第17話 引き寄せられてみる

 あのおねだりから数週間後。

色々と準備を整えてもらい、私はいまアザレアとニョロちゃんと共に無色領行きの馬車に揺られていた。

非常に乗り心地が悪くお尻が痛くなったけれど、無理を言って連れ出してもらっている身故に文句は言えないと我慢していたところ、敏感に私の不快度指数を察知したアザレアが抱っこをしてくれたので身を任せている。

そしてこの女…子供を抱きなれているのか、これまた絶妙にうまい抱き技術を披露し、さらには定期的に意味もなく背中をポンポンしてくるものだから馬車に揺れも相まって眠くなってしまう。

そんな私は今日も明日も昨日だっておそらくドラゴン。


「ふぁぁぁ~…ねむねむ…」

「あらメアたんお眠なの?そんなに距離は離れていないとはいえ、もう少しかかるから寝てていいでちゅよ~」


気を抜くとキミの悪い喋り方をするアザレアだがもはや突っ込む気力もないくらいには眠たい。

なぜこんなに眠くなるのか不思議でしょうがないけれど、人間の赤ちゃんと言うのはこんなモノんだというのだから仕方がない。

馬車に揺られている間に何かできることがあるでもないし、お言葉に甘えて少しだけ眠ることにした。

あぁ…でもなんだか少しお腹もすいたなぁ…でも眠い…あぁ~…。


「ねむねむ…あむあむ…」

「!!!!!?!!!???!?!」


ん~…?なんだこれ…やーわらかくて…ちょっと塩気があって甘いにおいがする不思議な何かをしゃぶっている気がする…でも眠すぎて何もわからん…。


「あむあむ…」

「み、みてクロロ…メアたんが…メアたんが私の首に吸い付いているわ…!!!幼女が…かわゆき生き物が首に!!あぁだめよっ!理性が…!保護者としての理性がはるか空の彼方に…!!!」

