第2話お友達に声をかけてみる
「あ~…泣いた泣いた」
母が動かなくなって多分三日くらい。
私はひたすら冷たくなっていく母の亡骸のもとで泣き続けた。
もうおかしなくらいボロボロ涙がこぼれて溢れ出して止まらなかった。
山の動物に魔物たちも母を悼んでなのか、それとも私を心配してなのかたびたび私たちの元に姿を見せては花や食べ物を置いていってくれた。
そうやって眠ることもなく泣いて…そして泣いて…吹っ切れてはないけれど、それでもだいぶすっきりとした。
「時間もないもんね。いつまでもめそめそしてもいられない…うん、いられないよ。安心して母。私はとりあえず生きてみるからさ」
だから本当にもうお別れ。
寂しいし悲しいけれど、私の中には母と過ごした今までと、大切な約束のこれからがあるから。
そうとなれば行動に移るのみ!
なんでも前向きに、かつあまり深く考えないのが私のいいところだって母も言ってた。
「だから安心してゆっくり眠ってね。でも思い出したときにでものんんびりと見守ってくれたらうれしいな」
最後にもう一度だけ大きな母の顔をぎゅっと抱きしめてその身体の感触を、大きさを、力強さを記憶に刻みつける。
よし…もう大丈夫。
いつまでもこんなところに母の身体を置いておくわけにもいかないからちゃんと弔わないとね。
両手を合わせて目を閉じ、母に教えてもらった言葉を口にする。
「いただきます」
私は食べることが好きだ。
寝ている時以外は常に何かを口にしていたいほど食事という行為が好き。
だから気の向くまま思いのままにモグモグしていたいたら母から山を喰いつくす気かと怒られたので意図してセーブしている。
この世界に存在するものは全部美味しくて…それぞれ味が違うけれど、それもまた楽しい。
だけど今日のこの味は…噛みしめたこの肉の味だけは美味しくはなくて、もう二度と食べたくはないなって思った。
ううん、味なんかわからなかった。
ただずっと食べてるあいだとにかく痛かった。
顎やお腹じゃなくて…胸のあたりがチクチクととにかく痛くて…こんなに苦しい食事は初めてで…それでも食べるのはやめない。
これが私なりの弔いだから。
そうして大体一時間くらいで私は弔いを終えた。
「ごちそうさまでした…ばいばい、お母さん」
また一滴だけ…こらえきれなくなった涙が頬を伝って落ちた。
いつまで沈んでるんだ私!
バチン!自分の頬を思いっきり両手で挟みこむようにして叩く。
思いのほか痛かったけど目が覚めた。
「やるぞー!私は生きるぞー!絶対に殺されたりなんかしないし世界に災いなんてもたらさないぞー!おー!」
両手の拳を天高くつきあげると周囲から様子を見てくれていた魔物たちも私の真似をしていた。
うんうん、そういうところはかわいくて好きだよ皆。
「とまぁ気を取り直したところでそろそろ行動しましょうかね」
まず私のやることは母の言うことを聞くならば「シュジンコウ」とやらの確保だ。
見た目も雌雄すらもわからない人間の子供を見つけ出し、仲良くなって私を殺さないでいてもらう。
言葉にするのは簡単なのに、行動に移すとなるとあまりにも難しいと思うのは私があまり賢くないからだろうか。
「なんにせよまずはこの山を出ないとだよね?どうであれ探しにはいかないといけないわけだから」
そしてここで問題になってくるのは私が山から出たことがないという事だ。
一度母と遊んでいるときにハッスルしすぎて以前住んでいた山を消し飛ばしてしまったから、ここに引っ越してきたのだけど…その時は母に運んでもらって悠々自適な空の旅をしていただけなので地形なんて覚えていない。
そもそもそれも150年くらい前の話なので覚えていても役に立ったかは怪しい。
環境や時代というものは私が想像するよりも早く移ろっていくらしいからね。
さてどうしたものか…。
「そうだ。えーっと…あ、いたいた。ねーねー「にょろちゃん」」
声をかけると真っ黒な蛇型の魔物…通称にょろちゃんが舌をチロチロとさせながら私のもとににょろにょろとやってきた。
基本的に私と母は周囲の生き物に対して干渉する…という事はなかったけれど、一部の魔物に対してだけは交流をしていた。
にょろちゃんはその数少ない一体であり、私のお友達だ。
「あのねにょろちゃん。「くもたろうくん」呼んできてくれる?」
にょろちゃんは賢いので言葉を理解できているから、すぐににょろにょろと草むらの中に消えていった。
これで少し待てばくもたろうくんを連れてきてくれるだろう。
それまではご飯でも食べて待っていようっと。
「およびでっすかお嬢様―!」
数時間くらいモグモグしながら待っているとそんな大きな声と共に小柄な人型の子がずざーっとやってきた。
やけにひらひらとした服に身を包んだ褐色肌のその子こそ私のお友達の一人であるくもたろうくんであった。
「やぁくもたろうくん。おかえり」
「はいっす!…あの…黒龍様の事さっき聞きました…その…」
「うん、大丈夫だよ。もう弔いまで済んだから」
「そうですか…いや!お嬢様が大丈夫なら!それで!ところでウチになにか御用っすか?」
「そそ、実はくもたろうくんにお願いがあってね」
くもたろうくんは見ての通り完全な人型をしているけれど、その実は蜘蛛の魔物だ。
どういうわけかかなり凄い擬態という能力を持っていて、人の姿をしているのだけど私の服を買ってきてくれたり、その他いろいろと人間の住む場所に行って物資を調達してきてくれているすごい子なんだ。
今くもたろうくんが着ている服は…なんだっけ…たしかメイド服?とか言っていた気がするけどとても可愛らしくて似合っている。
「ははー!何でも言ってくださいっす!」
「うん。えっとね…外の世界を案内してほしいの」
「ほほ?と言いますと?」
「母の遺言でさー「シュジンコウ」っていうのを探さないといけないのだけど、それには人の住む場所に行かないといけなくてさー」
「ええ…?お嬢様が人の住む場所に出るんっすか…?それはやめた方が…」
「なんで?…あぁ…黒髪だっけ?」
「っす」
くもたろうくんが可愛らしく頷いた。
うーん…何度言われてもピンとこないけど黒髪ってそんなに悪いのかなぁ?
