短二感伝知

葱と落花生

短二感伝知

 『ヘコ・キタ・ロウ』

 好きで妖怪になったんじゃない。


 既に朽果ててから数十年経ったであろう廃屋の地下室は、薄明かりさえ指し込まぬ暗黒の世界である。

 動物の出入は餌となる死骸が骨だけになって途絶えた。

 闇の世界は湿った空気に勢いづいたカビと、その胞子が放つ異様な臭いに踊る昆虫達の住まいと化している。

 漆黒の世界に白い骨だけを浮かび上がらせる骸は、重なり合ったまま動こうとしない。

 動かぬまま幾年月が流れただろう。

 一体は女、一体は男。

 到底人間とは思えぬ骨格の頭蓋から、ニョキッと鬼の角が飛び出ている。

 二体の鬼は遥か昔にこの地下室での秘め事最中、同時にヅッポリ逝ってしまった。

 絶頂に達して行ったのではない、あの世に逝ったのである。

 もともとあの世の生き物である、帰ったとするべきか。

 同時に達して死ぬとは極めて珍しい症例であるが、まったくないとは言い切れない。

 この件に関して深く追求してはいけない。

 R指定審査委員会の厳しい指摘に、その度涙を飲んで羨ましい所を削除してきたのだ、多少の矛盾は見逃していただきたい。


 人である者ならば命尽きると同時に総てが終わるのだが、ヘコへコいたして歓喜の頂に達した時に母親は一つの命を宿した。

 死した母体を食い破り上に横たわる父を貪り、この子は己が吐き出した繭玉の中で二十年眠り続け、ようやく人の姿となって這い出してきた。

 子が繭から這い出すと、地下室で昆虫達とこの子をずっと待っていた者がその背に飛び乗った。

 食う物のないこの地下室にあっては、仲間を食い殺す共食いさえも当然の摂理でありながら、見掛けと触感の悪さから明らかなジャンクフード毒キノコモドキの烙印を押され、獣も昆虫も繭を作る前のこの子からさえも敬遠されたオヤジの一物が生き残っていたのだ。

