第112話 それぞれの理由
「ワッハッハッハ!」
黒神領の離れにある開けた場所にて草木のざわめきをかき消すように野太い男の笑い声が響いていた。
「ワーッハッハッハッハ!」
声の主はその野太さを持つにふさわしいほどの筋骨隆々の大男であり、後ろに向かって撫でつけられた鮮やかな青髪が目を引いた。
彼こそは「魔」を司る者。
青を持つ龍…ブルーであった。
そんな彼がなぜ笑い声をあげているのか…いくら龍と言えど感情のある生物である以上は笑い声をあげる時と言うのは基本的に嬉しいことがあった時か、楽しいことがあった時だ。
今回の場合は後者であり、ブルーは楽しさから笑い声をあげているのだ。
魔を司り、ありとあらゆる魔法をその身に宿した龍が心の底から笑い声をあげるほどに楽しい瞬間…それは――
「ワッハッハッハ!ほらほらもっと気合入れて走らぬかー!おいていくぞウツギ!フハハハハ!」
「う…ウゼェ…!!」
そう、ブルーは走っていた。
広場に白い線を円周になるように引き、その外側をひたすら走っていた。
その傍らには大汗を流し、死にそうな顔のウツギもいた。
ブルーにとって己が肉体を鍛えるすべての行為は喜びであり、楽しみとなる時間だ。
すでに普通の人間でありえないほどの距離を走っているが、まだまだ余裕だと自らの身体を追い込んでいく。
過度な有酸素運動はむしろ筋肉を分解してしまう危険性もあるために、この後はさらに楽しい筋トレが待っている。
それを考えると笑い声が漏れて止まらない。
「ワーッハッハッハ!!楽しいなウツギよ!」
「…た、たのしく…ねぇ…オェッ…よ…!」
何故かブルーに付き合わされているウツギもすでに10キロに近い距離を走っており、限界が近い…いいや、すでに限界を超えていた。
普段そこまで運動をしていないウツギにとって10キロという距離を走るのは苦行以外の何物でもない。
汗は止まらないし息は乱れ、それを補うための呼吸をしようとしてもそれすらも疲労によりうまくいかない。
今にも胃の中身をぶちまけてしまいそうなほどに限界だった。
しかしそれでもウツギは走ることをやめなかった。
悪態をつき、ブルーに罵詈雑言を飛ばしながらもそれでも走り続けた。
もう白線の引かれたコースを何周したのかすらもわからなくなったころ…ウツギの身体がついにふらついて倒れかけた。
「おっと」
地面に突っ伏す寸前にウツギの身体をブルーが支える。
流れ出た汗がブルーの腕を汚したが、それを特段気にした様子は見せずウツギにさわやかかつ男臭い笑顔を向けた。
「よく頑張ったではないか。ナイスファイトだぞウツギ」
「う、うるせぇ…くそが…」
「ふっはっはっはっは!なんだまだ元気ではないか。しかしひとまず休憩とするか。オーバーワークは身体に毒だからな。休息もまたトレーニングよ」
「いま…暑苦しい事…言うんじゃねぇ…まじで…」
ワッハッハッハ!と笑いながらブルーはウツギを片腕に抱え、大きな木の下の木陰に運んでいく。
そこにはすでに飲み物や軽食が用意されていたが、ウツギはそれに手を付ける気力すらなかった。
「オイオイいかんぞ栄養補給はしなければ。水も飲まねば熱中症になるのだぞ?人間とは思いのほか脆いのだからな」
「…わーってるよ」
そう口にはしてみるが全身が重く、身体は水分を求めているはずなのにどうしても手も指も動かない。
「ふむ…仕方がないか。どれ可愛い弟子のためだ。この俺が一肌脱ごうではないか」
「あ…?」
「古来より水を自発的に飲めない相手に水を飲ませる方法はただ一つ…」
おもむろにブルーが水を口いっぱいに含み…飲み込まずにそのままウツギに顔を近づけていき…。
慌ててウツギは飛び上がり、ブルーの手の中から水筒をひったくり水を浴びるように飲み干した。
「うっ…げふっ…おぇぷ…」
「おお今の水筒を奪う一連の動作はよかったな。俺のつけた修行の成果が出てきてるではないか」
