Ep.33 勝敗
恐ろしい相手は兄が倒す。だから、簡単な任務をこなせばいいだけの話。だと思っていた。思っていたが、目の前の敵は弱くない。
フィンの拳銃による援護は距離の関係であまり意味をなさなかった。アウラが居るから戦えているだけのように思える。そして、ケルトの防御力があるからこそアウラの魔力が尽きるという詰みの状態が起こっていない。
「なんでここにも悪魔がいるんだよ」
「ケルト大丈夫よね?」
「大丈夫じゃない」
ケルトの防御力は中位の悪魔に匹敵する。だが、目の前の悪魔もまた上位種。ファイドが戦っている者よりは位が低いと思われるが、それでも強敵だ。
持久戦には定評があるケルトも、短期決着は苦手とするところであり防御力が互角であり攻撃力で劣っている相手にともなれば、苦戦は必須だった。なので、砲台を破壊しなければならないわけだが―。
―砲台が淡く光る。ほどなくして電撃と衝撃波が戦場を走る。
終焉を招く超威力砲が崩壊した結界の元へと射出されてしまった。
時間を稼がれればそれで負け。だからこそ、焦る。都市が耐えられるのはあと一発程度だろう。
ライオスが右側の魔法を処理しながら攻撃し、シルが左側を守り、ケルトは残る全方位を守りながら攻撃。そうしなければ瓦解する。
「もう私たちくらいしかいないよ」
残っていた兵士はすでに数十人にまで減っている。この激戦区を抜けてきている者はほんの数人だ。
「ロットが言っていたように手ごわい相手だな。ただ、互いに決め手に欠ける」
ファイドが戦っている悪魔はロットというらしい。そんなことはどうでもいいが、しゃべる余裕がある程度なのが腹立たしい。
隣でまばゆい光が発生する。そして、モンドが飛んできた。虚を突かれた悪魔がケルトの刀により首を飛ばされる。一瞬の出来事だった。ケルトの判断能力がなければ、悪魔同様に困惑し悪魔を仕留められなかったことだろう。そして、悪魔の消滅を確認したシルが即座に爆弾を設置する。見ていたフィンとアウラは三人の連携に感嘆するしかできない。
「爆弾は設置出来たわ!」
「今すぐ離脱するぞ!」
満身創痍なまま、全力で走り去る。爆破範囲から逃れた瞬間にスイッチを押し、爆薬が砲台を破壊した。
「兄さんは?」
フィンが違和感に気が付いた。モンドが来たのは悪魔を殺せたからなのではないのか、レイズもいなければファイドもいない。
「分からない」
モンドは顔をうつ向かせて短く答えた。希望を持たせるようなことは言わないが、死んだとも言わない。死んだと思えないから、という理由だが、それでも五体満足とは到底思えない。
「待って、これじゃ帰れないよ」
フィンの呟きにモンドはそれを否定しようと声を荒げた。
「なに言ってんだ?目標は達成しているだろ」
「兄さんもレイズも死体を確認する程度の余裕はあるよ」
「いや終わりだ。俺たちが速く帰れば戦争は終わるんだぞ」
徐々に語気が強くなっていく彼らに反して周りは冷静だ。悔しくない、ということではない。ただ、モンドの方が悔しくフィンの方が悲しいと知っているからだ。もちろんレイズを失ったことは彼らにとって、涙が枯れるほどに心を病むものだ。あの瞬間は、彼らだから迷いなく爆破できたのだ。幾多の仲間の死を超えて屍の上で戦うしかなかった彼らだから。フィンはそれを美しいとは思わない。だから、戦果と犠牲を天秤にかける。
「まさか自爆することになるとは思いませんでした。ただ、砲台の代わりはてに入った。今回は引き分けですね」
最悪の声が聞こえる。兄とレイズを倒し、爆破を生き延びた悪魔の声だ。見上げてみれば醜悪な姿に惨い姿の人間が二人。
悪魔が光の牢獄にファイドとレイズを入れ、そのままどこかへと飛び去った。悪魔の見た目もまた満身創痍であり、明らかに重症だ。それよりもファイドの傷の方が酷い。四肢欠損に加え、大量失血。死なない程度の最低限の治療をしたうえで連れ去った。砲台の代わりに、面白そうな玩具を手に入れたという程度の気持ちなのだろう。そしてレイズだが、五体満足であるがひどい火傷に衝撃はで内臓は損傷を受けているだろう。
「ッチ」
盛大な舌打ちが響いた。激怒しながらフィンはモンドを見る。その表情は見慣れた憎しみのものに近いものだった。
「ちょっとフィン!」
ライオスが、モンドが悪いのではない、と言いたげに近寄った。だが、それを避けてフィンはモンドの肩を持つ。
「モンド、悔しかったら助けに行けばいいでしょ。一回補給に戻って助けに行く。来るよね?」
フィンはモンドに憤慨している。守れなかったことをではない。守れなかったのは自分も同じ。兄が自分を助けるためにモンドを向かわせたのもわかる。だからフィンは兄を、レイズを簡単に犠牲と割り切ってしまえるモンドに憤慨した。
「戦争が終われば助けに行けなくなる・・・か。了」
