これが本当の危機一髪。

崔 梨遙(再)

1話完結:1100字

 僕が30代の中頃か後半にさしかかった頃、住んでいたマンションから徒歩10~15分ほどの距離のところに、本屋さんがあった。24時間営業のそのお店は、大人の本屋さんだった。エロ本が充実していて、AVも豊富、大人のおもちゃもある。僕は、月に2回ほど、その本屋に通っていた。大人のおもちゃには興味が無い、僕はエロ本をよく買っていた。


 店に行くのは深夜だ。大体、0時~1時。終電で帰って来た時など、仕事で遅くなったついでに寄る。最近のエロ本はスゴイ! DVDがついている。だが、アタリもあればハズレもある。表紙と裏表紙、少ない情報量で、自分の好みのタイプのお姉さんが出演しているかどうか? 見定めなければいけない。だが、これも慣れの問題で、次第にハズレをひかないようになっていった。


 その日も、僕はエロ本やDVDを物色していた。その時、客が僕しかいなかったので、誰にも気兼ねなく、ゆっくりと時間をかけて選ぶことが出来た。その日、僕の選球眼は調子よく、1冊といわず何冊もアタリを見つけていた。絶好調だった。



 それは、僕が1番奥のコーナーで立ち読みをしていた時のことだった。突然、レジカウンターの方から声がした。


「動くな!」


 ソッと背後を振り返る。包丁を持った黒ずくめの男が、レジの店員を脅していた。僕は見るのをやめて、正面の壁に向き直った。


「金を出せ!」


 後ろから声は聞こえて来る。何故だ? こういうのは、客がいない時に起きることではないのか? 僕の存在は無視か? 無視してくれているのなら、このまま無視してもらおうか? 僕は、どうしようか真剣に迷った。


 シミュレーションしてみた。

 僕がカッコ良く止めに入る → 僕が刺される → BADEND


 シミュレーションしてみた。

 放っておく → 店員さんが刺される → BADEND


 “アカン、BADENDしか思いつかへん!”


 悩んだ末、僕は周りの景色と同化することを選んだ。僕は人間としての気配を消した。気配が消えているのか? わからない。とりあえず怖くて振り返ることが出来ない。見ないように、見ないように、そして僕は自分に言い聞かせる。


“僕は風景だ、景色だ、幼稚園の学芸会で演じきった木の役を思い出すんだ!”


 気付いたら、静けさが戻っていた。振り返ると、犯人の姿は無い。店員さんは呆然と椅子に腰掛けていた。店員さんは無事だった。ホッとした。僕は、幼稚園の学芸会で木の役をやった経験が活かされたのだろうか? 巻きこまれずにすんだ。


「警察に電話した方がいいですよ」


 店員さんは、ハッと我にかえったようだった。



「あ、でも、その前に、これ買います」

「毎度ありー!」







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