四章 とあるラノベ作家の告白 67話

 わしの名はクロウ。作家を生業としておる。世間ではラノベの始祖などと言われておるが、それは神のおかけだ。わしの実力ではないのだよ。


 ある日、教会で祈っておった。文学好きなわしは、お気に入りの聖詠を口ずさんでいたのだよ。当時の文学にはない美しい旋律。あの頃の文学のつまらなさったらなんだ。聖書の言葉の素晴らしさを知った私には、あの頃正しいとされていた小説など、読む気がしなかった。


 聖詠を唱える。それがいつもの拝み方なのだが、その日はたまたま、わし一人じゃった。


 頭の中で声が聞こえた。


「私の名はカク・ヨーム。知恵の神トートの眷属、文学の神だ。私を呼ぶとは面白い。望みを叶えてやろう。その代わり、毎日欠かさず聖詠とともに、私を讃えよ。このことは誰にも告げてはならぬ」


 その日から私の頭の中で光る板に文字が浮かび上がるようになった。『カクヨムのラノベ』という、異世界の小説を読むことができるようになったのだ。


 わしは驚いた。この世のものとは思えない文学。なんて素敵なストーリー。なんて緻密な設定。想像の斜め上を行く破天荒なストーリーがあったかと思うと、女子用のキラキラしたラブストーリーもある。ありとあらゆる想像力のきらめきが、そこには詰まっておったのだ。


 わしは、なんとかこの新しい文学を広めようと頑張った。字を書くのが苦手なため大変苦労した。

 文章の書き方、きれいに見える文字の配置、空白を入れる書き方。創作論を読みあさり、誰にでも読みやすい小作品集を完成させた。

 一話完結の、転生成り上がり、悪役令嬢ざまぁ、スローライフ、ラブコメ。各ジャンルから一作ずつ綴った、バラエティーに富んだ傑作短編集。タイトルはこうした。


 『文学の神 カク・ヨーム様に捧ぐ 〜ラノベの世界の歩き方〜』



 売れた! 広まった! ファンが出来た! 評判が評判を呼び、わしのもとに、弟子入り希望の若いものが来た。


 わしは頭の中のストーリーを話して聞かせた。字の上手い弟子が書き写してくれた。2冊目が出来た。



 書くのが苦手なわしは、自分で書くのではなく弟子たちを育てる事にした。

 ラノベの世界の魔法の設定を教えたり、異世界の食べ物の話をしたりすると、弟子どもは目を輝かせて質問を繰り返した。わしは、聖書の大切さ、カク・ヨーム様への信仰を説きながら、弟子どもを育てた。


 毎日、弟子たちと共にカク・ヨーム様を拝んでいた。聖詠を唱えさせながら。

 すると、弟子の中にも少しだけラノベの世界を覗かせてもらえる者が出てきた。

 ある者は転生。ある者は令嬢。ある者は創作論。ある者は恋愛。ジャンル分けだ。全体を知る者は、いまだにわしだけだ。


 弟子達は異世界のラノベ作家に敬意を払い、オリジナルしか作らないことに決めた。そんな彼らが愛おしい。だからわしに質問がいつも来るが、すべて答えることが出来るよう、わしは『カクヨムのラノベ』を読みあさった。読んだものには♡を押して。素晴らしいものには☆を三回押して。



「先生、絵師ってなんですか?」


「おお、異世界では、本の見せ場とか表紙に、物語の場面や人物を描いた絵を差し込むらしい。文字だけでは、分からないものを絵で分からせる工夫だな。その絵を書く職人が絵師だ」


 弟子の目がキラーンと光った。

 彼の次作には、素晴らしい絵が表紙を飾っていた。


「先生! BL凄いです。書きます! 書かせて下さい!!!」


 興奮した女子がやる気になった。


「先生! 薄い本ってなんですか?」


「異世界にはマンガというものがあってな、小説を絵とセリフだけで見せる画期的な文学じゃ。わしも見たことがないが……。その中で、お前たち腐の属性みたいな者が、エッチなシーンだけを集めて書いたのが薄い本じゃ。全部書かないから薄いんじゃな」


「男同士はありですか?」

「主流じゃ!」


 女子共全員の目が、キラーンと光った。コイツラのやる気と発想は、わしには理解できん。若さというのは素晴らしいものだ。



 本には必ず、「文学の神、カク・ヨーム様に捧ぐ」と入れるように指示していた。弟子共は、わしの言いつけを守って必ず入れるようにしていた。


 今日も、朝一番に弟子共とカク・ヨーム様に祈りを捧げた。

 

「私に祈りを捧げるお前たちに告ぐ」


狭い部屋にカク・ヨーム様の声が響いた。


 皆が感動に打ち震えた。言葉を待った。


「私は文学の神カク・ヨーム。今後は、BL、青年向け、成人向け薄い本には、私の名は書かぬように。青年向けにはR-15 成人向けにはR-18と書くように。違反商品は削除される。やりすぎ注意じゃ」


 カク・ヨーム様は、エロ作品に自分の名が書かれるのは嫌だったようだ。


 こうして、この世界に「ラノベ」が広まっていった。

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