正規軍にいるのなら、戦争が終われば出撃はできない。たった二人を救うために魔物の群生地に出向くはずもない。助けに行けるのはこれが最後のチャンスだった。それを断るつもりはない。彼らが思い描いているのは最終的な終着点に誰かがたどり着くこと。そして、それはレイズであると考えている。だから、助けに行かない選択肢はない。
「あの悪魔を討伐するなら今しかない。絶対に殺すよ」
「「「了」」」
意識を失う。フィンは無事なのか、レイズやみんなは生き残れたのか、砲台は破壊できたのか、すべて分からない。そもそも生きているのかすら分からない。ただ何も感じず、ひどく手足が冷たいような感覚だけがある。かろうじて、生きてはいるのだろうな、という程度に朦朧とした意識の中、視界も嗅覚も失われ最期聴覚が失われる寸前に、足音が聞こえた。レイズではない。音で分かるその正体に、嫌気がさす。
―悪運尽きたか。
暗い世界でただただフィンとアウラが心配だ。そして、彼らには申し訳なさが尽きない。結局、焚きつけるだけ焚き付け死に場所を奪ってしまった。きっと彼らは俺を責めないだろう。だが、自分がそれを許せない。覚悟はしていた。死ぬことも当然、避けたかったが避けられるものだとも思っていなかった。だが、如何せん早すぎる。もう少し、彼らと居たかった。
走馬灯だろうか、悔いばかりが目立つ。貴重な時間だ、人生における幸せな瞬間を思い起こしたかったものだ。だが、彼らと出会ってから、悔いも当然にあったがそれ以上に幸せだった。終わってみれば悪くない人生だったかもしれない。母さんに、ゆっくりと会いに行く、と言っておいて一年と少しでこちらから出向くことになるとは、情けない話だ。
「おや、思ったよりも死に体のようですね。衝撃波で内臓が破損しているということでしょうね。なるべく早く済ませますか」
ファイドの鼻先に手をかざし、呼吸を確認している悪魔。ロットだ。ファイドはすでに瀕死。ロットの見立てでは数時間は持つはずだったが、想定していた以上に今際にいるらしい。
「少佐!ファイド少佐!!」
「貴方はそろそろ黙りなさい。私もそろそろ忙しくなるので相手もできません。不慣れなんですよ、治癒魔法は」
レイズが拘束具を激しく打ち付けながら声を上げていた。だが、ファイドは目を空けない。声が届いているはずもなく、鼓膜もその他器官も損傷が激しい。聞こえるわけがない。
「うるさいですね。貴方も大概に常識外でしたが、かつての英雄たちとには及ばない。それに引き換え、この男ですよ。魔法がない上に魔力量も大したことはない。肉体能力と戦闘センス、卓越した技術で私にここまでの手傷を負わせたのですよ?」
体を確認しながら、綺麗な服とすでに完治している傷口をなぞるようにして賞賛するが、嫌味にしか聞こえない。だが、ロットも正しく重傷を負った。それは内包している魔力量が自身の再生に裂かれ、余裕がなくなっているということだ。削り切れば勝、だがレイズもファイドも動けはしない。
「貴方は精霊を殺してしまえば、少し腕の立つ魔法師というだけです。ですが、強い女性の嘆き程興が乗ることはない。あわよくば覚めないでくれと願い建てるほどに」
恍惚と、ただ本心からレイズの不幸を願っている。最高潮に高まっているボルテージに、歯止めが立つわけもない。なにせ、ここにロットを邪魔出来るものなんて端からいない。
「貴方は、この男の力を欲しいとは思いませんか?私は、欲しい。悪魔は力を求める種族ですからね」
「まさか、受肉するつもり!?ふざけないで!」
「ふざける?まあ、そうですね。確かにこれほどの宝をタダでもらうというのは気が引けます。そうですね・・・いいでしょう。この男の部隊は生かして差し上げますよ。連邦には滅んでもらいますが」
「ふざけるなって言ったはずよ!」
「ふざけているわけではないと、そう言っているのですよ」
連邦が滅んだ場合、彼らが生き残ったとしても近い将来全滅する。それを理解できない悪魔ではないだろう。だからこそ、憤慨したというのに真顔でそれを否定される。
「ッチ…聡明な種族と聞いていたのに、理解できないみたいだから教えてあげる。黙れと言っているのよ」
甲高い声がロットの鼓膜を打つ。悪魔の手がレイズに向けられた。命の手綱は悪魔が握っている。
「そうよ、まず私から殺しなさい」
歯を食いしばって、誇り高く死ねることへの安堵、そして終わることができる安堵。やっと死ねる―。
「―素晴らしい。まさかその体で」
悪魔の腕が地に落ちた。レイズに対して魔法を放とうとしていたその腕が、斬撃により斬り飛ばされた。
「少佐・・・なんで」
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