「…――」


「がぶっ」

「あぎゃっ」


あ…無意識で噛んでしまってわかった。

これ…アザレアだ…。

肉の感触とうっすらと口の中に広がる血の味で自分がやらかしてしまったことに気が付いて目が覚めた。


「あ、あじゃれあ!ごめん!ごめんにぇ~…」


見ると首筋に思いっきり私の歯型が残っていて…食いちぎらなかっただけマシだけど危なかった…気を付けないとダメだって本当に…反省である。

しかしなぜかとうのアザレアは何故かいい笑顔で…なんか無駄にきらきらとしていた。


「気にしないでメアたん。むしろ極楽てんこ盛りセットでお礼を言いたいくらいだから」

「あう…?」

「――」


この数週間でだいぶ打ち解けた気はするけれど、いまだたまにわけのわからない言動をするアザレアなのだった。

人間を理解するにはまだまだ道のりは遠いらしい。


そんなこんなでたどり着きまして無色領。

再びこの地に降り立ちし私こそが果汁100パーセントドラゴン。


「うおおおおおおおおーついたぞー!」

「あぁメアたん、目立っちゃうから静かに…静かにね」


アザレアから注意を受けつつ周囲を見渡す。

実はここに来るときに少し遠回りをしてもらって私が住んでいたあの山の近くを通ってもらったのだけど…確かに想像もできなかったほどに荒れていた。

というよりもはや山としての形を保てていないほど無残な形になっていて…やっぱり少し寂しくなった。


そしてここ無色領も雰囲気が様変わりしている。

山を通り過ぎて前回私がやってきたのとほぼ同じ場所に降ろしてもらったのだけど…寂れていて何もなかったような場所だったはずなのに、ちゃんと人の手が加わっている。

舗装…と言うのだろうか?参道に獣道と言ったものは無くて、硬くて冷たい石のようなもので道が作られていたり、柵が建てられていたりで何もかもが記憶とは違う。


だけど一つだけ変わらないものもあった。

それは私を呼ぶ何か…いや、むしろ以前よりもやはり強くなっているようにも感じる。


「よんでる…いかないと…」

「え、あ!メアたん!?ちょっと待って!」


一応だけど私の黒髪を隠すために頭をすっぽりと覆う被り物をしていて周囲の音が若干拾いにくいのだけど…この私を呼ぶ何かははっきりと聞こえる。

いや…聞こえているのかも定かではない。

声として認識できているわけじゃない…でも聞こえる。

いったい誰が…なにが私を呼んでるの?いい加減に正体を見せてほしい。モヤモヤしてしょうがない。

私はあの時と同じようにただ引き寄せられるように歩く…歩いて歩いて…そして…。


「メアたん!」

「あぇ?」


アザレアに引き留められてふと正気に戻った。


「これ以上はまずいわメアたん。ここ…どこだかわかる?」

「?」


気が付くと数十メートル先に人だかりと…やけに大きな建物があった。

建物としてそれは必要なのか?と言いたくなるような装飾が施されていたり、変な場所に窓が合ったりと変なつくりをしているけれど…妙な威圧感がある建物だった。


「あれがねこの前話に出た教会…無色教会よ」

「ほぉ~ここがきょうかいかぁ~」


初めて見たけれど…正直あまりお近づきにはなりたくない場所だなって思った。

あえて目立とうとしている作りが気になるというか…いや露悪的に見すぎかもしれないけれどね?なんか派手に飾り付けて自分はこんなにすごいんだぞって見せつけてるみたいで…静かな山でひっそりと暮らしていた私からすると…なんか嫌だ!って気持ちになっちゃう。

この教会が好きなんだって人はごめんなさい。言葉にはしないから許してくだしぁ。


「あの人の数…まずいわね。今日は司教…神父がいるみたいだわ…メアたん、絶対に見つからないようにしてね。何があるかわからないから」

「うんーきをつけるぅー」


といいつつ私を呼ぶ何かのところにはいかなければならない私…そしてその何かはこの近くにある。

人ごみに歯ぶつからないように教会の周囲を歩きながら周囲を見渡して…私の視線は教会から少し離れた人気のない場所にあった小さな建物に引き寄せられた。


「あじゃれあーあれなぁに?」

「ん?さぁ…?なにかしらあれ…何かの倉庫?いや…それにしては…」


それは四角い大きな建物だった。

教会とは違って何の飾り気もない…無骨で質素な…建物ではなくて「箱」と言ってもいいのではないかって思えるくらいの四角い建物だ。

それが人気のない静かで…寂しさすら感じるこんな場所にポツンと置かれていて…半ば放置されているようにも見えるのに周囲は鎖に巻かれていて、扉に当たる部分には大きな錠前が取り付けてあった。

放置されているのに、誰も近づくなとでも言いたげで…違和感が凄い。

そして…「何か」はおそらくそこにいる。


「わたし…いってくりゅっ!」

「あ!メアたん待ってってば!!」


アザレアの制止も聞かずに飛び出して…箱に近づく。

遠目で見るとそうでもなかったけれど、近づいてみるとかなり大きく感じるのは私の身体が小さいからだろうか?

とにかく中に何が入っているのか確かめたい…何とかこの入り口をふさいでいる鍵を開けられないだろうか?なんなら食べたっていい。

そう思って錠前に手を伸ばすと…まだ触れもしていないのにひとりでに錠前が外れて大きな音をたてながら地面に落ちた。


「かぎがかかってなかった…?らっきーなのかなぁ?」


どうあれチャンスなのは変わりない。

私は小さな体に力を込めて扉を押した。

見た目に反して入口の扉は軽い…というか誰かが手伝ってくれているような手応えのなさで…一瞬アザレアが手伝ってくれているのか?と思ったけれど、後ろを見るとまだ追いついてきていない。

なら一体この感覚は何だろうか?答えを出すよりも早く扉は開いて…そして私は「それ」を見つけた。

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