第8話 2人目のヒロインからの好感度が上がってしまう

「じゃ、ここからはわたしが案内するんでついて来てくださーい」


 適当なオーナーは事務所に去っていき、拓海と普人は七海 葉月から仕事の内容を教わることとなった。


(まさかこのタイミングで2人目のヒロインと知り合うことになるとは……というか、七海 葉月がいるってことは、ここ原作で主人公がバイトをしてるファミレスだ)


 原作では安城 希美との回がひと段落した後で2人目のヒロイン、七海 葉月とのバイト先でのストーリーが描かれる。


(原作ではすでに主人公はバイトを始めているという設定になっていたはず。ってことはここは、原作では描かれていない部分ということだな)


 主人公である野丸 普人のバイト先に獅子堂 拓海が入って来て、普人と葉月の関係を邪魔される……という感じでストーリーは始まるのだ。


 いい感じの距離感で先輩後輩だった主人公と葉月の関係を、たびたび割って入ってくる獅子堂 拓海に読者はイライラさせられる。そして、獅子堂 拓海にヘイトが溜まったとこでまたざまぁ展開が起こるという流れだ。


(なら俺は七海 葉月とは必要以上に仲良くならないようにしよう。そして、原作とは逆に普人と葉月の仲が上手くいくようにサポートする。そうすれが俺がざまぁされるフラグも破壊できる)


 ざまぁの内容はあの適当なオーナーがぶちぎれて獅子堂 拓海を殴ったあげく、彼をクビにしてしまうという内容だ。


(考えただけで恐ろしい……俺は絶対ざまぁを回避する!)


 そう誓いを立て、拓海はファミレスで葉月や普人とバイト生活を開始するのだった。


 ◇


 それから拓海は数日間、予定通り葉月とは必要以上に距離感を縮めないように努めながらアルバイトをこなしていた……つもりだった――


「お先にあがりまーす」


 今日は早番の拓海は店内に残っている従業員に挨拶をして、着替えるため事務所へと向かった。残ったのは2人目のヒロインである七海 葉月と、原作主人公の野丸 普人だ。オーナーはキッチンで料理を作っている。


(はぁ、このあとは野丸先輩とか……最悪。この人なんか苦手なんだよね。拓海先輩とがよかったなぁ。優しいし気が利くしカッコいいし)


 拓海はざまぁを回避するために葉月と必要以上に仲良くならないようにしていたつもりだったが、彼が気付かないうちに葉月からの好感度は上がっていた。


 根が真面目で無意識的にいつも人のことを気にかけている清潔感のある拓海と、腹黒で見た目もパッとしない野丸 普人。ふたりが比較対象になった場合、必然的に拓海の方が好感度が上がってしまう。年頃の女子高生である葉月からしたら尚更だ。


(くそっ、葉月のやつ獅子堂が帰った途端つまらなそうな顔しやがって……)


 ちょうどオーダーを取って戻って来た普人はそんな葉月を見て怒りを募らせる。


「七海ー、これ3番テーブルに運んでくれ~」


 キッチンのオーナーから葉月に声がかかる。どうやら、先程普人がオーダーを取ったテーブルの料理が出来上がったようだ。


「はーい」


 そうして葉月はオーナーが作った料理をトレーにのせて運んでいくが――


「おい! これ違うじゃねぇか! こんなもん頼んでねぇぞ!」


「えっ、ごっ、ごめんなさい……!」


 3番テーブルの客であるサラリーマンの男が葉月に怒鳴りつける。どうやら普人がオーダーを取り間違えたようだった。


「はぁ~、君さぁ、謝ればいいとでも思ってんの? こっちは時間がねぇんだよ! わかってる?」


「もっ、申し訳ございません! すぐにお取替えしますので……」


「取り換えれば済むとでも思ってんの? この俺を舐めんじゃねぇよ!」


 男はテーブルを叩きつけ、理不尽に葉月を怒鳴りつける。


(そんな……じゃあどうすればいいの? わたしはただ言われたものを運んできただけなのに……)


 葉月は頭を下げたまま、悔しさで涙が溢れそうになるのを必死にこらえていた。


「今度はだんまりかよおい!!」


 さらにサラリーマンの男は立ち上がり、葉月の制服を掴みあげる。


 葉月は胸倉を掴みあげられ、男と視線が合ってしまう。彼は薄汚い笑みを浮かべていた。


 注文を間違えたことなどどうでもいい。自分より立場の低い人間を怒鳴りつけて気持ちよくなりたい。人のミスを咎めることで自分が上の立場になりたい。そんな欲望に溢れた笑みだった。


 こんなのは理不尽だ……間違っている。けれどどうすることもできない。ついに葉月が涙を流してしまいそうになったとき。


「離せよ」


 今まで一度も聞いたことのない、のドスの効いた声が反響する。


「は? なんだよお前」


 葉月の前に立ちふさがり、気が付くとサラリーマンの腕を掴んで彼を睨みつけていたのは獅子堂 拓海だった。

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