「んなことはどうでもいいんだよ!何考えてるんだクソオヤジが!本当に殺すつもりかよ!?」
「ワッハッハッハ。だがうまく言っただろう?安心せい。俺もお前に口移しなど死んでもごめんだ。古来より自発的に水が飲めない相手に水を飲ませる方法はただ一つ…飲まざる負えない状況に追い込むことだ」
「んなところにまで筋肉馬鹿的スパルタ持ち込むんじゃねぇよ…」
「すまんすまん。さて休憩ができたのなら次は筋トレだな!準備はいいか!」
「いいわけあるか!?」
「なんだなんだつれないことを言うじゃないか。珍しくお前の方から顔を出してきたんだ。ようやくやる気を出してくれたものなのだと思ったんだが?」
「…ただ暇になっただけだ」
ごまかすようにそう言ったが、実のところそれは真実だった。
ウツギは自らの左腕に視線を落とす。
まだそこには仲間の首を折った時の生々しい感覚が残っていて…目を閉じればすぐに思い出してしまう。
先日の呪骸事件の後、ウツギも軽くではあるが説明は受けていた。
自分がその呪骸というものに取り付かれていたこと…ブルーがウツギを気絶させた後に左腕を切り開き、まだ完全に融合していなかった呪骸を取り出して治療をしてくれたこと。
その一連の行動にブルーは魔法を使っていたという話を聞いてようやくその龍としての名前を思い出した。
そしてウツギに殺された者たちもメアの力によって蘇った。
つまりはウツギ自身に何らかの被害や損害が出たという事はなく…ならよかった――とはならなかった。
それ以来つるんでいた仲間たちとのたまり場にもウツギは姿を見せないようになり、かといって屋敷にも居場所がないために仕方がなくブルーのもとに顔を出していた。
それだけだ。
「なんだ?まだ先日のことを引きずっているのか?まぁあの出来事自体は最悪だったかもしれないが…お前はある意味で運が良かったんだ。喜べよ」
「あ?どういう意味だよ」
「呪骸の逆適応。そんなものがあると発覚して聖のやつが少し調べたのだが…ほとんどの場合で逆適応が起こった時点で完全に取り込まれ、元には戻れなくなるらしい。だがお前はその通り無事だ。どうやらお前はこの地に持ち込まれた呪骸に逆適応しておきながら、飲み込まれなかった。つまりは適応しきる才能がなかったのだ。だから助かった…よかったな」
「…なんか微妙に喜べねぇよ。それってつまりは俺にはそっち方面の才能もないって事じゃねぇか。なんなんだよどいつもこいつも…クソが」
ウツギは地面に身を投げ出して空を見た。
しかし木陰になっている場所なので木に遮られて空を見ることは叶わない。
ヒラヒラと木から離れて落ちてくる葉っぱに手を伸ばし…つかみ取ろうとしたが直前で風に煽られウツギの手は空を切る。
「…結局こんなんばっかだ。何をやってもうまくいかねぇ…居場所もなくなってくし、誰も彼もが離れていきやがる…なんなんだよちくしょう…」
「居場所がなくなっていくのも人が離れていくのお前自身の行いのせいだろう?」
「…んなもんわかってる。わかってるけどよぉ…でも…」
「ふっ…言わんでもいい。わかってるとは言うが実際のところお前自身もなんでそんな自分になったのかわからないのだろう?」
「…」
「ただなんとなく挫折した気になって、なんとなく嫌になって、なんとなく悪事に手を染めて…気が付けばそんなになってたわけだ。そこに明確な理由などないから…引き返そうとしても振り返り方すらわからない。違うか?」
ちっ…とブルーに聞こえるようにウツギは舌打ちをした。
「わかったようなこと言いやがって…アンタみたいな何でも持ってて人生謳歌してますって面してるオッサンに何が分かんだ」
「ふふふ…実は意外とわかるんだ。なぜならこの俺がそうだったからな」
「あ…?」
