第69話 演技してみる
「どうする?姉さん」
妹がまたもや耳打ちしてくるけれど、人質になったことなんてないからわからない。
いや、そう言えばその昔ウツギくんにやられたような気がするけれど、もはやあんなものは忘却の彼方だ。
どう対応したかすら覚えてない。
きっと幼いか弱きドラゴンだったのでプルプルと震えていたことだろう。
「いちおう聞いておくけど姉さん、なんともないよね?」
「うん」
むしろおやつを食べたので完全空腹だった先ほどよりも元気だ。
「そうだよね。じゃあ姉さん一つ提案があるのだけど…このまま向こうのいう事を聞いてみるのはどうかな?」
「むむ?」
このまま全速力ドラゴンダッシュで二人して逃げればいいかと思っていたので妹の提案は少し意外だった。
「逃げてもいいけれど、こうなってしまった以上は目を付けられると動きにくくなるからね。人間に対して穏便ではなく、死人が出るような対応をしていいのなら話はまた変わってくるけど…嫌だろう?」
「それはいやかもねぇ…」
こっちにまで無視できない被害が及んでくるのなら話は変わってくるかもしれないけれど、なるべく派手なことはしたくない。
薬を盛られたというのは人間目線ではライン越え?の可能性もあるけれど、現状は特に何も起こっていないわけだしね。
「それにもし僕らが派手に動けば外の「教会」側に見つかってしまう可能性もゼロじゃないしね。だから彼らのいう事を聞くふりして僕が穏便に一度その銀聖域とやらを見てくるよ。結界がどの程度のものなのかの調査も兼ねてね」
「ふんふん…でもそう簡単に近づける?」
「最悪魔物側につけば向こうは協力してくれる可能性もあるでしょ?」
にやりと妹はあくどく笑って見せた。
なかなかいい性格をしている妹である、
ただ私たちはすでに魔物をぶちのめしているので、それが後々響いてくる気もしなくはない。
しかし強硬手段に出るつもりがない以上は妹の提案が一番丸い気もする。
なーんて私はそういうことは考えても仕方がない派のドラゴンなので、かしこい妹に全部丸投げするという事にして頷いた。
下手に口を出すよりも絶対にいい結果に転ぶだろうという確信がある。
分からないことは無駄に考えないほうがいいとは母の言葉だ。
「よし…じゃあ姉さんはとりあえず薬が効いてるフリをしてくれる?あ、どういうタイプの薬が使われてるんだろう?」
「たぶん痺れ薬だと思うよー。それにしても演技かぁー…」
ふっふっふっ…この長年牙を隠し続けてきた演技派ドラゴン…いいや舞台女優ドラゴンの実力を見せる時が来てしまったようだ。
刮目するがいい妹…そして人間たちよ。
長年人間を研究し、たどり着いた圧倒的演技力を…!
「しびしびしびーうわぁーしびれるー」
私はその場に打ち上げられた魚のように倒れこみ、身体をぶるぶると震えさせてみた。
文句のつけようもない究極演技に周囲が息を呑む様子が伝わってくる。
「姉さん、姉さん。痺れるならたぶん舌もうまく回らなくなるんじゃないかな」
「しゅびしゅびしゅび~う”ばぁ”~ちびれりゅぅ~」
文句を付けられてしまったが、即改善できる柔軟性も私と言う役者ドラゴンの素晴らしいところだ。
「ね、姉さ…妹!大丈夫かい!?いったい何が…!!」
すかさず妹が私の身体を抱き上げ、ブルブルしている私に心配そうな声をかけてくる。
ほほう…さすが私の妹だけあってなかなかやるようだ。
完璧だ…私たち姉妹が揃えばここまで素晴らしい演技を作り上げることができる。
二体の龍はこの時間違いなく伝説となっただろう…。
「姉さんまずい、なんか怪しまれてる気配がするよ」
「なにゆえ」
妹の言葉が信じられなくてチラリと鎧の人間さんたちの様子を伺うと、確かになにか怪訝そうな表情でこちらを見ていた。
私はこの時、人間に対して確かな恐怖を覚えた。
今まで少し自分が強いからと思い上がりすぎていたのかもしれない。
まさか私の演技が見破られるなんて…森にいたころはどうしてもお腹が空いたときに「お腹痛いなぁ~具合悪いなぁ~ご飯食べれば治るなぁ~」と仮病を使えばみんなおやつを分けてくれるほどの演技を誇っていたというのに…。
いや、いつもはやってなかったよ?たまにだよ、たまに。
とにかくかつて無敗を誇っていた私のそれが破られたことに戦慄している。慄いている。
人間とはここまで恐ろしい存在だったのか…!
「姉さん…こうなればあれしかないね」
「うむ…あれしかない」
かつて母が言っていた…「大切なのは勢い」だと。
妹と頷きあい…そして私は叫んだ。
「うぼぁあああああしゅびれりゅうううううう」
「妹!くそー!なんて卑怯な人間なんだ!協力してあげるから早くなんとかしろ!!!」
「は、え?」
全て勢い。
何もかもが勢いだ。
これは戦いにも通ずることなのだけど…いいや、これは戦いなのだ。
相手が何かをするよりも早く、相手が何かを考えるよりも早く…全てを激流のような勢いで押し流す。
これがありとあらゆることに応用できる勝つための秘訣だ。
「うおぉおおお!はやく解毒剤を渡せ!これか!?それともこれか!?」
妹はまるでワープしたかのような俊敏さでこちらに交渉を仕掛けてきていた人間さんに接近すると、その懐に手を突っ込んでまさぐり始めた。
「んなっ!?おい、まて貴様!何のつもりで…!よせ!いろいろと当たって…」
「これか!?いいやこれか!!」
ずぼっと妹が人間さんから手を引き抜くとその手には紫色の液体が入った小さな瓶が握られており、それをもってこっちに戻ってくる。
「あ!おい!違う!それは仕込んだ毒の方…」
「うおおおおお薬だ妹ぉ!」
口に瓶を突っ込まれて中の液体が滑り落ちてくる。
うん、ぴりぴりしてて美味しい。
いや舌鼓をうっている場合ではない。妹に続かなくては。
私は跳ねるように起き上がると行儀は悪いけれどテーブルの上に着地して両腕をあげる。
「なおったー!」
「くそーっ!卑怯な真似をしたくせに約束は守りおってからに―!こうなったら僕も協力をしないといけないじゃないかー!あっちで詳しい話を聞こうじゃないか!ほらこい!人間どもめ!」
そうしてものすごい勢いで妹は人間さんたちをまとめて引きずっていき、私は一人ぽつんと取り残されたのでした。
「…いや、ここからどうすれば?」
やることもないのでとりあえずしびしびクッキーの残りをサクサクしておく。
食べ物を残すのは失礼だからね。
そうやって時間を潰していると天幕の中に誰かが入ってきた。
「おお?なんでちびっこだけ残ってるの?ほかのやろうどもはー?」
カナレアちゃんだった。
しかしちびっこにちびっこと言われるのは少しだけ納得がいかないななんて思ったり…いや、私の方が全然小さいのだけどもさ。
まぁいいでしょう。
私は大人なのでね…しびしびクッキーに免じて水に流しますともさ。
「さぁーどっかいったー」
「そっかぁ…うんしょっと」
カナレアちゃんは私の向かい側に座るとお菓子の包み紙を開いて並べ始める。
どうやら彼女もおやつタイムらしい。
私はこの機会にこの子から話を聞いてみようと思い、雑談を仕掛けてみることにした。
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