Ep.35 終戦
俺の三つ目のスキル。正確にはいつ発現していたのか分からないが、帝国でスキル持ちを殺したときから思っていたことがある。こいつの能力を奪えたらいいのに、と。殺してしまえばそこで実力も磨き上げたセンスも水泡に帰す。それはもったいない。勝者の手に引き継がれるべきだ、と。
俺のスキルは殺した相手の権能を奪う力ではない。自分が殺したと認識した相手が本当に命の灯を絶やした時、その魂をもらい受け、それを自分の強化に使うことができるスキルだ。使い方は至ってシンプルだ。どれだけの魂を何の用途で活用するか決めるだけ。ストックは320。実際に手を下したのは20を下るが、管制官として見送ってきたアウトキャストたちもその中に含まれていた。これは行幸だ。そして、其の数値は今なお増えている。意識していれば魔物たちの魂もストックされていたのだろうが、死んでから意識し始めても意味がないようだ。
連邦軍人に被害が出た。それは俺たちの部隊が任務遂行に時間がかかったからだ。そして、市民にも被害が出た。ストックの増えた幅から、砲撃は防ぎきれなかったのだと理解した。俺は今回、この作戦で死んだ人間はすべて俺が殺したと同義である、と考えている。それでこれが功を奏した。
「すまないなお前たち。レイズのように、終着点まで連れて行ってやりたかったがお前たちらしく、後続のためにその魂使わせてくれ」
アウトキャストたち、意図せずに魂を背負っていた。彼らが力を貸してくれているようでうれしかった。実際は、俺のスキルで強制的に消費されているだけだが。墓も作られない彼らにとってはこれが最善の葬送なのかもしれないが。
「葬数一割」
32人の魂を追悼し、肉体を再生成する。右手が再生に成功。治癒魔法要らずの肉体を手に入れた。だが、一部位の欠損に32人の魂を消費せざるを得ないとは燃費が悪い。
「葬数三分」
肉体強化魔法など比ではない。アウトキャストの魂は消費したくなかった。だから、積極的に連邦の被害者を消費する。魂には区別がある。生前の実力に引っ張られ消費して得られる恩恵が変わる。連邦軍人は統制のとれた強軍だが子としての力は大したことがない。顔も知らない、どこで死んだかも知らない彼らを消費するのは別に心が痛まない。
「ッチ。自覚した瞬間にスキルの効果は理解できる。分かってはいたがこれほど厄介だとは思いませんでした」
「お前の魂は何人分かな?」
戦いが始まった。肉弾戦しかできないが、それでもこちらの攻撃が通るなら勝ち目は大いにある。俺は魂を消費して万全の状態に強化を施している。だが、悪魔はそうではない。
悪魔の結界がただの正拳突きで崩壊する。自分でも調整が難しいほどに加速する体に、慣れるまでは有効打を与えられなかった。だが、慣れるとさほど難しくない。
右手を引き、突きを警戒した悪魔は回避行動をとるが、其れはブラフだ。刻み突きという技がある。構えの状態からそのまま腕を突き出す最短距離で攻撃できる技。一拍遅らせた回避行動で避けられるはずもない。薄い胸板を貫く手、そのまま逆突き。ただの二連撃だが、二回踏み込むことで威力は高い。悪魔の肉体が血を噴出する。それを至近距離で浴びる直前、腕を引き抜き体をひねる。後ろ回し蹴りを繰り出し、風圧で血液を払いのけ、悪魔の体を引き裂く。方から腹部中央まで袈裟懸けに引き裂いたが、魂を破壊せねば本当の意味で悪魔は殺せない。肉体を殺せば現世にとどまれなくなるが、冥界に逃げ込まれるだけ。
「閃光斬!」
悪魔が魔法の熱線を指先から射出しながら振り下ろす。光は物質ではない。防げない、が問題はない。至近距離だ。両腕が振り下ろされる前に掴む。そして、腕をねじり切る。
よろける悪魔の体。好機だった。
「葬数2割」
スキルによるスキルの強化。斬撃を飛ばす能力は、格下のものならばすべて切り裂く能力”
「100人の魂を消費してやっと届くか」
「やめろ!それは俺が復活できない!!やめろ!!」
「やめるわけないだろ馬鹿が」
微塵切りだ。
悪魔の体が粉みじんになり、消え去った。そして、俺のスキルがロットの魂を吸収する。酩酊するほどに強烈な力を持った魂。100人分の消費など比ではないほどの強烈な個体の魂。
「プラマイ0か。勝利、とは言い難いな」
スキルのストック的には、五分の戦いだった。だが、軍隊全体で見れば大敗もいいところだ。魔物の討伐数に対して被害者数が多すぎる。だが、目標遂行。初任務は完了した。
「レイズ、生きてるか?」
息はあるが、意識はない。
「ほんとにいい女だよお前は。ありがとな」
レイズを背負って急いで帰る。このスキルは反動が大きいはずだ。推測にすぎないが、このスキルは強力が過ぎる。肉体強化の効果が切れる前に、連邦に戻らねばここで二人仲良く死ぬ。
洞窟のような場所だった。ここがどこかは分からないが、通信機器は破壊されていた。最低限の武器だけ装備し、すぐさま走り出す。
思ったよりも軽いんだなレイズって。
洞窟を出てからしばらくは魔物の気配がなかった。悪魔によって統制されていた魔物たちだが、その魔物が消え去ったのだから統制が取れなくなったのだろう。だが、指揮官クラスの知能を持ったものは別だ。もとより魔王の命令を受けて人間を亡ぼすために戦っている奴隷だ。だから魔物の軍勢と戦うことに変わりはない。