「くっくっく…龍というものは意外と厄介でな。とくに俺なんかは「魔」なんて名をもって生まれたせいで初めからこの世に存在する魔法の知識を持っていた。これが思いのほかつまらなくてな?少し考えて欲しいのだが魔法を司る俺が何もしていないのに全ての魔法を納め、自由に行使することが出来るんだぞ?何が楽しいんだ?って話ではないか。それが好きなのに、もはや俺には上がないのだ。研鑽も、勉強もなにも必要ない。生まれながらにして全てを持っていたのだから」
「嫌味かよ」
才能も何も持ってない自分と比べればマシだろうが。贅沢言うなとウツギはブルーを睨みつける。
しかしブルーは笑いながら「違うのだ」と首を横に振った。
「俺からすればお前の方が贅沢に見えるよ。何も持たぬという事は何でも持つことができるということだ。努力をすることができる…それはとても恵まれていることなのだよ。現に俺はそれがなかったから…もう俺が魔法と向き合う手段は魔法を周りに見せつけることしかなかった」
「どういうことだよ」
「ふっ…思い出すだけでも恥ずかしいのだが、まぁ誰彼構わず魔法をぶつけてたのよ。少しでも逆らうやつがいればそいつの住処を爆破し、ちょっと気に入らないことがあればそいつの仲間ごと水で押し流した。必死に汗水流して農工をする人間の隣であざ笑うかのように魔法で全てを一瞬で再現し、馬鹿にした」
「…カスじゃねぇか」
「ああお前と同じな。あの頃はどうかしてたとしか思えん。だが当時の俺には…そうするしかなかったんだ。最も自分が向き合えるはずのものを…そのすべてを与えられ、成長の機会を奪われた。努力もできない。本当に好きなのならばいくらでも向き合い方などあるはずなのに、なぜか俺はグダグダと悪い方に流されて気が付けば自分でもなんでこんなことをやっているんだ?と思いつつもどうすることもできなくなっていた。まぁそんな経験があるから、お前のことは少しわかるし、放っておけんのだ」
「勝手に重ねてんじゃねぇよ…今は立ち直ってんだろ?やり直せてんだろ?じゃあ俺と一緒なんかじゃねぇ…俺は…本当に何をやってもダメなんだよ」
ウツギが目元を腕で隠す。
木陰にいるので眩しさなんてこれっぽっちも感じないのに…今は何もかもが目を焼くほど眩しくて、自らが作り出す暗闇に閉じこもりたかった。
「ふむ?いつにも増して卑屈じゃないか。さて呪骸の件以外にもなにかあったか」
「なんもねぇよ…なんもなかったんだよ。アンタなんで俺が妹と仲が悪いか知ってっか」
「…金や品物を盗んだりしていたんだろう?悪い連中とつるんで小悪党のまねごとをしていたとも聞いたな。そりゃあ嫌われて当然だ」
「あぁ…だが昔は…仲が良かったんだ。たぶん。あいつはある日急に親父がどこからともなく連れてきた孤児だったんだが…なんか知らねぇけど毎日泣いててさ…当時はガキだったから事情も何も知らねぇけどでも妹なんだから守らねぇとって…そう思ってたはずなんだ」
「立派ではないか」
「そのままいってればな。でも俺は…クズだった。だんだんと妹は何をやらせても俺を追い抜くようになった。勉強も、運動も…魔法も。頭の良さ、見た目、力…何をとっても俺はあいつに敵わなくて…でさ…何でかわかんねぇんだけど…本当にわかんねぇんだけど…気が付けばある日俺はあいつの部屋にあった指輪を盗んでて…商人に売りつけて換金してたんだ」
ズキン…とウツギは左腕が痛んだ気がした。
幼い日の自分…指輪が握られていたのは左手だった。
「あれはさ妹の私物じゃなくて…親父があいつにくれてやったもんなんだよ。だからたぶん…愛着なんかはなかったと思う。でも…なんかアイツ…ショックそうな顔しててさ…その顔を見てたら…」
「気がスッキリとでもしたのか?いや…しなかったのだろう?」
「ああ。むしろ後悔した。なんか…言い訳に聞こえるかもしれねぇけどさ…あの時なんで盗みなんてしたのかわからねぇんだ。嫉妬してたのか、妬ましく思ってたのか、ただ単に嫌がらせしてやろうと思ったのか…ほんとにわかんねぇんだよ。でもやっちまったのは事実で…その後に確かに後悔してたはずなのにやめられなくなった。謝ろうとも何度だって思ったけどさ…その度に「今更謝ってどうすんだ」とか「謝ったって許してもらえもしないのに」とか考えちまって…結局拗れて行って…親父が死んだ今でもこんなんだ」
