Ep.42 女傑
ネイアは即座に会場を整えて演説の日取りを決めた。大々的な放送が行われた日から三日たち、演説が始められる。
ゼルフィレイド中隊の持ち場は敵対勢力の
定刻になる。カメラ中継によって映し出されているのは総統が話をするための席と、対面する形で設けられた一つの席。その席は反乱分子をまとめた、或いは首謀者の。そして、直ぐに両者の席が埋まる。得に打ち合わせをしている時間もなかったというのに、スムーズに両者は位置に着いた。総統の表情は何故か生き生きとしているし、首謀者は警戒を絶やさない。総統が相手なら、命だけは保障されていると思うのだが。
「リーズレット大佐が首謀者か。立場は盤石だっていうのにもったいないことするよ」
大佐の権限ならば、武器の融通くらいは出来なくはないのかもしれない。少なくとも可能性はある。それに、リーズレットはそこそこ人望があった。だからこそ人が集まったのだろう。残念なことだが、総統の人望はそれを圧倒的に凌駕する。端から勝ち目のないことはリーズレットも承知のはずだ。なればやはり話し合いこそを本命に据えているとしか思えない。
中隊各位は画面から映し出される映像を見ながら、出撃の準備をこなす。
ネイアは笑いながら語りかけた。
「君か、リーズレット。確かに納得がいくよ」
「ご冗談を。既に調べがついていたのでしょう?」
「確かに」と肩をすくめ、未だ余裕の顔でリーズレットを眺めている。
「君がしたことは重罪だが、意見すること自体は罪ではない。君は優秀だ。この件を正しく清算できたならまた私のもとに来なさい」
「・・・それはできませんね。この会談がどう終わろうとも、自分は獄の中で一生を終えましょう」
一瞬だが、逡巡する思惑があったように思う。この国で大佐はかなりの好待遇だというのにそれを手放すのはどうあっても惜しい者だろう。
「そうさせないために、私はここに居るんだよ」
リーズレットの総統に対する忠誠に近い感情は偽りなく、褪せてもいない。決して心変わりを経て、裏切りを覚悟したわけではない。意見したくて、でも総統は頑固者で今まで決定を覆したことがないから、このような暴挙に出るしかなかったのだ。総統を崇拝している、そういうわけではない。国を第一に考える総統の考えに同意し、命を賭せるのだと確信していたから、忠誠を誓っていただけなのだ。同じ考えの者も多かったことだろう。
―放送が始まった。
「これより、放送を開始します。まずは義勇軍代表から意見をどうぞ」
ウィスターが仕切る。まず声を掛けられたのはリーズレットだ。巨躯の男の体が少し震え、決意を胸にした表情で語る。
「私の主張は放送で宣言した通り、国を第一に考える立場の貴方が、それを放棄し、他国のために力を消耗しようとしている。そのことについて何か弁明はありますか?」
一切考える必要はない、と言わんばかりに、すぐさま口端を切るネイア。
「簡単だよ。これは今まで公開していなかったことだから説明しよう。我ら連邦民が戦う相手は魔王だ。それを相手取るためには、我らだけでは手勢が足りない。直ぐにでも他国の協力が必要だ。それに、助けを求めている人間がいると知りながらそれを無視するのはこの国の矜持に反する行いだろ?」
「そのために自国を危険にさらすと!?」
想定していた通りの反論に、ネイアは笑った。簡単なことだ。協力してくれる勢力が居なければすぐさまこの国が亡ぶ。たとえ、英雄たるウィスターとファイドがいたとしても、それは変わらない。英雄では魔王に勝てない。あの人がそうであったように。
「連邦を救うためだ。君も見たろ?アウトキャストと呼ばれる彼らの力を。人道を語る我らが、虐げられている彼らを戦力として迎えることはしない。だが、迎え入れた数人のアウトキャストの彼らが勢力に加わってくれるのだとすれば、たったの一人が100の兵士に匹敵する。それに、人類繁栄圏を形作るという理想を語るのであれば、理想を叶えねば未来などあるはずもない。違うかな?」
