

 

「史部さん!」

「ちょっと王家の事情が知りたいんでね。捕まってみることにした」


 そんなに嬉々として言う言葉じゃないですよね。


「飛鳥君も一緒に来る?」


 え、嫌です、そんなの。

 でも······鏡子さんに頼まれてるからな。


 結局、一緒に捕まることにした。トホホ。

 


 戦士に連れられて行ったのは石造りの王家の地下。牢屋だよ、牢屋。

 これ、生贄コースまっしぐらじゃないのかな。


「飛鳥君、誰が来るか楽しみだね~」 


 誰も来ないまま球技場へ一直線ですよ、きっと。


 そんな俺の予想に反して、カサリカサリと足音が近づいて来る。

 現れ出たのは全身に黒いマントを纏った人影二つ。


「怪しげな術を操る異国人と聞いた。と言うことは、こんな牢屋は簡単に逃げ出せるのかな」


 徐ろにそう問いかけられた。


 篝火を背にしているので顔は良く見えないけれど、その眼光の鋭さに只者では無いと悟らされる。


 ん? 史部さんの様子が、変······

 息遣いが荒くなりソワソワと落ち着きがない。 


「アイレス王だ······」


 そのつぶやきが発せられるのと、鉄柵越しに差し込まれた剣。

 同時だった。

 薄皮一枚の距離で逃れた切先。


「まあ、待て」


 そう言って剣を収めるよう指示するアイレス王。


「ですが兄上」


 兄上!? と言うことは、もう一人はフィリウス王子ってことか。

 さっき温泉で話しかけていた人のようだ。


 今更だけど、史部さんの嗅覚って驚異的だと思う。なんで、こんなにあっさりと目的の人物と接触できるんだろうか。


 それにしても、アイレス王直々の登場とは何か理由がありそうだな。

 

「ああ、びっくりした。怪しげな術ってなんのことですか? ここから逃げられるわけ無いじゃないですか」


 白々しく言ってるけど、当然史部さんならできるだろうな。解錠して眠らせて······あれ!? もしかして俺もできるのか。

 時空転移魔法って、実は逃げ放題ってやつでは。


「しらばっくれても無駄だ。洞窟内の乱闘は既に報告を受けているからな」

「あれ、おかしいなぁ。ちゃんと記憶操作しておいたはずなのに」


 ヘラヘラと前言撤回する史部さん。再び剣を構えるフィリウス王子。

 そんな二人を鷹揚に見回しながら、アイレス王が畳み掛けてくる。


「お前たちが倒したのは神官兵だ。だが、私の密偵は至る所にいるのでな。何を探っている? 事と次第によっては直ぐに処刑して生贄として捧げるぞ」

「杖を探しているんです」

「杖とな」


 アイレス王のこめかみがピクリとする。


「もしや龍殺しか?」

「龍殺しとは」


 史部さんの金眼がきらりと瞬く。それを押し返すアイレス王の黒眼が一瞬青く光ったように見えた。

 探るように見つめ合った後、ふっと笑いあう。


「我らが崇拝する神を守るためにはたくさんの生贄が必要だ。そのために我々は常に戦い生贄を確保している。おかげでこうして都は栄華を極めているが、それをよく思わない者もいる。特に我々に蹂躙される国々はな。そんな国々は時に我らの神を殺そうと目論むのだ。まあ、我が国の戦士には敵わないが」


「火の神の化身、青龍サルファレイムというのは火山の噴火による災害を警告したでは無いのですか?」

「ふっ、確かに、伝説には教訓も含まれていることが多い。だが、『青龍サルファレイム』は本当にこの山に居る。どうだ、お前たちならその怪し気な術で制圧できるか?」


 何を言っているんだろう。自分たちの神殺しをせよと、王自ら言ってくるなんて!?


「兄上」


 その時、フィリウス王子が口を挟んだ。その顔は青ざめている。

 そりゃそうだよな。自国の信仰に関わる重大な話。しかも良く知りもしない俺たちに打ち明けるなんて、自殺行為、売国行為、ヤバいよね。


「なんだ?」

「······いえ」


「できると言ったらどうしますか?」


 うわー! 史部さんまで。

 止めてくれー



【作者より】

 ここまで読み進めてくださりありがとうございます。

 この作品はドラゴンノベルズの中編に応募していたのですが、この章を書ききれずに締切になってしまいました(^_^;)

 チャレンジとしては中途半端ですが、引き続きゆっくりと更新していかれたらと思っております。

 いつも温かい応援をいただきまして、本当にありがとうございます。

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