第2話 考古学資料室

 東洋の真珠と讃えられる白亜の王都『神慶シンゲイ』。

 無駄が無くスタイリッシュな流線型ビルディングが立ち並ぶここは、葦ノ原王国アシノハラオウコクの政治経済の中心地だ。


 そんな美しい街並みの隅の隅の隅っこに、蔦の絡まる赤煉瓦造りの古びた洋館がポツリと佇んでいる。

 ここが俺の配属先だった。

 趣がある職場と思えば、少しはモチベを保てるだろうか。

 

 田舎貴族の三男坊が生き残るためには、高等魔術師試験を受けて中央魔法省に務める道しかない。だから、俺は死にものぐるいで勉強して、この春見事その権利を掴み取ったんだ!


 それなのに······


 合同新人研修の後発表された配属先は、中央魔法省未来育成部の出先機関―――考古学資料室だった。


 何故だ!

 なんでいきなりこんな閑職機関へ配属されてしまったんだろう?

 しかも、未来育成部なのに過去の遺物を整理するだけの仕事って、理由わからない。


 俺、研修中に何かやらかしたのだろうか?


 はぁ〜


 さっきからため息が止まらないのだ。


 頼む、俺のプライドよ。

 不死鳥の如く蘇れ!


 心の中でそう唱えるもなんの効果も無し。

 お先真っ暗な気分を抱えたまま、レトロな扉を押し開けた。



 うず高く積まれた古書のノスタルジックな香り。

 所狭しと並べられた錆びた剣、欠けた皿、宝石と金属が剥がされたアクセサリー、泥だらけの土器や鏡。


 飛び込んできたのは、二度と戻らないと誓った故郷と同じジメジメとした土の匂いだった。


 左右を圧するのは何層にも重ねられた回廊。その壁際には書物や木箱がぎっしりと詰め込まれた本棚。

 吹き抜けの正面にある幾何学模様に彩られたガラス窓から差し込む日差しは柔らかく温かいが、舞い踊るホコリも映し出す。


 うわ〜、めっちゃ空気も汚い。


 思わずケホケホと咽た。


「誰?」


 積み上げられた本の向こう側から、この場に似つかわしくない澄んだ女性の声が響いてきた。


「あの、この度こちらへ配属されました東雲飛鳥シノノメアスカです。よろしくお願いします!」


「ああ、貴方が」


 カタリと椅子が音を立て、日差しを背に立ちあがる女性。暗くてよく表情が見えないが、真っ直ぐな金の髪が光に透けて神々しい。

 優雅に手を差し伸べながら近づいてきた。


「飛鳥君ね。私は考古学資料室室長の暁鏡子アカツキキョウコです。あなたを歓迎します」

 

 触れ合った手は白くて華奢で、目の先で微笑むヴァイオレットの瞳が美しくて、思わずぽうっとしてしまう。


「大丈夫?」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 我に返って慌てて頭を下げた。

 室長と言っても物凄く若く見える。

 俺とそんなに変わらないんじゃ無いかな?

 

風花フウカ天華テンカもご挨拶を」

「「はい」」


 暁室長の呼び掛けに応えて、階上から二色の声とともに飛行魔法で降り立ったのは銀髪で瓜二つの顔を持つ童顔美女達。


鷺宮風花サギノミヤフウカです」

鷺宮天華サギノミヤテンカです」

「彼女達は翻訳者よ。ミコトノハ(古語)からアシハラ語(現代語)へ、外国語からアシハラ語へ。とても優秀なの」

「おお! よろしくお願いします」


 深く頭を下げながらも、俺の口角は自然と緩んでいく。


 すげぇ、美人ばっかりじゃん。しかもみんな優しそうだし。

 閑職で凹んでいたけど、実は美味しい職場だったりして。いや、出世コースはもうあり得ない。しかも、一生異動無しもあり得る。

 でも、美女に囲まれてまったりのんびり働くのも悪く無いかも。

 寧ろ理想的!


「あの、他の考古学資料室のメンバーは?」

「後ね、黎明レイメイ

「黎明?」

「それから、史部フヒト修蔵シュウゾウ君。飛鳥君を合わせて全部で七名ね」


 想像以上に小さな職場だった!

 そりゃそうだよな。遺跡とか遺物の調査、整理なんて地味だし急ぐことも無いし。


「黎明と史部は現場だから今日は会えないけど、修蔵君はほら、あそこで作業しているわ」


 ん、現場? ああ、発掘現場ってことか。


 暁室長の指差す先には、アッシュブラウンの長髪を後ろで無造作に結った男の背。移動魔法を使って書物をせっせと本棚に並べているようだ。


「修蔵君、キリの良いところでいいからお願いできるかしら?」

「うっす」


 おわっ! 一気に感じ悪い奴が登場したぞ。後輩いじめとかされちゃう?

 俺の人生、やっぱり終わってるのか?


 俄に復活した胃痛を必死で宥めること五分ほど。慌てる様子もなく自分の足で階段を降りてきた『修蔵君』は、待たせた言い訳も詫びも無く本題に入った。


「鏡子さん、今ならいいっすよ」

「じゃ、お願い」


 え? 何がお願いなの?


 その瞬間、俺と暁室長の身体が小さく小さく縮んで小指ほどのサイズになってしまった。


 どうなっているんだよ!

 こいつの魔法発動が見えなかったぞ。


 面倒くさそうに屈んだ修蔵君が俺の襟首を指先でつまむと、ポイッと黒い漆塗りの箱の中に放り込んだ。俺は慌てて体勢を整えて底に着地したけど、運動神経皆無の奴じゃ骨折するかもしれない。なんて、乱暴なやつなんだ!


 腹が立ったが今はそれどころじゃねぇ。

 俺は急いで両腕を広げて暁室長の身体を支える準備を整えた。のだが、美人に優しい修蔵君は、暁室長を両手で恭しく抱えあげ箱の中に運び込んだ。


 小っ恥ずかしい俺のやる気満々ポーズ、どうすればいいんだよ!


 そんな俺を暁室長の瞳が優しく労ってくれた。


「飛鳥君、貴方に話したいことがあってここへ招待しました。修蔵君、あ、彼のフルネームは桐原修蔵キリハラシュウゾウって言うんだけど、収納魔法術は太鼓判を押せるレベルだから安心して。世界一優しく安全に守ってくれるわよ」


 さっきの俺の収納の様子、見てましたよね? あれのどこが世界一優しく安全なのかわかりませんが。突っ込みたかったけれど隙はなかった。


 上箱が閉じられて暗闇と化す。暁室長が直ぐに灯の術で辺りを照らしてくれたけど······なんというか、暗がりで見る暁室長は艶めいていて、今度は心臓が破裂しそうに暴れ出した。


 うっ、酸欠になりそう。


「いきなりこんなところへ案内してごめんなさい。でも、誰かに聞かれると困るから」 


 着任早々秘密のお話しって、一体何なんだよー!


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