「この気配・・・そうだよね。お前たちは来ると思ったよ」
遠くでライオスの検知魔法に探知された気配を感じた。魂の強化により、敏感になった感覚で感じ取れた。初めて感じる感覚に驚いたが、同時に情けなく嬉しいと思ってしまった。
「兄さん!」
フィンとアウラが駆け寄ってきた。全員が満身創痍だ。傷口が治っていないのを見るに、アウラの魔力が切れているのだろう。
「兄さん傷は!?・・・治ってる。よかった・・・」
どうやら俺の重症を治すために温存していたらしい。兄思いもここまで来たら病的だな。
「急いで帰るぞ。凱旋だ」
「帰れたら、でしょ?」
「アウラ、レイズの治療をしてやってくれ。流石に背負ってはいられない」
「はい!」
「それと、ライオス。帰れるに決まってるよ」
「にしても、またたったの8人で敵中突破か」
「いつものこと」
何時ものような掛け合いをしながら、帰路に就く。戦って戦い続けた先に、今は帰るところがある。戦いに集中できる拠点があるのだ。
魔物の軍勢は少なかった。悪魔の拠点は軍勢の左方にあった。俺とレイズが攫われたのは敵中央部である。斜めに突き抜けたのはかなりの荒業であっただろう。だが、魔物たちは自我を取り戻し、退却を始めたらしく、帰りは遭遇率が極めて低かった。
「悪い、時間切れだ。後は担いでくれ」
「え?何言って―って急に倒れないでよ!」
「そうだぞー少佐。ライオスに少佐は重すぎる」
ライオスに寄りかかり、糸が切れたように眠る。予見していたように反動が大きいらしい。モンドが俺を抱え、そのまま連邦まで帰ってくれたようだ。
壁がわずかに破壊された。破壊されることは想定していた。想定していたために弾着予想地点と被害予想地点の市民は非難を完了させていた。だが、結果は市民の被害件数が多い。被害者総数700名。うち死者数254人、残りはすべて重傷者。日がたつにつれて死者が増えるだろう。被害が出た理由は、弾丸が壁上部に直撃し瓦礫が都市部直前の避難場所に降り注いだことが原因だ。砲弾の傾斜角の限界が変わっていたのだ。原因はロットの広範囲光魔法による衝撃波と暴風により、砲台発射時に一瞬本体が宙に浮いたからだ。推定10トンはある砲身を宙に吹き飛ばすほどの魔法攻撃が直撃したというのに中央部にいたファイドとレイズは生きて帰ってきた。それも、目標達成と悪魔討伐の快挙を手土産に。
「本人はまだ寝てるけど、凱旋祭は始まるよ」
「なんですか?それは」
「レイズ聞いてないのかい?君たちの少佐は円壁が完成してから初めて魔物に勝利した英雄だよ?沸かないわけないじゃん。大統領の権限で、君たちはこの勝利による誉れを享受するまで前線に戻らないように」
「まあ、どうせファイド少佐は動けないし、戦っても大した戦力にならないけどね」
結果として大きな戦果を得たがまだ序章にすぎない。結局、人間の大陸から魔物を掃討せねば、否、魔王を討たねば未来はない。しかも、ロットは悪魔の階級でいえば上位の中では下のほうだ。上位悪魔卿程度にこの損失、これはもはや人間に未来がないことを示唆している。
「起きたぞ、ちょっとお腹空いた。何かくれ」
どうやら総統と話している間に目覚めたらしく、時計とカレンダーを見て自分がどれだけ眠っていたのか把握したらしい。
「少佐、食い意地はってんのな」
「三日寝てたんだぞ?脱水で寝たまま死ぬとこだったわ」
そんなダサい死に方は絶対に嫌だ。折角、魂を背負って立てるようになったというのに、脱水で死ぬなんてあの世で笑われるしこの世でも笑われる。しかも凱旋祭で祭り上げられた英雄になってしまった男がそんなので死んでしまったら、とんだ喜劇だ。
「ありがとフィン」
二ℓの水が入ったペットボトルと、消化に優しい食べ物を持ってきてくれた。懐かしい。フィンは何か料理をするとなればおかゆを作る。そして、出てきたのもおかゆだった。この国特産の梅を乗せて。
「腕を上げたなフィン」
「でしょ?」
「私も作りました」
アウラが隣から出てきて、料理名の分からない、というか料理なのかもわからないものを出された。スライムみたいな見た目の緑の食べ物なんて知らない。
「なにそれ帝国の食べ物?」
「総統、少し黙っててください」
アウラは料理作れないし作らせたこともないので仕方ない。フィンに張り合ったのだということは分かるので、とりあえずは食べてあげよう。
「どうですか?」
「初めて食べる味だね。でも栄養を感じるよ」
料理はいくつもの薬草を混ぜ込まれており、魔法も付与されていた。治癒魔法だ。俺が寝たきりだったからということで勉強してきたらしい。なので、完食した。確かに、栄養素は素晴らしい。
「少佐ってやっぱり妹に甘いよね」
「そりゃあ、シスコンてっやつだろ」
「家族愛」
男たちが後ろでうるさいが、多分嫉妬だろう。可愛い二人に手料理をふるまってもらっているのだから。こればかりは痛手を負った者の特権と兄の特権だ。
「じゃあ私は帰るから。凱旋祭には参加してよね?」
「了」
大統領相手にこれほどラフな姿勢で適当な返事を許されているのは異質だ。面白いとも思えるが、常識を再確認するべきかもしれない。そしておかゆはおいしかった。
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