第34話シズの過去2
貴婦人に様々なものを奪われた後の事は、よく覚えていない。
気がついたら体は清められていて、服も着替えさせられていた。俺を世話していた使用人たちは俺自身が罪人であるかのように目も合わせずにいて、なにかとんでもないことが行われたらしいということだけを俺は理解した。
その日は、父は迎えに来なかった。
俺は三日三晩の間、貴婦人と過ごした。
その間に俺は何度も貴婦人に服を脱がされて、不愉快な体温を味わうことになる。その度に、使用人たちは俺を嫌悪した。
こんなにも惨めな思いをしたことはなかった。
俺は、今まで自分の家が好きではなかった。それでも、この時ばかりは自分の館に帰りたくて仕方がなくなっていた。それぐらいに、貴婦人の家にいることが嫌になっていたのである。
父が馬車で迎えに来た時に、俺は初めて理解をした。こんなことでも人間の身体には価値がついて、金が発生するらしい。そのことを知ったのは、貴婦人が父に金を渡している時だ。
俺が貴婦人に感じた不愉快さと俺自身の肉体は、何枚もの金貨に代わっていた。その金貨は、父と母が楽しむカードに消えていくのだろう。
とても虚しかったが、涙はでなかった。
ただ自分の何かが失われたと感じたのだ。
帰りの馬車で、俺は父とは一言も口をきかなかった。言葉を交わさずとも分かっていたのだ。
俺は父にとっては、領地と変わりがない。搾り取るだけ搾り取られて、いつか役に立たなくなったら捨てられるに違いないだろう。
荒れた領地のことも思い出した俺は、そこに猛烈に帰りたくなった。俺は王都で育ったから、自分の領地の記憶は薄い。けれども、あそこが自分の居場所なのだと強く感じた。
貴婦人が噂を流したのか。
それとも、父が集めたのか。
俺の元には、女性がやってくるようになった。そういうことが目的の女性たちが来る時だけ俺は着飾って、昔習った貴族らしい喋り方で彼女たちの接待をした。女性たちとの時間は、実に不毛であった。
女性たちと共に学ぶのは、政治でも経済でもない。彼女たちを喜ばせるためのテクニックとセリフだけだった。
物腰丁寧な自分は、本体の自分ではない。
俺は、女性たちを相手にしている時の自分は仮面を被っていると思うようにした。丁寧な言葉や鮮麗された仕草を身にまとえば、本当の自分は傷つかないような気がした。
そんな日々が続いた。
父と母の贅沢は止まらなかったが、もはや俺は全てを投げ出していた。
父や母が借金をしていれば、それは将来の俺の借金になるのだが気にしてもいなかった。父や母を更生させることもあきらめていたのだ。
自分の身体がどうなってもよかったし、なんだったら父と母よりも早く死にたかった。金になるモノを一つ失ったら、どのような顔を親がするのかというのだけが気になったのだ。
父が「スタルツ子爵家の弱味を作るんだ」言ったときは、かなり意外だった。俺の身売りだけでは、父と母の贅沢は支えることは出来なくなったらしい。あるいは、売り過ぎて値が下がってしまったのか。
なんにせよ、俺はスタルツ子爵家の噂を出来る限り集めるようになった。スタルツ子爵家は隣の領地でありながら、俺の領地とは正反対に栄えている。そこの領主は俺と同い年で、義母が代理で資産を運用していると言う話だった。
しかし、聞こえてくる噂は幼い領主のものばかりだ。噂では、領主は好奇心旺盛で聡明。様々なことに興味を持ち、その知識を持ってして領地を富ませているらしいという話であった。
羨ましいと思った。
彼が持っているものが、羨ましいのではない。
父親がいないことが、羨ましくてたまらなかった。
社交界シーズンに開かれるのは、おままごとのようなティーパーティー。
そのなかで、退屈そうにしているイムルの懐に入り込むのは簡単だった。
父の紹介は必要であったが、元よりイムルはお隣さんだ。警戒する理由など元よりないし、イムルと俺は同年代。イムルが爵位を継いでいようとも、子供が子供に警戒する理由はなかった。
むしろ、俺を紹介した父の方がイムルに警戒されていた。彼の妹のリリシアだけが俺を睨みつけて、警戒心を露わにしていた。もっとも、警戒すべき内容は違っていたけれども。
改めて、俺はスタルツ家当主イムルの顔を見た。それなりに整った顔をしているが、眉毛だけが変な形をしていた。一言でいえば、丸い。
生まれつきなのだろうが、前世でどんな罪を犯せば眉毛が丸くなるのか。それとも、女神様が特別扱いするために目印でもつけたのか。
ともかく、見られないほどのブサイクという訳ではなかった。これならば、十二分に泣きわめかせる事ができる。
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