第21話 ワンストライク アウト
母の
お釣りの受け取りがない分子供にとって安全ではあるが、値段の変動には対応出来ない。
これが小学生時代一度の例外もなかったのである。
ある日床屋へ行くためにきっちりとした金を母から受け取って行ったのだが、支払いの時値上げの為に料金が不足だと言われて啞然とした。
金額が不足だと言うと万引きと同じだ。当時でも1円の余裕もない大人とのやり取りに危機感を抱いていたが、ついにこの日が来たのだ。
足りない分の金がないと言うと床屋は別に良いと言ったが、家に帰って来てそれを母に訴えた。
多分かなり感情的になったと思うが、母は不足分の料金を払いに行った。万引きと言う意味で俺は前科一犯になったのだと感じた、と言うことだ。
このことで当時からも俺は酷く悪者にされた。
世間では不況があって物の値段の変動は常であったのにお前は何だ、と言うのである。
それを良く知っているのは子供の俺ではなく、大人の方だと思うのだが、1円も以前の料金と違わない金を渡しておいて何故こんなに責められるのかと思った。
これを何年経っても何かにつけて母は怒るようになった。俺が大人になってもこの件について怒られ続けた。あの時は不況で物などの値段は何でもかんでも変わっていたのに何故お前にはわからんのかと。
いくら考えても子供時代の俺が不況だとか値段の変動だとかの知識はなかった。
買い占めの報道があったなあとテレビで知った程度だ。
そう言うことを言って俺を責めるのを止めない母を諦め、物の道理の外れた母の言動も頭に入れないようになった。
それが後々さらに母の狂気は増す一方で、いわゆる病気であることを確認できるようにさえなる。
こうした日常のすれ違いもあるものだが、それで母を特段嫌いになって敵対したわけでもない。
ただ、鉄の棒での多数に渡る強打とかの折檻と、もう一つ一生受け入れることの出来ないことをし続けるのである。
それはおそらくこの街に引っ越して来てからの事だと思う。
両親の夫婦戦争もこの町から始まっていると思う。
その時間弟はどうしていたか知らないが、夕方の明るい頃、家が母と俺以外の存在がなくなるような時間帯母は毎日俺を捕まえては大声でいびり立てる。
内容はおよそこのようなものだ。
俺が何の価値もない存在だと言うこと、俺がこれからも何も出来ないと言うこと、俺が将来に渡って何の可能性もないと言うこと、これまで子供のくせに何ひとつ良いことをして来なかったなど、そういった事を「お前なんて」「お前なんてどうせ」と言う言葉を使って続けるのだ。
家でも学校でも泣くなと言われるからこの母親のいびりにしばらく耐えるのだが、次第にその激しさにメソメソし始める。メソメソに対しても言葉でいびってくる。そしてついに泣き出すと母は胸がすっとした様子で静かになってこれが終わる。
俺は風呂場に籠もってしばらく泣くのだった。
こんなことが小学生時代他の人がいない日常には毎日何年も続いた。
これですっかり俺の精神がこの型にはめられていく。そう俺は何の価値もない人間なのだと。
これが常態化した当時の記念撮影の写真の俺の顔は常に何かに脅えているような表情をしている。特に親族を混じえての集合写真になるとさも愛でているかのように俺の身に手をまわす母と写る俺の顔は青黒く脅えきっている。親族の体裁をつくろうためにそう言う動作をしているのだが、それ以外だと姉と共に弟にだけ寄り添って写る。
虐待に対する復讐の書にだけはさせまいと足掻いたのだが、事実を述べると以上のようになる。
その母の思想や感情に対する考えは述べた。
スリーストライクアウト法と言うのはアメリカにある法律のようだが、ある種母のようなパーソナリティの人はアウトにするのにストライクを3個まで待てないようである。
ワンストライクアウトと言う心情を持っているのだ。
生まれ持った特性なのか、後天的に備わったものなのかわからないが、ある人にとってはワンストライクであっても絶対に許さないものがあるようだ。
それもそのワンストライクが多勢の人ならどうでも良いものであってもどうしても許さないと思ってしまうらしい。
亭主である俺の父と長男である俺の2人が近しいがゆえにどうしても腹が立つのは理解出来るが、身体でも心でも傷を付けるのは良くない。
自分が同じような境遇にあっているならば、その痛みはわかっているはずである。
子供である俺はそんな欠点がありながらも親に従順に生活して来たつもりである。
母は家事に骨折って努力していると良く理解していた。
子供ながらも家計にかかる金額も大きくなると理解していた。もう掛け算くらいは十分に理解出来る。
幼児の弟はこれを理解しなかった。母の財布にある子供の持つことのない金額の紙幣でおもちゃやおやつを買えと。
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