第4話 隣国

 ちょうど作業着に着替えた時、裏口からドアを叩く音が聞こえた。朝っぱらから造船所へ来客が来たらしい。昨日は結局、昼食を食べてから早めの解散になった。いつ返事が来るかドキドキしていたが、もう来るとは思ってもみなかった。

 部屋を出ると、所長たちが玄関に立っていた。こちらに気づき、静かにしてろ、部屋にいろ、みたいな動きをしている。

 大人しく戻ると、ドアを開ける音がした。

「フレア・カーペンターに用がある」

「今はいない。用件なら俺が聞こう」

 声からするに、昨日私を引っ張り出した人だろう。それに、もう二人くらいいる。所長もずいぶん強気な感じだ。関係ない私まで緊張する。

「・・・・・・これを必ず渡せ」

「ええ。お勤めご苦労様です」

 だいぶ乱暴にドアが閉められた。鍵をかけて、みんなが口々に言った。

「二度と来んなバーカ!」

「帰れー!」

 そんなことを言ったら全財産が飛びそうだ。口が悪いし、中指も立ててるし、こんなところにずっといてよく私はまともに育ったなと思う。

「もう帰ったじゃん」

「フレアこれ」

 ほら、と所長が封筒を渡してきた。丈夫そうな紙でできていて、銀箔も押されている。ただ、昔見たものより少し小さい。作業場に出て、準備室から大きなハサミを取り出した。これひとつで大体なんでもできるすぐれものだ。

 中には、ロスに渡した三枚の設計図と、手紙が入っていた。

「うーん・・・・・・長い」

「ちゃんと読め」

 全員で額を突き合わせ、どうにか要約を捻り出す。

「『書庫で前例を調べたところ、王族以外が使ったこともあるようだ。そのため条件をこれと揃えた場合のみ、使用を許可する』『使用時間は七月二十三日の正午から四時間』『船を飛行させる以外の目的で使わない』『フレア・カーペンター以外の使用は禁止する』『あくまで王家が貸し出しているもののため、使用後はただちに返却すること』『これらに反した場合、生命の保証はしかねる』・・・・・・やっぱ長いよね?」

「長いな。それに最後の文も怖い」

「つまり俺らが使ったら即刻・・・・・・」

 ひぇー、とわざとらしく騒ぐ彼らを見て、私より子供っぽいな、と思う。いつもあんな感じだ。いつも。

 手紙は裏までびっしり難しい言葉が書かれていたが、最後の方は空きがある。文の周りに余白を作っておけば良かったんじゃないだろうか。そしてほんのりミカンの香りがする。まさか食べながら書いてたんじゃないだろうか。

「フレア、着替えたばかりのところ悪いが・・・・・・」

 所長が尋ねるように言う。

「ん、なんですか?」

「作業着はやめとけ。今から隣国へ行くぞ」

「・・・・・・はい?」

「どうせ許可については大丈夫だろうと思ってな、材木、ペンキ、人手、全部ポリーテイアーで手配したんだ」

 理解が追いつかない。ひゅー所長男前ー、なんてヤジが飛ぶ。話が急すぎる。

「関所ありますよね? 行けるんですか?」

「だから許可を取った」

 またヤジが飛ぶ。私が飛ばしたいのは船だ。それを飛ばすんじゃない。

「よし行くぞ、あと泊まりだからな」

「そんなめちゃくちゃなぁ!」

 持っている服なんてたかが知れている。結局、可愛くもない作業着で出かけた。

 数時間、馬車で過ごすのはひどく退屈だった。所長は馬に乗っている人と話しっぱなしだし、夏に近づいてきたので日差しよけも付き、外が見えない。こんなことなら何か楽しいものを借りてくるんだった。あるのは手紙と、入出国許可の紙と、着替えと、望遠鏡と、どうせ暇だろ、と渡されたタバコとライター。使わない。断じて使わない。

 ずっと同じ体制だと体も痛くなる。その場に寝転がり、ロスからの手紙をしばらく読んでいた。

「はー・・・・・・」

 幸せが逃げる、と彼に言ったこともあったが、こんな狭い中じゃ逃げても跳ね返って戻ってきそうだ。今だけは良しとしよう。

「フレア! 着いたぞー」

 その言葉を聞き、勢いよく起き上がる。やっと国境だ。馬車から降りると、馬車の人が荷物を渡してくれた。

「次も、もちろんタダでいいですよ!」

「いや、いいよ、さすがに次は払うから・・・・・・」

「それじゃ所長さん、また明々後日! 気をつけてくださいね!」

 挨拶をするように、馬がブルヒヒと鳴いた。なんだかずいぶん元気な人と馬だ。

「なんかあったの?」

「ああ、この前会議室を貸しただろ? それのお礼らしい」

「ふーん」

 歩いたすぐ先には、関所があった。反乱が起きてから作られたので、だいぶ簡易的だが新しい。

 エクリプス側の兵は、城で見たものと同じ服装だ。対して向こう側は、武器こそ持っているものの、庶民のような格好をしていた。おそらく、ここの関所はエクリプスとポリーテイアーの反乱軍との境目にあるのだろう。今は停戦しているらしく、国が二つに分かれている。首都も海も革命した側にあるので、ほぼ勝ち負けは決まっている。

