Ep.37 始祖
連邦は国の防衛方法をがらりと変えた。悪魔が消え去ったから、壁外拠点を崩壊させられることもそうそうあり得なくなった。魔物の軍勢程度、連邦の技術をもってして固められた拠点を脅かすことはない。次に障害となるのは、新たな悪魔の出現かあるいは魔王だろう。
そのため、手放した壁外拠点の再建を決めた。ゼルフィレイド中隊は功績をたたえられ大隊規模に変わったが、なぜか俺の階級は少佐のままだ。確かに、大佐になるのは少し早すぎるように思ったし、階級に特段執着もないのでどうでもよいのだが。
「大隊規模になったからフィンとシルが中尉に昇格しレイズが大尉になった、か。新設部隊だったから中隊にするって話だったのに、直ぐに大隊規模にする人員は居たってことか」
少し腹立たしい。大隊規模に出来る人員がいるならば、先の戦いで使わせてほしかった。しかも、これだけの人数が歩兵部隊にいるというのもおかしな話だ。砲台やミサイルも幾つだって用意できる技術力があるのに歩兵隊は時代遅れも甚だしい。それでも、歩兵隊が無くならないのは魔物相手には有効だからだ。近接戦闘は少しは強いし、魔法も扱えるのだから乗り物でその利点を潰すのももったいない。
「固定砲台は貰ったじゃん」
「なに言ってんの?ここの砲台はここの拠点のもの。ここを離れたら所有権はなくなるんだぞ?」
「それにすぐに出立することになるからね」
レイズの能天気な、というか大尉のくせにあまり関心の無い発言に、現実を教えてあげる。
人数800人の大規模戦力だ。中尉には100人の兵をあて、大尉には150人。俺は200人。アウラの近くに50人の簡易的な衛生兵を充てている。
「ここで三つ目だよな。結構破壊されてるから修復が面倒なんだよな」
「そりゃそうでしょモンド。魔物に悪用されたらどうすんの」
「フィンは修復手伝わなくていいからいいよな。俺は土魔法を酷使しないといけないんだよ」
嫌味たらしく言うフィンに少し、苛立ったのだろう。モンドが年下の、まだ未成年に大人げなく反論している。
魔法により修復速度は早い。だが、拠点の大きさもあり数週間はここにとどまらなければならない。楽なのは、襲撃に合わせた戦力をあてがう為に、全戦力を向かわせる必要がないということだ。それにしても、拠点が魔物に利用されてしまわないよう爆薬で破壊されているから修復が面倒くさい。
「少佐!空、何か来るよ!!」
「総員警戒態勢!」
天幕から飛び出して、武器を取る。ライオスの鬼気迫る報告の声にただ事ではないと判断したのだ。
―立てない・・・?
天幕から出た瞬間だった。腰が抜けた、というよりもまるで地面に穴が開いたかのように地に落ちた。立ち上がれないのは、上から途轍もない力で押されているから、と言いたくなるような形容しがたい現象に戦慄する。
ライオスの報告はこの攻撃だったのだろうか。周囲を見渡したが、兵は泡を吹いて倒れている。失神だ、これほどの攻撃がまるで殺すつもりのないと、錯覚するほどの”被害”は出ていない。
「君がロットを殺したショーサって人?あいつなーにやってんの?人間に負けたって聞いたから期待して来てみたのに外れだわ」
ロットを呼び捨てにする悪魔、格下が格上を呼び捨てにするなんてこと悪魔ならば絶対にありえない。格差社会は人間のそれよりも圧倒的に色濃い種族だ。そして、攻撃の正体はただのオーラで、そもそも攻撃ではないとしった。
攻撃ではなく、存在感が与えるプレッシャーに押しつぶされそうになっているのだ。殺すつもりがないのも当たり前だ。
「なんで君ら武器取ってんの?無駄なことしないほうがいいぞー?・・・ああ、そうか。私は
天真爛漫、そういった様子で笑いながら語る。あまりに長く一人で完結する高慢な態度だ。語り終えたとみるや否や、すぐさま姿を消した。
顔を上げてみれば、見た目は金髪の少女のような印象を受ける。見た目相応の無邪気さがあり、幼さ故の残酷さがみられる。作られたような美しさがあり、見とれてしまいそうなほどに芸術的だ。豊満な胸に引き締まった体、人間であったならば引く手数多の絶世の美女だ。
それが恐ろしい。これが世界最強の一角、眼前から消え去って圧力が消えた今なお、立つことが儘ならないほどにトラウマを植え付けられた。
「震え止まんない」
「生きてるよね。僕ら」
「ああ、辛うじてな」
「流石に怖いな」
声が漏れていたらしい。7人に見つめられてしまった。
「少佐も怖いものがあるんだ」
「なんだと思ってんだよ。俺だって怖いものはいくつもある。お前らに会えなくなることとかな」
「少佐もコミックの読み過ぎだな」
「読んだことねぇよ」