「まぁお嬢様には理解できないでしょうけど人間はめんどくさいっすよ。ウチも黒系統の魔物ですけど体毛は白だからなんとかなってますってレベルですし」
「白はいいの?」
「そっすね。むしろ羨ましがられますよ。一番は赤色なんですけど綺麗な赤髪は崇められちゃうレベルなんで逆に目立つっすね。んでその次が銀と白…その次が金からの青で緑~みたいに序列みたいなのがあって一番下も下の最悪が黒っす。んまぁ「黒神領」でならともかく、他のところでは見つかったら何されるかわかんねぇレベルっす」
「ほーん」
やっぱり意味が分からない。
髪が黒いからなんだと言うのか…赤いからなぜ崇められるのか…人間は不思議でいっぱいだ。
「ところで黒神領って?」
「あー…そっからすよね~…でもお嬢様が気にすることでもないと言いますか~…とにかく!あまりお嬢様は外に出ないほうがいいっすよ。その「シュジンコウ」とやらはウチが探してくるっすよ!どんな奴なんです?」
「それがねぇ~」
とりあえずくもたろうくんに事情を説明すること数十分。
「…なにもわかりませんっすね」
「だよね」
やはりくもたろうくんも私と同じ感想でした。
「でも大きなお城の隣に大きな教会があるってなると…黒神領ではないっすね。しかも城と同等の大きさの教会があるってなると…赤の領である可能性が高いですね~あそこはどこに行っても教会がでかいっすから。となるとお嬢様はやっぱいかないほうがいいっす!赤の領地なんて黒髪が入った暁には大騒ぎじゃすまないっすよ」
「え~…」
せっかくやる気になっていたのにそれはないんじゃないかなぁ…母も私に見識を広げるべきだって言ってたし、やっぱり私自身が外に行くべきだと思うんだよね。
そう伝えたけれどくもたろうくんは難しい顔をしていた。
「いやぁ…うーん…でもお嬢様ならめったなことは起こらないか…でもなぁ…」
「そんな渋らなくてもいいじゃないか~。それかあれだ、くもたろうくんの擬態みたいに髪の色変えればいいんじゃないの」
「何を言っているんすか。そんなの無理に決まってるでしょ」
「無理なの?」
「ええ髪の色はどんな手を使っても変えることはできないっす」
「…なんで?」
「なんでって…だってそういうもんじゃないですか?常識というか当たり前というか?」
「ほえ~」
どうやら常識らしい。
山育ちなもので疎くてすみませんねぇ~へ~へ~。
「とりあえず行くべ。なんかもうここで髪がどうのこうの言ってるのもめんどくさくなってきたぁ」
「ええ!?まってくださいっすお嬢様~!」
──────────
ガタガタと舗装もされていない道を馬車がけたましい音をたてながら走っていく。
馬を操っている男は何かに追われているのか、顔中から汗を滲ませるほどに焦っており、車体へのダメージに馬の負担といったものもすべて無視してとにかく走らせていた。
「おい!いくら何でも乱暴すぎるだろ!」
「うるせぇ!見つかったら終わりなんだぞ!とにかく急がねぇといけねぇんだよ!」
馬車の中にいた男が馬を操っている男に怒声を飛ばしたが、乱暴な走行は改善されることはなく…荷台に乗っているものからすればたまったものではなかった。
そしてもう一つ…荷台の中にいた男を苛立たせるものがあった。それは…お互いの身体を抱きしめあいながら泣いていた二人の小さな少女。
その押し殺したかのような泣き声が、この状況下での男の沸点を刺激する。
「うるせぇんだよガキが!いつまで泣いてんだ!いい加減諦めろ!!」
「「ひっ…」」
男の怒鳴り声に少女たちが身を強張らせたまさにその瞬間…車輪が大きな石を踏んでしまったのか馬車が大きく跳ね…少女が一人外に投げ出されてしまった。
「あっ!」
慌てて残った少女も荷台の外に危険を顧みずに飛び出そうとしたが、それを男が無理やり抑え込んで防ぐ。
「ふざけんな!お前まで出ていったらいよいよ意味がなくなるだろうが!おい!運転が荒すぎてガキが一人落ちた!!どうすんだ!」
「だからうるせぇって!一人残ってればいいんだろ!!しっかり捕まえてろや!」
馬車は速度を緩めることなく、投げ出されて地面に打ち付けられた少女の姿がどんどん遠ざかっていく。
残された少女が必死に手を伸ばすが届くことはなく…叫ぼうとした口も「静かにしろ!」と塞がれてしまい声を出すことすら叶わなかった。
そうして馬車から投げ出され、取り残された少女は…全身を蝕む痛みのなか誰にも届かない手を伸ばして…人知れず意識を手放した。
「お…ね…ぇちゃん…」
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