「なるほどなぁ…それで?なんで今日に限ってそんなにへこんでいるのだ?」
「…なんかさぁ…ちょっといい事の一つでもやってみれば何か変わるんじゃないかって思っちまったわけよ。そんで…実は仲間たちと金も持ち寄ってさ…無色領に送金してたんだ。なんでも仲間の一人に妹がいて…相当重い病気だって聞いてたんだ。そいつはさ髪に黒が混じってるからって一人でこの国に追放されて…でも妹が心配だからって金を必死に稼いでたんだ。んで俺らも協力してたんだよ…でもさぁ…結局おれが金を稼ぐ手段なんて家から物を持ち出すとかしかなくて…いいことをした気になりたかったんだ」
「ははは矛盾もいいところだな。悪事で善行とは」
「ほんとに…ウケるよな。あとはなんだ、センドウのおっさんが持ってきた未認可のさ…病気に効くかもしれねぇって薬の試薬をしてみたり…でも全部無駄になった。昨日その妹は…死んじまったらしい。そもそも送金してた金や送っていた薬はその妹まで届いてなかったんだ。黒髪が原因で追放された息子の送ってきたものなんか汚らわしくて触れないって…全部嫌に捨てられてたらしい。ほーんと…馬鹿馬鹿しいよな」
馬鹿馬鹿しい。
その言葉が向けられていたのは仲間の両親ではなく、ウツギ自身だった。
「つーかさ、今思ったんだけどよぉ…俺ってもしかして死にたかったんかな」
「む?どうした突然」
「…だって俺は「アイツ」が親父を殺したのを知ってんだ。知っててそんな相手に対して盗みを働いて暴言を吐いて…殺してくださいって言ってるようなもんじゃねぇか。自分で死ぬ勇気もねぇからそんなところでも人任せ…ってか。なぁオッサン…俺はこれからどうすればいいんだよ。俺の人生っていったい何なんだよ…」
「その答えを出すのは俺じゃないな。お前の人生が何なのか…そこに文字を書き込めるのはお前だけだ」
「けっ…らしいこと言いやがって。つーかアンタは実際、どうやって立ち直ったんよ。昔のクズだったころから筋肉馬鹿に」
「ん?あぁなんてことはない。ただ女に殴られただけだ。「何やってんだこのクズ」とな。それで目が覚めたというかなんというか…似合わないことを言うが思えばあれが恋だったのかもな」
「ははっ…ほんとに似合わねー。つーか過去形だけど振られたんか?」
「それ以前だったな。想いを告げる前にあいつは…先代の緑は死んでしまったからな」
「わりぃ」
ガッハッハッハ!と笑いながらブルーはその大きな手でウツギの腹を叩く。
その衝撃でようやく落ち着きかけていた吐き気がまたぶり返してくる。
「ちょっ…!やめろ!吐くぞ!」
「おう吐け吐け。俺になんぞに謝るくらいなら吐いてスッキリさせた方が有意義な口の使い方になるぞ。なぁウツギよ。結局は考え方の問題なのだ。いや…考えてはいけない問題なのだ。考えるからわからなくなるんだよ。たまには頭をからっぽにして…色々と振り返ってみればいい。悩んでみればいい。それで切り開けるものもあるだろう。この俺が魔法を極めた末に筋肉に行き着いたようにな」
「意味わかんねぇよ馬鹿か」
「ふっ…熱い炎に怒涛の水…切り裂くような疾風に空を焼く雷…それらを極めた末にあるのは結局は圧倒的な力だ。ならば魔法を放つよりもこの肉体を極限まで鍛えぬいていつでも必殺の一撃を放てるようにするのが効率的だ。そうだろう?わかるか?高度に発達させた筋肉こそが何よりも強い魔法となるのだ。そしてこの魔法を使うには俺でさえ努力が必要だ…そして筋肉は努力すればするだけそれに応えてくれる…!こんなに楽しいことが他にあるか!?」
ブルーがウツギに向かってポーズをとり、全身の筋肉を隆起させて見せつける。
服の下からでもピクピクと脈動する筋肉は確かに素晴らしいの一言だ。