物語の小説であれば読んだことがあるが。素直になれないでどうするというのだ。明日死ぬかもしれない、というわけではなくなってきたがそれでも、次に会うのが死体でないという確証はない。後悔しないように、好意は伝えておくに限る。
「あれはどうあがいても勝てないな」
「ああ。あれが手を引いてくれたってのは魔王を倒すよりも大きいんじゃないか?」
「実際始祖は、魔王よりも強いらしいぞ。伝記にそう書いてあった。それに、始祖は殺しても冥界で完全に蘇るらしい。昔はあれと戦えていたと、そういう記録も見たが、あの言い振りからして本当らしいな」
軍に入隊してから、極秘の文献にも目を通した。戦力増強について調べていたところで発見した古びた書物、今は使われていない古語も読めるようにしていたから何とか解読できたが、500年前は十騎士と呼ばれる強者たちがいたとされている。彼らの装備は、いくつか残っているそうだが重要文化財とされていたり、紛失していたり。結局、伝承通りの効果は見られないことからただの文化財としての価値だけが認められている。
「明日は別の拠点だ。ここを次の部隊に引き継ぐんだから準備しとけ」
「まずはあいつら起こすところからだね」
今なお泡を吹いて倒れたままの部下たちを全員でたたき起こして回る。
それから半年の月日がたった。目立った外傷もなく、ハプニングもなく戦い続ける日々。大体を指揮するにあたり最前線に出ることも少なくなってきた。人間の生存圏は広がりつつある。それは壁外に進出することができたからだ。悪魔の存在を消すという功績はこれほどに大きなことなのだ。
だが、半年のうちに広がった土地はまだ活用されていない。活用方法は無限にあるが、未だに安全と言い切れないために、活用を見送っている。
「ただ近年、魔物たちの力が上がっている。これはやはり、魔王の影響だろう」
「魔物の生息域を突破したファイド少佐はどう見られるか?」
「魔王に近づくほどに敵が強くなる、ということはないでしょう。ただ、魔王に悪魔のような力を持っている配下がいないとも限りません」
今は義室に将校が集められている。会議内容は、魔物の活発化だ。攻められる回数、手勢の数に個体の力が上がっている。まだ被害は出ていないが、この調子で行けば悪魔と同等の脅威になりかねない。
「ではやはり魔王を殺すしかないのではないか?」
「現実的だとは思えないだろう。なにせ、悪魔より強いのであろう?」
「ではどうする?こちらの技術力が上がるよりも相手が上回る方が遥かに速いが」
「将来的な脅威を考えればまず排除が必須でしょう。考えるべきは、当面の対策と方法ではありませんか?」
提案をしたが、どうせ現時点で対処可能な話ではない。まず魔王の拠点を特定しなければならないし、魔王の持つ戦力を覆らせることもできそうにない。やはり、技術的な向上と兵力の補充、練兵に兵装の用意と個体戦力が必要不可欠である、ということだ。
「決まりだな。連邦軍は魔王を討伐対象に定める。以後、詳細な打ち合わせをしなければならないな」
「総統、やはりかねてより申し上げていた帝国領土へ進出することを提案します」
義室がざわめく。帝国市民はこの世界の汚点であり、忌むべき悪であり、滅ぶがよい人種である、と誇り高くも高潔な思想を持つ連邦市民は少なからずそう思うはずだ。無理もない。帝国民はそういう奴らだ。
「貴方たちのような崇高な人格者であればアウトキャストを助けたいと思っているはずです。そして、賢明な軍人であれば彼らの力も」
「取りつかれたか悪魔め!戦わせるために救い出すと!?」
「結局は帝国市民か!」
「黙れ!貴様らは今、貴様らが侮蔑する帝国民となんらかわらん。恥を知れ愚者が」
総統が一喝すれば、全員が静まり返り発言を振り返った。自分の恥ずべき発言を払拭したいとは思うが、内容までを撤回するつもりはない。
「・・・一考しよう」
「総統!正気ですか!?」
「魔王を相手にするには良い手である。それに、現実的だろう」
敵中突破、と言えば可能性は低く思える。だが、実はそうではない。悪魔が消えたことで魔物の生息域はまばらになった。そして、排除も進んでいる。敵数は減っていた。それに、敵勢力を避けていけば会敵の可能性は低い。さらに言えば、8人で突破できた彼らの知識と、圧倒的な技術によるバックアップがある。
絶好のチャンスだ。これを逃せば次はないかもしれない。ゴールが目前に迫っている。だが、長いのはここからだ。人間は簡単に変わらない。たとえ、滅ぶ直前で助けられようが、差別の念は消えることがないだろう。アウトキャストが、帝国民を受け入れることもあり得はしない。
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