パラノイアアングラー
小川初録
第1話 良夫20歳の青春
俺は良夫20歳。
2年前4年制大学を受験したが落ち、短期大学を受験してやっと合格し、将来を夢見て親元を離れた。
馴れない下宿暮らしと短大の単位を取ることに無我夢中に頑張った。
何とか1年目は進級するだけ単位が取れたのだが、居住している下宿でいじめに会い仕方なく共同トイレのアパートに引っ越した。
2学年目も順調にスタートを切ったつもりだったが、自分の中で言葉に出来ない何かにブレーキをかけられた。
この短大は講義に出ないといくら試験で点を取っても単位が取れないことになっているので、全講義を受講するために早寝早起きを心掛けたが、どうにも朝出掛けようとすると身体が拒否をする。
朝6時半や7時に目覚ましをセットし、これに従って起床する。
朝食を摂り歯も磨いた。講義に使用するテキストや筆記具を鞄に詰め込むあたりから急にブレーキがかかり始める。
しかし講義に出るのに遅れる程でない。ただ、出掛ける準備が終わると身体が動かなくなる。
「行かなければ単位取得が厳しいぞ、
あと何回講義を欠席すると単位が取れないぞ、
講義にでないと試験が厳しいぞ」
と心奮い立たせるのだが、どうにも身体が硬直して部屋から出られなくなる。
意思に反してどうにも身体が言うことをきかない。
この格闘をしているうちに時間が過ぎ、朝イチの講義に出られない時間になる。
仕方ないので2番目の講義に出ようと考え、これに向けて準備をしても同じことが起きる。
そうこうしているうちに昼になってしまい、朝の講義のどれも出れないで終わってしまう。
昼のあいだに考えることは、朝に出なかった講義で今後どうすれば単位が取れるようになるか考え計算することだ。
「あと何回講義を休めるのか、休んだ講義の単位を落としても卒業できるための単位をどう取るか、何を優先させて卒業できるようにするのか」など。
これが初期の段階での病気の発症なのだが、毎日のように続くと卒業にもっていくための最低単位どころの話でなくなる。
初期の段階では月に一度だったのが、週に一度になりその計算をしたりする。
それから一週間に何度もこれが起こると卒業するだけの単位を取るには後のすべての講義を出席し、試験もすべて合格しなければならなくなる。
こんなことが頻発しているのに今後のスケジュールだけ完璧にし、なんとか卒業しようとしていた。
親のスネを齧っている以上、親の誉れをもって帰らなければならない。
それを考えると余計に悪循環に陥る。自分の益にもならないのにそれをどう頑張るのかと。
そしてついに卒業不可能の講義不受講に達してしまい、退学を決意するに至った。
そもそも将来の職業展望などない状態のまま勉学を続け、そのモチベーションすらないのだから、短大卒業の資格を取得するために留年も出来ない。
高校で専攻していた機械工学の延長で4年制の同じ分野を受験して失敗、それに近い自動車工学の短大をやっと合格。運転免許すら持っていない状態で急に車に興味を持てるわけもなく、そしてこの短大卒業後の自動車整備士と言う泥と油にまみれた世界への展望が若い夢見がちな年代のモチベーションになるはずもなかった。(こう言う言い訳をするから怒られるのか)
しかし、それ以上に俺を病ませる何かがもっとあるはずだ。それが何なのか。
1年目の下宿でいじめに会いながらも何とか進級出来た。いじめの一事で後の2年目のあれだけのブレーキになるものなのかと。
義務教育時代も高校時代も不登校になっていない。
12年間それなりの進学してきた身だ。1人暮らしの食生活の悪さだけでああもブレーキになるとも考えられない。
他の人の生育にかかわる物語など知るよしもない。ただ自分だけの人生をよく知っているだけだ。
まだ、うつ病だとかの基本的概念はまだこの地方まで浸透していなかった。
精神の病は鉄格子を思わせる遠い世界だった。
現在のように町に小さなメンタルクリニックなどが開業していることなど聞いたことがない。
こうして短期大学すらものに出来ないで実家に帰って来た。
それまでに短大を辞めてから夜間バイトをしたり、しなかったりでバイトですらあのブレーキがかかりそんなには出来なかった。
退学の件でどれだけの人に怒鳴られただろうか。
「やる気がない」
「なさけない」
「シネ」
「帰って来んな」
「定年まで勤める職業を今すぐ決めろ」
「そんなことでは生きられない」
「もう社会人なのだから朝早く起きて義務を果たせ」
「職安へ行け」
「何で職安へ行かないのか」
等など。
そう怒鳴られても俺の身体は思うように動かない。
なぜなら俺自身がブレーキを掛けてくる俺自身にそう怒鳴って講義へ行かせようとしていたからだ。
誰かに怒鳴られてもそれは俺の心の中にもあったことだからだ。
怒鳴ると言うと今では何らかのハラスメントに当たり非合法だが昔はそんな支配で成り立っている部分はあった。
ただ昔だからと言ってなんでも通用するわけではない。人は基本的に時代にかかわらず同じだ。
下手をすると古代でもだ。
慣習や宗教、環境や教育、習慣などで人格は形成されて行くが、人は基本的に同じだと信じたい。
昭和は戦争のあった時代だ、これが終わってもその厳しさは残るものだ。
しかしそれでなんでも上手く行ったとは思わない。もしそうならば時代が変わってもこの習慣は残るはずである。
過去の上手くないことを是正するから現在非合法、非常識になったのだと考えるのは理にかなっていると思う。
人は不変だが、その時の常識は普遍でないと考えても良いかも知れない。
昔で良くなかった事の方が多かったのではないか。もう2度とあんな時代が来てほしくない。
(良夫は20歳だが作者の弁が入って申し訳ない)
さて俺良夫は親のスネを齧って進学したのだから退学した以上親の仕送りは無くなる。それで1人暮らしのアパートを引き払って実家に戻った。
職安に2度行ったが年老いた係官に相手にされず気が滅入ってしまった。
親に怒鳴られるのでその係官に職を紹介してほしい旨を伝えると無いと言われた。
そのうち建築関係の求人が来るからまた来いとか言う。
新聞の広告に出ている求人を出している企業にも面接へ行った。アルバイト広告も見て面接に行った。
面接は行くにはブレーキがかからなかったのだ。
面接に行く度に何で短大を辞めたのか、勿体ないと言われ、お前が家を継ぐんだろと言う話題になって、それで結局不採用になるのだった。
そう言われても親父はまだ健在だし、短大は辞めたくて辞めたのでない。
どうも採用する気もないのにそう言う説教が入る。
小さな町での面接試験だ、これに1日時間を取られることはないので家でぶらぶらせざるを得なくなる。
親父が仕事の休みの日になると官庁休日でも職安へ行ったかと聞いて来る。
その聞き方も犯罪者への詰問だ。行かなかったは日にはまた怒鳴られる。
面接試験の結果待ちだと言うと、どうせ不採用だとか言う。
母親もこれと同じで職安の件、不採用の件、短大中退の件、暇があったら必ずアルバイトなり何なり必ず働いて勤めているべきだとのことで喧嘩になる。
20歳でまだ自立していない。
親の言うことは最もだと思うが、働くところもない。
こうして俺はこの小さな町でどうしようとも、どうにもならない生活を送るのも仕方がないので、時々昔のことを思い返すようになった。
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