「…いくらでもあるわ。でもまぁ…なんか少し笑えたわ。いつまでも被害者面してても仕方ねぇし…なんか出来ることでも探してみるわ」
「探すまでもない。これからやるのは筋トレだ!もう十分休んだだろうからな!」
「はぁ!?だから今からは無理だって言ってんだろ!馬鹿か!」
「弟子に拒否権などないわ!それに文句があるのならば俺に一撃入れて見せろと前から言っているだろう。それが出来ない間は俺の言うことは絶対だ!ワハハハハハ!!」
そうして半ば強制的にウツギは筋トレをさせられた。
その隣ではブルーも笑いながらウツギの数十倍の負荷をかけて筋トレをしてる。
そんな汗の雫が舞う空間に一人の来訪者がふらふらと現れる。
「やぁ…楽しそうだね。僕も混ぜてくれないか」
「む?その声はソードか」
「あ…?ってうぉおおわぁあああああああ!?なにやってんだてめぇー!」
顔をあげたウツギが見た者は何故かボロボロになっているソードの姿だった。
ただボロボロになっているだけではなく、服すらもボロボロになっているために普段からほとんど隠されていない肌がさらに露出され、もはや服とは何かという哲学的な意味を問う段階にまで来ていた。
「そんな恰好で歩くとか馬鹿か!?この痴女野郎が!」
ウツギは慌ててトレーニング後の着替えにと用意していた服を無理やりソードにかぶせた。
趣向としてウツギはやや大きめの服を好んできているのだが、その豊満すぎる胸の塊に押し上げられ、結局腹は露出してしまっていた上に、下は一切隠せはしなかった。
「あぁうん…すまない、ありがとう。…二人でトレーニングをしていたのだろう?僕も混ぜてくれよ」
「それは構わないが大丈夫なのか?ずいぶんとダメージを受けているようだが」
「…大丈夫ではないけれど、今は身体を動かしたい気分なんだよブルー。ちょっといろいろと自分も見つめ直している最中でね…初心に帰って僕も筋トレからまた始めようと思ってね」
「なるほどなるほど。いいではないか迷える男三人…二人と一人で仲良く筋肉を育てようではないか!なぁウツギ!」
「その前にちゃんとした服を着てくれ…集中できねぇよ…」
その日から三人によるトレーニングの日々が始まった。
ウツギは戻る場所がないためにブルーと共に野宿をし、朝目覚めるとすぐにランニングが始まる。
「眠っている身体を目覚めさせるぞ!しかし食事前の過度な運動は厳禁だからな。軽く10キロといこう!」
「…!?」
走り終えた後はブルーが捕まえてきた野生動物や、釣った魚を焼いて朝食を済ませ、少し休めば今度は筋トレが始まる。
そしてウツギの身体が限界に近づいたころ、なぜかボロボロのソードが合流し、三人出のトレーニングとなる。
「…痴女。お前なんで毎回そんなボロボロなんだ?」
「うん?僕の事かい?最近ちょっと修行をね…いや、向こうは修行じゃなくて遊びのつもりみたいなんだけど…手加減という言葉の意味を最近見失いかけてるよ」
「ほぉー?お前がそこまでボロボロになる修業とはなかなかよな。俺にも教えてくれ」
「いや…やめておいた方がいい…なんというか肉体と言うよりはメンタルが鍛えられてる感じだからブルーには必要ないと思うよ…それにキミが参加すると余計に酷くなりそうだ」
「ふむ?そこまでボロボロで主なのはメンタルか。ますます興味深い」
「…つーかあれか?なんか最近すげぇ爆発音が聞こえてくるときがあるが…」
「あぁうん。お騒がせして申し訳ないね」
マジかよとウツギはげんなりとした表情になった。
トレーニングの場所となっているのは例の爆発音が聞こえてくる場所から屋敷を挟んで反対側だ。
距離にしてもかなり離れているだろう。
それなのになんとなく聞こえてくるほどの爆発音となると…何が行われているのか知りたくもなかった。
「よくもまぁそんな修行の後に俺たちと筋トレできんなお前…」