ぐうの音も出ない。アウトキャストの軍事的価値は言うまでもない。彼女らの所属するゼルフィレイド部隊の活躍はすでに国中に広がっている。その戦力に頼らないということは、人間である彼らにはできない。理想を叶えるための力を持った人間が存在するというのならば、自分が骨を折ることもないのだとすれば・・・。
「それでも、其れまでの間この国を守るのは誰の役目なのですか!魔王が今攻めてこないとも限りません!」
「その通り!今この瞬間にも魔王は攻めてくるかもしれない!」
総統は発言力のある立場で、真実を述べた。連邦の危うさをはっきりと口にして、その上で安心しろ、などとは言えない。
「魔王が今攻めてくればこの国は終わりだ。だが、捜査させないための施策の一つでしか過ぎないのだよ。それに、其れまでの間この国を守るのは君たちの仕事だ。今までいなかったファイド、前線を退いて久しいウィスター。この二人が居ないだけで偉く臆病になったではないか。連邦の軍人たるもの第一に考えるのは国ではない。市民の命だ。守るのは諸君らの使命だ。それを他人に押し付けるものではない」
ネイアの声は、全体に響くほどに高らかに宣言されており声量も十分だった。そして、ネイアは続ける。
「これを聞く、市民らも同じことだ自分は守られて当然の立場にある。ならば、守る者たちに対し、不信は許されない。自ずから戦場に立たずして、守られる立場の人間が守る立場の人間を卑下する行為は人道的ではない。これは法によっても統制されていることだ」
侮辱罪。軍人に限った話ではない。市民同士であっても、総統であってもこれは当てはめられる。人道を謳う国家なだけあって人権関連については法律が整備されている。それも厳格に。
「そういう話をしているわけではなありません。現実的にこの国を守る戦力がいま、ここにあるのですか!?」
「それを浪費しようとしている君が何を言うか!今の状況を鑑みて整理したまえ。この国の勢力だけで魔王に勝つ事は叶わない。ならば、他国の協力を仰ぐしかあるまい!この声が聞こえるすべてのものに告ぐ。我ら連邦は人類最後の砦ではない。だが、人類最初の前衛都市となることだろう。なれば、人類の命運を背負わなければならない。英雄の誕生を祝い、歓迎したすべてのものはその重圧を背負う責任がある。それを自覚しない者がいるのならば今一度、この状況を顧みよ!」
画面の奥で、声を張り宣言するネイアの姿を見てファイドは鼻を鳴らした。痛快だったのだ。自分が祭り上げられたのは無意味ではなかったのだと知った。ネイアは考えなしのことをしない。彼女はファイドを祭り上げた時点で、こうなることを予想していた。あるいはなってもいいように布石を置いておいたのだろう。そして、祭りを経てその責任を背負わせる対象を増やしていたのだ。つまりは、象徴として良いように使われていたのだろう。
「私は人道を語る。だが、人道は法律によってのみ証明される。そして法律を作るのは人間だ。ならば人道を握るのは人間か?いや違う。人道とは、自分望む理想に悖るか否か、其れも違う。誰から見ても悪とするもの以外を人道と呼ぶのか、其れも違う。人道とは次に紡ぐようになる行為すべてを言うと法律で定めている。そして、法により反論が認められていながら、反論しなかった諸君らにとってこれは受け入れざるを得ないことだ。ならば、私の決定は人道に悖ると皆はそう思うかな?」
法律によって定められた権利、それを行使しなかった国民が悪いとそう断じているのだ。そのうえで、間違ったことは言っているか?と圧を掛けている。そして、それは正論であった。正論でなくとも、正論であると錯覚するだけの話術がある。ネイアの言っていることは全て正しく将来を示している。他国の協力を得られなかったこの国は魔王の手勢により壊滅するだろう。他国の協力を得られた際には、魔王を倒すための勢力が整う。魔王が仮に、ロットよりも強かった場合、ウィスターとファイドの共闘により勝つ事ができると踏んでいる。ならば、魔王の手勢はどうなる?それを引き付けるのは連邦兵士の役目だ。ならば、連邦兵士は魔王の手勢に太刀打ちできるのか?そんなわけがないのだ。仮想の敵勢力であっても、こちらは圧倒的に負けているのだから、今から守りに入っていても意味はない。
「だから私は今、意見しているのです!」