 異様にでかいオヤジの成れの果ては胴体と思われる円筒状の先がテカリとくびれ、目の代わりに穴が一つ開いている。

 柔軟な胴体の下あたりから縮れて伸びた毛むくじゃらで、その付け根には足のように前後して全身を移動させる玉袋があった。

 器用な奴である。

 玉袋がつまづくと異常に痛がるのは、きっと袋の中にはまだ玉が残っているからだろう。


 ヘコヘコしていて出来た鬼の子であるからと、この子を玉オヤジは【へコ・キタ・ロウ】と名付けた【屁コキ・太郎】ではない。

 無責任な親を持つと子供は一生涯苦労を背負って生きて行かなければならないものだ。

 親に似たのか、這って地下室から出て行った子の後には、手と足痕の間にづっと続いた一本の線がひかれている。 

 所々に、擦り傷から流れた血がこびりついているのは実に痛々しい光景だ。

 先っちょは痛くないのだろうか。


 繭から出た子の成長は早かった。

 ほんの一時間ほどで人間で言うところの十二三才、抑制のきかないエロガキになっていた。

 すると、朽果てた廃屋に二人の銀行屋がやってきて、この土地に診療所を建てたいからと少年に土地の明け渡しを願い出た。

 戸籍にも登記簿にも載っていない少年に、なぜお堅い銀行屋が土地に関する取引をしているかは、話の流れでそうなってしまっただけである。

 飛ばしてアヘアへだけ読み捨ててもいいような話だ。

 気にしないで素通りした方が身の為だ。


 何だかんだで、大病院の地下室と設備管理のかたわら、深夜の警備も請け負い、少年は子供姿のまま長らく病院の地下に住んでいる。

 児童福祉法なんだらかんだらの説教なら聞き飽きた。

 学びたくても学校に行けないで働いている子供は、世界中に嫌と言うほどいる。

 たまたま日本に、学校で勉強出来ない働く妖怪がいても不思議ではない。


 少年の本当の目的は夜警ではない。

 入院患者や看護師とヘコヘコするのが目的であったが、未だに一度も成功していない。

 夜警には玉オヤジも同行している。

 ダイレクトに全身が卑猥なオヤジだが、それでも親に変わりはない。

 夜中になると仲良く警備に歩く親子の姿はやがて、病院内の微笑ましくも悍ましい、困った噂話として広がっていった。

 思い浮かべてみてほしい。

 年端もいかないエロガキと、陰茎そのままの毛むくじゃらオヤジが、深夜に病院の廊下を歩いている姿を。

 この世の物とは思えない光景でも、この際だからあったことにしてもらうしかない。


 玉オヤジがたまたま泌尿器科の前を通りかかると、当直女医の目にとまった。

 女医はすぐさま玉オヤジを抱きかかえる。

「何と奇妙な生き物なのでしょう」

 少年に、玉オヤジを是非是非研究させてくれるようにと頼み込んだ。

 少年は人間の医学に役立つかどうかはわかりませんがとしながら、オヤジを女医に預けた。

 後で御礼はしっかりいたしますからの言葉に、少年は女医とのアーへこイイーんへこを大に期待して、むっくりさせたのである。


 その夜、女医は研究室に玉オヤジを持ち込むと、薄明かりの中ゆっくりと白衣を脱ぎ棄て、オヤジの全身をその両手で---削除---。

 そのまま口に---削除---。

 手の中のオヤジを自分の---削除---。

 ぬめっとした---削除---オヤジの全身を包み込むと激しく---削除---。

 その声が研究室に響きわたり、休めることなく、しかしゆったり、そして時に感情が一気に吹き出すがまま。

 波のうねりにも似た動きを繰り返す。

 女医は自らその体に突き刺した玉オヤジ---削除---。

 あーっー--削除---。

 いっいいっいいーーー削除---。

 うっうっうっう---削除---。

 えーーー!

 おーおーおーー---削除---。


 翌日、女医は御礼と言って大きな繭玉を少年に手渡した。


「御前の妹か弟じゃ」

 こう告げるオヤジの身長が、何時もの十分の一に縮んでいた。






 『18禁』

 甘噛みに脈打つ幾重もの恍惚


 含んだままに柔らかく、暖かな物先が弧を描く。

 ゆったりと上下を繰り返す君の情。

 含まれし我は成されるまま脈打ちて震える。

 ねっとりと広がる我が淫妖なる香に、器用な物先の動きが静まり様子をうかがう。

 しなやかな指でじらされ、甘噛みされると、ひとしきりの激しさを超えても尚更に続く恍惚が、此の世の総てと入れ替わってゆく。

 夢心地に過ぎ行く時は幾度もの波を作り出し、次第に頂点が薄れる意識と行き替わる。

 永遠と思われるほど、天にも達すると思われるほどに互いの身を包み、内と外の交錯を勢いのままに繰り返す。

 魅惑の声は互いに引き合い、総ての水分が枯れ果てようとも終わらぬいざないの旅を続ける。

 今一度、甘味なささやきの為に我が身を捧げん。

 茫然自失にこの身を措きあえぎ、何一つ残すこと無く君が体内に注ぎむ。

 はてた後は君が手中に有って、やつれし我が身を君が口寄せ含み食む。

 熱き吐息を吹きこまれ、再び歓喜のしもべと成りて落ちてゆく。

 いくえにもいくえにも、繰り返す度に君の喜びは我が喜びと共鳴し、強く固く。

 絆の誓いがまたしても君の中で歓喜する。

 ああ、なんと愛しき体感であるのか。

 君が優しきその唇に、触れるを許されたるこの身の幸せかな。

 この身の総てを飲み込んで。

 君が心の欲するままに。

 何時でも我はここに居る。

 冷蔵庫の中のアイスクリームとして。

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