第26話サカイ
『ほんまな。イムルの旦那は、竜使いも人使いも荒いで!』
頭上に声と影が落ちてきた。
そのシルエットの恐ろしさに、シズは思わず飛びのく。その光景に、全員が同情の目を向けた。彼を最初に見た人間は、大抵の場合は同じ反応をするのである。
「竜!!なんで、こんなところにいるんだ!!」
地面に降り立ったのは、いつかの関西弁の竜である。金を一生懸命になって貯めて、俺が牧場から買い取ったのだ。名目上はペットということになっているが、俺の意識では部下の一人のつもりでいる。
ちなみに、名前はサカイだ。
この竜は、元々はサカイという名前ではなかった。しかし、本人より住処を変えるのでついでに、名前も変えて欲しいと言われたのだ。
竜にとって名前と言うのは、さほど大切なものではないらしい。だから、サカイにした。関西弁だったので。
「こいつがいるから、報告書が素早く届くんだ。領地運営に欠かせない一人だよ」
プライベートの竜の配達便は、貴族であっても豪華な買い物である。サカイを牧場から購入した時に契約書にサインをしたが、そのときはあまりの大金に手が震えたものだ。
なお、食費もすごいが、なんとかやり繰りしている。それに、なんだかんだ言ってサカイの活躍なしには俺のやりたいことはできない。
「情報を素早く届けるのは、竜の配達便が一番だからな。こっちからの指示も、あっちからの質問にも、すぐに答えられる」
電話よりは不便だが、電報よりは便利だ。なにせ空を飛んで届けてくれるので、半日もかからずに目的地につく。
「こんなもの俺に見せつけて、楽しいかよ」
突然、シズはそんなことを言い出した。
その表情は、ふてくされた子供のものだ。
「これは、子爵家の資金があるから出来る事なんだろ。男爵家のリム家には、何一つだって出来やしない。無理だ。竜だって、どこに買う資金があるっていうんだ」
シズの言う通りだ。
男爵家には、竜を買う資金など捻出できないであろう。だが、それは子爵家だって同じことだ。俺はサカイを手に入れるまで、こつこつと蓄財してきたのである。
「俺は母親に嫌われているから、キャリルから融資なんてしてもらえなかったんだ。最初ころの予算は、父親の遺品やら自分の服やらを売り払ったものだったよ」
あの時のことを思い出すと自分の事ながら、情けなくて笑えてくる。ダメもとでキャリルに自分の考えをプレゼンしたら、見事に玉砕して俺は自分の持ち物を売り払うことを決心したのである。
今でこそ領内の収入を支えている情報網だが、最初は畑での実験から始まった。
その資金を得るために、俺は憎き父親の遺品にサヨナラしたのである。正直な話、すっとした。後悔はなく、むしろもっと早く売るべきだったと後悔したほどだ。
資金が底を突きそうなときには、衣類まで売り払うことになった。子爵家の当主とは思えないが、俺はしばらくの間は着た切り雀で暮らしていたわけである。これはリタを初めてする女性陣に、かなり怒られてしまった。
「作った金額は、たしかに大金だった。けど、貴族だったら用意できない額じゃない。
俺は、自分が考えていることを口に出した。
これは、シズを怒らせることかもしれない。
「ここにいる間、シズには俺を手伝ってもらいたいと思っている。俺のところで働いて、俺たちが発展させたモノの知識を盗め。無論、手伝えば手伝うほど給料は支払う」
俺はシズをバイトとして働かせ、領地運営のノウハウを盗ませようとしていた。さらにいえば、バイト代は破格の金額を出すつもりでもいた。それこそ、シズが領地に戻った時に役に立つぐらいには。
「……お前は、俺を買うのか?」
ため息をつくシズに、俺は違うと答えた。
「これは、投資だ。俺は、シズの領地からやってくる難民に頭を悩ませている。このままの状態が続くよりは未来の有能な領主に育成して、託した方が良い。なにせ、お隣さんのことに俺は首を突っ込めないからな」
シズが稼いだ金は、パーシーの贅沢に消えてしまっていた。しかし、俺の領地で稼いだ金について
、はそんなことを絶対にさせない。シズ個人の資産にして、領地を立て直させる資金にさせるのだ。
「お前だって、父親の言うままに今の生活を続けていたら長生きできないことは分かっているだろ」
この世界には、まともな避妊具がない。性病の治療法も迷信ばかりだ。
だから、娼婦や男娼の生存率はかぎりなく低かった。幸運な人間でも、四十代ほどで何らかの病気で死んでいる。
シズは今のところは大丈夫そうだが、これからも同じだとは言えない。シズだって、それは分かっているはずだ。
だからこそ、彼は刹那的に生きている。
そのようにしか、生きられないと思っている。
「親に潰されるな」
俺は願いを込めて、力強く言う。
「生き延びたいし、領民を生かしたいと思うならば……俺は出来る限り手を貸す。お前自身に援助だってしてやる」
それが、ほどこしだと言われてもかまわない。
俺には、これしか出来ない。
「今の俺には、お前一人ぐらいならば助けられる力があるんだ。だから、頼ってくれ」
シズに向かって、俺は手を伸ばした。
この手を取れ、と強く望みながら。
けれども、シズは俺の手を取らなかった。彼は黙って館に帰り、置いていかれた俺は唇を噛みしめるしかなかった。それでも、俺はシズのことを救いたかった。
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