「クールダウンに丁度いいからね。あっためた身体は休ませないとだから」
「くそっ化け物しかいねぇ…どうなっちまったんだウチの領は…」
「そう言うお前も雑談しながら腕立てが出来るほどには力がついてるじゃないか。そろそろ負荷をあげるとするか」
ブルーの言葉通りに腕立て伏せをしていたウツギの背に重りが乗せられて身体を支えるのも一苦労となった。
「ふぎぎぎぎぎ!やめろやめろ!話をしてたからって…余裕だった、わけじゃ…ねぇ!むしろ気を反らしてたんだよ!馬鹿が…!!」
辛うじて耐えているが、もう一回とて体を持ち上げられる気がしない。
かといって力を抜くと背に乗っている重りに潰されてしまうだろう。
まさに詰みと言っていい状況だった。
「おいオッサン…!ソードでもいい!背中のどかせ…!」
「その状態で10回腕立て伏せ出来たら考えてやろう」
「たった十回でいいそうだよ。僕は腕立て苦手だから何とも言えないけどガンバ」
そりゃあそのでかい胸の二つの塊が邪魔で腕立てどころじゃねぇだろうな!という言葉は何とか飲み込み、もはややるしかないとウツギは力を絞り出す。
「ふぎぎぎぎぎ…!!!」
「まずは一回。ほら二回目だほらほら」
ブルーがパンパンと手を叩いてウツギを逸らせるが先ほどの一回が正真正銘の限界を超えた一回であり、もう動くことすらできそうにない。
このまま重りに潰されて痛い思いをするしかないか…と諦めかけたところでなぜか真上から声が聞こえてきた。
「リョーちゃんそれおいしかったー?」
「う~ん…ぐるめなりょーてきには「しおけ」がたりないかなーって」
「そっかー私的には美味しかったんだけどな―」
「おいしくないとはいってないよ~。それにクロちゃんはなんでもおいしいっていうからりょーはびみょうにしんようしてないよ」
その声は小さな子供の声が二人分。
それがなぜか上から聞こえてくる。
そしてよくよく背中に意識を集中してみると重りは二つ乗っているように感じた。
「あ!手が滑った!」
ポト…と頭の上から菓子の破片のようなものが落ちて…いったい何が重りとして乗せられているのかに気が付いた。
「人の背中で何やってんだよガキどもがー!!!」
「わーウツギくんが立ったわ」
「きゃーお兄ちゃんがおこった~」
怒りの力で跳ね上がり、ウツギの背中でお菓子パーティーを開いていたメアとリョウセラフを振るい落とす。
だが幼女二人は何事もなかったかのように空中でお菓子をキャッチしてそのまま着地…お菓子パーティーを再開し始めたことに釈然としない何かを感じた。
「…なんなんだよ…」
肉体の疲労とは違う種類の疲れがドッと襲い掛かり、ふとあることに気が付いて周囲を見渡す。
そしてその気づきが勘違いや気のせいでないことを確信し…さらに疲れを覚えた。
「なんで人間が俺しかいねぇんだよ…マジでどうなってんだよ…」
その日はその言葉を最後に気を失った。
そんなハプニングがありつつも一月の間トレーニングを続け…ある日ウツギはふとある決心をした。
脈絡もなければ切っ掛けもない。
ただ本当に…突然思い立ったのだ。
「なぁオッサン、ソード…俺…あいつに謝ってくるわ」
「うん?」
「相も変わらずいきなりよな。あいつと言うのは…妹か?」
「おう。自己満だとは思うしよぉ…多分死ぬほどキレられるし、なんなら殺されるかもしれんけど…やっぱなにも言わんのは違うよなって。なんかさ…今日朝起きたら全部馬鹿馬鹿しく思ったてか…全部ってのは俺のことな。もうなんか…今までのこと全部…馬鹿らしいというか意味がないってか…とにかく自分がクズだってようやく自虐や言葉だけじゃなくて…客観的に理解したってか…あー…うまく言えねぇ…まぁとにかく筋は通さねぇとって…」
「いいと思うよ。僕はキミたちきょうだいの関係をよくは知らないけど…どんなことも一歩を踏み出すのは大切だよ。まぁただ謝ると言うのはある意味で相手に対する押しつけだって言うのは理解しておいた方がいいかもね」