 エクリプスとポリーテイアーの両側で確認を受け、初めての土地に踏み入った。

「まだしばらく歩くぞ、足場が結構悪いから気をつけろよ」

「綺麗に見えるけど・・・・・・」

「ここだけだ」

 その言葉通り、カラフルな建物はすぐに見えなくなり、ボロボロの壁ばかりになった。瓦礫の山を人々がどかし、建物の隣にまた新しく骨組みを組んでいる。遠くにあるはずの城まで見えるほど、ここには何も無かった。

「な? フレア、転ぶなよ」

「歩くのは慣れてるって」

 建物自体は全壊していたが、沢山のかけ声が聞こえてきて、悲惨な様子ではなかった。『今度こそ自分たちの国を』は、ずっと前からあるポリーテイアーの標語だ。それに、作業をするときに歌うのは万国共通らしい。

「いいですね、歌。帰るときには覚えちゃいそう」

「お前音痴だろ」

「いいんですよ気持ちがあれば・・・・・・うーみのはってにはなーにがあっるー」

「お前、それを何年歌ったんだ?」

 そんなこと言わなくても。所長は上手いから下手な人のことがわからないんだろう。

「うーん・・・・・・八歳くらいから?」

「聞いたわけじゃないんだよ。あ、ほらあれが俺の家・・・・・・だった場所だな。あれが燃えなきゃエクリプスには来なかった」

 所長の指した方を見ると、何も無い。瓦礫も無い。

「こっち来たのって十年前くらいでしたっけ」

「よく覚えてるな・・・・・・ああ、最初の蜂起でこれと仕事場が燃えて、さすがに逃げたんだ。後から友人や妻も来るはずだったんだが、色々あって留まるしかなかった」

「燃えたの? 仕事場も?」

「かなり燃え広がった。だから反省を生かして、建物の間、ほら」

「ほんとだ」

 隙間が空いている。それに、大きい建物は石の塀で囲われている。どうやら瓦礫の石だけを再利用しているようだ。

 すごいな、と思っていると、急にいい匂いがしてきた。子供が数人、焼いた芋を持ってきている。

「みなさーん、お芋どうぞー!」

「焼きたてだよ!」

 お腹がすいてきた。この匂いだけで、私たちの作った大失敗パンさえも三つくらい食べられそうだ。そういえば、朝何も食べていない。あんまりお腹がすくので、所長の家の跡地に生えたたんぽぽでさえおいしそうに見える。抗議の意味をこめて聞く。

「所長・・・・・・あとどれくらい歩くんですか」

「あそこに城があるだろ」

「はい」

「あの近くにある」

 ゴーン。

 もう十二時のようだ。十二回音が鳴った。

「まあ頑張ることだな。早く着けば早くご飯が食べられるぞ」

「じゃあ、走りましょうか」

「えー・・・・・・」

 俺もう三十七だぞ、と言う声を置き去りに、城の方まで全力で走った。

 街はなかなか刺激的だった。壊れた建物の近くで、談笑する人たち。の、横にある壁に窓の絵。窓に税金がかかっていたからだろうか。屋根にペンキを塗る人。たぶん雨漏り対策。所長もポリーテイアーのやつが一番だ、と豪語していた。エクリプスでも作ってはいるが質が悪いらしい。床屋さんがだいぶ前に失敗していた。

 城がもう間近に見える。さっき鳴っていた音はこの鐘だったようだ。丸太をロープで縛った単純な物だが、音を出す分には問題ないだろう。ふと目線を落とすと、緑の看板があった。

「あっ、『ゼダウコッフ』・・・・・・ってことはここだね! ごめんくださーい! ゼーヴィント・フォーゲルの知り合いのものです!」

 家の中から足音がする。ガチャリ、とドアが開いて、背の高い女の人が出てきた。薬指には結婚指輪。所長と同じ物だ。

「あら、あなたがフレアちゃん? 主人から話は聞いてるよ。ささ、上がって上がって・・・・・・そういえば、彼は?」

「あ、さっき置いてきちゃって・・・・・・」

 さっき来た方を振り返ると、息を切らしながら所長が走っている。

「来ました!」

「来ましたじゃない」

「あだっ」

 何もはたくことはないじゃないか。中年を置き去りにしただけだろう、とぐちぐち言っていると、女の人は楽しそうに笑った。

「ふふ、楽しそうで何よりね。美味しいものも用意したよ、沢山どうぞ」

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