「つまり何を言いたいのかな?この国を守る兵士は十分にいる。君たち将校の力があれば事足りるとは思わないかな?」
「それは本気で言っているのですか!?」
「もちろんさ。ただの魔物の侵攻程度、今まで何度蹴散らしてきた?君はまさか、その義務を放棄するのか?英雄がいなければ戦えないと?」
ネイアの眼から光が消え、威圧だけが残る。軍人の誇り、或いは戦う意義。それはつまり国防衛、或いは愛する者を守ること。それを、権利と断じた。そのうえで、それを放棄するのか、と国民が聞く前で軍人の矜持を傷つける発言をしてる。口では戻ってこい、と言っていたくせに反乱軍を鎮圧するためにここでリーズレットを再起不能にするつもりだ。
「軍人は国を守るために存在する。そんな君が反乱を起こし、いわれのない不安をあおった。さらには、このような場を設けてまでまともな弁論をできないでいる。君は何をしにここに来たんだ?まさか、愉快犯で国家を裏切ったというのではあるまいな」
ネイアの覇気は恐ろしいほどの重厚だ。それも、ウィスターの剣幕に匹敵するほどの。舌戦において彼女に敵う者はいない、とそう思わせるほどのそれに、リーズレットが警戒を露わにする。
「そんなはずは・・・今、魔王に攻められたら」
「それは今だって同じこと。君はその程度の認識もできないほど愚かではなかったはずだ。―、誰だ?君を誑かしたのは」
ネイアの低い声が、リーズレットの眼をまっすぐに見ながら浴びせられる。リーズレットはあまりの剣幕に白目をむき、気を失ってしまった。会談は形を保たず、ネイアの圧勝で終わるかのように見えた。だが、実際はそうではない。
「わ・・・私は、そ、そんな、程度の・威圧・・・で」
「ウィスター、構えておけ」
リーズレットの動きが明らかに狂い始めている。彼を左官に押し上げたネイアは知っている。彼がどれだけ優秀な人間か。それ以降の働きも知っている。実力至上主義のこの国で大佐になった男だ。それなりに手練れであり頭も切れる、人望暑い彼の異常を感じ取れない同僚はいない。
リーズレットの背から、羽が生えた。そして、羽は徐々に巨大化し、やがてセミのように殻を破った。
笑わせる。人間の格好をしていながら、たった一人にその正体を見破られるとは。
「ハハハハハ!面白い!面白いぞ女傑!お前は女傑と呼ぶにふさわしい」
「笑わせるね。私の部下に成りすますならば、その者の性格と人付き合いから洗い直しな」
「我は魔王”ルガ・アルマ”様の側近が1人、ジーベック。この国で上位悪魔卿を倒した人間がいると聞き、勇者を早急に始末することを命ぜられここに居る。その英傑は名乗りを挙げよ!」
「”
有無を言わさずに拘束、そしてウィスターを前線に押し出す。
「ハ。仰せのままに」
ネイアの次元捕縛、これは極大魔法に分類される超位魔法の一つだ。極大魔法とは、超位魔法、始原魔法、核撃魔法をまとめた総称だ。そして、このどれもが戦況を一変させるだけの力を持つと言われている。その中でも、”次元”と着くものは次元に干渉できない限り突破は不可能だ。
次元が違えば、その魔法に干渉することは不可能だ。つまり、次元を合わせられるか、或いは次元を無視できるほどの威力でなければ突破はできないということだ。
そして、身動きが取れないジーベックを相手に、ウィスターが攻撃を仕掛ける。
ウィスターの公開していないスキルが牙をむいた。
「これは誤算だ。我に関連するものが消えた。まあ良い、これよりこの国を攻めるのは我の役目。超位魔法を操る国のトップに、我の権能を断ち切る剣聖、さらには悪魔を倒せるただの一兵士。楽しませてくれるではないか」
リーズレットの体を突き破り半身を出していた状態のジーベックが、その全体像をさらした。一見すれば人間、されど羽があり骨格は固い。人型をしていても、その姿はまるで虫だ。
「残念だね。君の相手はウィスターただ一人だ。今すぐにでも尾を巻き逃げ去れ下郎。貴様の踏む地はこの国にありはしない」
「良いだろう。剣聖がどれほどのものか見させてもらうぞ」
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