「フッハッハッハ!俺は野暮なことは言わんぞ。もし死んでも骨は拾ってやるから安心せい」
「ははっ…んだよそれ…まぁいいや。とりあえず行ってくる」
ウツギは立ち上がり、二人に背を向けて屋敷に向かって歩き出した。
ようやく決断ができたのですぐに行動…そうしなければどうせまた逃げ出すと自分が一番よくわかってるから。
よくわからないまま非行に走り、よくわからないまま小悪党になり、よくわからないまま行き場を失くした。
これもまたきっとそんなよくわからない行動の内の一つなのだろう。
だが今回ばかりは流されていたくはなかった。
少なくとも今回はよくわからないのだとしても…自分がそうしたいと思ったことだから。
(これでぶっ殺されても…まぁそれが俺の人生だったてことだな。なーんでこんなことになっちまったんだろうな本当に)
――ウツギお兄ちゃん。
かつて子供のころの自分をそう呼びながら後ろをついてきていた少女がいた。
一度は守ろうと確かに思ったはずの少女。
子供だったかつての自分が今の自分を見たのなら…その時子供の自分は大人の自分の事をどう思うのだろうか。
「はっ…クソがよ。ボコボコにすんに決まってんだろ。だからまぁ…まずは…だよなぁ…」
バクバクと心臓の音がうるさい。
少しでも気を抜けば脚は勝手に屋敷とは反対側に行こうとする。
それらを全て捻じ伏せてウツギは屋敷の前までたどり着いた。
我が家のはずなのに随分と久しぶりで…同時に子供時から何も変わってないなとも思う。
門を潜り抜け、扉を開いて妹の姿を探す。
あの長く伸ばされた灰色の髪を。
「そう言えば昔はアイツ…髪の色黒だったよな。不思議なもんだ」
そんなことを考えていると視線の先に求めていた灰色の髪を見つけた。
また止まりそうになる脚を殴りつけ、深呼吸をし…ウツギは今度こそ行動に出る。
失くしたものは取り返せない。
でもこれからを変えることはできるかもしれない。
これはそのために必要なことだから。
「あ…あざ…アザレア!今…少し…いいか…?」
我ながら気味が悪いと思ってしまうような声のかけ方をしてしまったが、もう後には引けない。
声をかけてしまった以上は後戻りはナシだ。
熱くなどないはずなのにひとりでに額から流れ落ちた汗を感じつつ、ウツギはアザレアの返答を待った。
そして――
「いいように見える!?ふしゅるるるるるるる!!邪魔をするなァァァァアアアアアア!!!グルルルルルルルル!!!!」
そこにいたのは妹ではなく化け物の類だった。
アザレアの事に意識を裂きすぎたせいで気が付かなかったが、よくよく見るとアザレアの正面にはメアを抱えたノロの姿があり、アザレアもとい化け物はノロに向かって獣の唸り声をあげていた。
「メアたんを離せェェエエエエエエエエエ解放しロロロロロロロロ!!!あだじにもざわらぜろろろろろぁぁぁああああああああああああ!!!!メアたんメアたんメアたんメアたんメアたんメアたんメアたん…そのぷにぷにボデーをよこぜぇええええええぁあああああああああああきぃぃいぎぃぃぃぁぁああああああああああああああああああ!!!!!」
化け物が明らかに重力を無視した跳躍力で飛び上がり、ノロはメアを抱えたまま逃げ出した。
「グゥゥボェアァアァアアアアアアアアアアアメアたんンンンンンンン!!!!!!ヒィユボルリュラァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
もはや人語すら失い、四足歩行で化け物は逃げ去っていくノロを追いかけて行ってしまった。
「…まぁその…がんばれ…よ…?」
もはや見送ることしかできなかったウツギはこの時こう思った。
――俺がちゃんとしねぇと本当に人間がこの国からいなくなってしまう――と。
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