第128話 走馬灯
くもたろうは鳴り響く轟音の中、リンカを庇いながら「ふっ」と口の端を吊り上げて笑みを漏らした。
リンカは半ば呆然としており、そんな様子を認識することはなかったがもし誰かがそれを目撃したのなら、くもたろうはさぞかし余裕そうに見えたことだろう。
この状況下でなにか有効な手段を持っているのだろうと誰もが考えるはずだ。
そして実際はどうなのかと言うと…。
(うおぉおおおおおおおお!やっちまったっすー!?大事な時に何もできず、お嬢様の復活時にも呑気に寝てたり、挙句の果てに敵対してたとかマジでいいところなかったからせめて後輩相手にはカッコつけようと思ってたらエライことになっちまったっすー!?もう笑うしかねぇ!!!)
それはある意味では余裕とも言えただろう。
ただしそれは勝利や成功を確信しているからこその心の余裕ではなく、全てを諦めた男の悟りに近い余裕だった。
くもたろうは決して弱い魔物ではない。
そのことはわざわざ教会に捕らえられ、呪骸を与えられていたことからも証明されていると言える。
少なくとも呪骸の逆適応に耐えうる程度の力は持っているのだ。
しかし現在暴走し、そして破裂したのは眷属に分け与えられた一端とはいえ黒龍の力。
それがどれだけ理不尽なものなのか、でたらめな災厄となるのか…それをこの場で最も理解しているのもまたくもたろうだ。
だからこその諦め。
投了。
乗り越えるのが困難な壁程度なら挑むだけの気概は持っているが、てっぺんが見えない壁はもはや壁ですらないのだ。
(はぁ~思えば短い蜘蛛生だったすね…たかが200年ぽっち…もう少し長生きしたかったっす…この前来てた人間の商人がサンプルで持ってきてたフリルのついたワンピース可愛かったすよねぇ…ほしかったなぁ…ふへへへへへ…なむさん!!!!)
くもたろうはついに目を閉じた。
この後のすべてを受け入れるために。
だがそんなあきらめの境地に置かれていても全身を魔素と糸で補強し、なんとかリンカだけは守ろうと先輩の意地を見せていた。
しかしそんなもの気休めにしかならないだろう。
とうとうくもたろうの脳内にはこれまでの蜘蛛生が走馬灯のように流れ始めてしまった。
楽しかったあの頃。
まだ人化もできなかった頃に父親から母親に身体を齧られたという話を聞きトラウマになった今思えば微笑ましい出来事。
そのトラウマによりなんとなく人化が出来るようになった後は女装に走ってしまったこと。
大人になってトラウマを笑い飛ばせるようになった後も女装癖が抜けなかったこと。
しかし両親には特に何も言われなかったし、可愛く着飾ることがそのころには普通に好きになってしまっていたのでまぁいいかと自らの趣味趣向を受け入れて平和に暮らしていた。
そんな折に住んでいた山を消し飛ばしてしまったからと移住してきた黒龍親子襲来。
崩れ落ちる平穏、始まるバイオレンス、おいでませ非日常の彼方。
まさにその時も今と同じように死を覚悟したけれど、なんだかんだ楽しかった。
それ相応の苦労もあったけれど、同時に充実していた。
そんな新たな日常もまたメア…当時のイルメアが死んでしまった事で崩れ落ちてしまったのだが…。
そうやって自らの記憶を回想していくくもたろうだったが…唐突に覚えのない映像が走馬灯に割り込んできた。
いや…それは覚え無いのではなく、忘れていた記憶だ。
くもたろうはイルメアを巡る一連の騒動ののちに山に攻め込んできた一体の龍と人間たちの手によってとらえられてしまった。
そして連れていかれた先で呪骸を身体に埋め込まれたのだが…その時に何者かがくもたろうを見て笑っていたのだ。
それは深い傷口からとめどなく溢れ、流れ落ちているかのような深紅の髪を地面スレスレまでに垂らした少女だった。
そしてその顔は…今のメアのそれに似ていた。
(やべえっす!なんか重要そうなことを走馬灯で思い出しちまったっす!!どう考えてももう死ぬけど死ねねぇ理由が!!!!あああああああ!!くそーーーー!!起きろ奇跡ぃいいいいいい!!!!)
命運を天に託したくもたろう。
その時、その祈りに答えるかのように轟音に混じって「ガシャ…」といった硬い異音が聞こえてきた。
「そのまま頭を下げていろ」
「あえ?」
聞こえてきた声に逆らい、顔をあげるとくもたろうの眼前に黒い壁が聳え立っていた。
いや…それは壁ではなく、漆黒の鎧だ。
肌の一片すら外気に晒さない、隙間のない漆黒の鎧で全身を包んだ女がくもたろうとリンカを庇うように立ち、暴走した力を正面から受け止めていたのだ。
「うおおおおおお!?なにやってんすかアンタ!死ぬっすよ!」
「我は盾。主とそれに連なるものの守護こそが我が使命」
受け止められている力の奔流の影響か女の鎧がガチャガチャと騒がしく音をたてる。
今にも鎧は消し飛ばされ、その中身ごと塵すら残さず飲み込まれるとくもたろうは覚悟したが、そんな様子はなく鎧の女は完全に力の暴走を受け止めていた。
「んなあほな…なんなんすかアンタ…いや、その姿にその力の感覚…まさかうさタンクっすか…?」
「…我が深淵の意思が一つ、ウーにちなんで我も名乗ろう。我が名は「タン」。総体名うさタンクに宿りし意志の一つだ」
そう告げた鎧の女…タンは力の奔流を最後まで受け止めきり…一切乱れぬ声色でそう告げた。
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