第2話 王家の特権

 そんな十年前のことをなぜ思い出したのか。それは。

「・・・・・・・・・・・・フレア」

「お、お久しぶりです、国王陛下」

 再会。

 この二文字に尽きる。

 ロスがこの地位についているのは知っていたし、私はわかっていて会いに来たのだ。緊張を抑え込むように、両の手のひらをぎゅうと握る。

 私が案内されたのは小さな応接室だった。小さいといっても、城にある他の部屋より小さい、というだけで、豪華絢爛な装飾が施されているし、造船所の寮の個室の三倍はあるように見えた。入ってきた扉も、ロスの部屋に続いているであろう扉も、どちらも両開きで、太陽をかたどったらしい像が彫られている。

 所長に教えてもらったとおり、直角に礼をして、しばらく動かない。

 心臓が早鐘を打っていた。

 ロスは気まずそうに、あー、と一呼吸置いて話した。

「・・・・・・護衛兵、下がれ。お付きが来ても追い返せよ」

「はっ!」

 大きな槍を持った男たちが去っていく。邪魔そうなこと限りないな、と私は頭を下げたまま思った。

 背後の扉から三人の兵たちが出て行き、築何年だよ、というくらい大きな音を立てて扉が閉まる。

 私がここへ来た理由はもちろん、太陽光の使用許可を得るためである。夜の海は荒れるので、船は出ない。昼間しか使えなくても支障は無かった。その上、本当に船が空を飛んだら、一般的な船も太陽を動力にして動かせる、という証明にもなる。絶対に許可を貰って帰る、と私は密かに決意した。

 しかし、もうひとつ気にかかることがある。十年前、失明の丘(と、私は勝手に呼んでいる)で、太陽光を王族以外が使うことを話に出した直後、それはもう大変なことになったのだ。本当に神様がいるのなら、この城に来てしまった時点で詰んだのではないか。残った右目どころか、命まで黒焦げにされそうで、私はヒヤヒヤしていた。

「久し、ぶりだな」

 急に話しかけられ、身をすくめてしまう。きっと今の私は、とんでもなくみっともないに違いない。

「は、い・・・・・・」

 無言が続く。気まずい。床を眺めるしかない。うわーなんだかオシャレー。

 現実逃避はやめよう。なんの足しにもならない。

 ロスが、あーだかうーだかどちらとも取れない声を出し、やっと話し出す。

「・・・・・・普通に、話していいぞ?」

「・・・・・・よ、よかったー! 不敬罪お咎めなしー!」

 勢いよく顔を上げると、ロスの呆れ顔。

 それさえ懐かしくて、思わず泣きそうになる。

「あのね! ロスと会ってない間、色々あったんだよ!」

 ロスの両手を掴み、ぶんぶんと振り回す。手を振り払わないにしても、面倒だ、と彼の顔は雄弁に物を言う。

「様をつけろ、アホ! 誰が聞いてるかわからないだろ!」

「人払いしてたじゃん」

「どうだか・・・・・・下手すりゃお前、何がとは言わないが、飛ぶぞ」

 もちろん物理的にな、と彼はイタズラっぽく囁いた。そんな調子で言うようなことではない。断じて。

 ひとつの難関をなんとか潜り抜け、どっと疲れが襲う。まだ朝だが、三日徹夜したときのような疲労感がある。用意されていた客人用らしい椅子に座り込む。ロスも、向かいのひとまわり豪華な椅子に腰を下ろす。

「お前、変わらないな。昔のまんまだ」

「そんなこと言うならロスだってさぁ・・・・・・」

 ロスの目を見て話そうとしたが、真正面を向いても肩しか見えない。見上げるのが悔しいので、そのままの目線で話を続ける。

「今ね、造船所で働いてるんだ! 本当に船作ってるんだよ!」

「知ってる、王城訪問届で読んだ」

 あれ読まれてたんだ。というかロスが読んでたんだ。なんだか小っ恥ずかしくて、ごまかすように机の上の紅茶に手を伸ばす。

「所長たちは釣りもできるんだけど、私は全然出来なくて、あっ紅茶おいしい、お菓子ミカンだ、ロス・・・・・・様、こんなに美味しい物をありがとう」

「様はいらない」

「他の大抵のことは一回やればできるんだけど、釣りはだめだったんだよ、甘い、おいしい、今度ロスにも挑戦して欲しいんだけどさ、近くに釣具屋さんがあってさ」

「一回落ち着けよ」

「猫がそこに住んでて、魚あげられないから嫌われてるの私」

 ほら、と手の甲を見せる。

「落ち着けよ」

 ぺし、と手首をはたかれる。口を引き結び、ロスを見る。

「私はいつも落ち着いてるよ」

「俺の記憶違いかな?」

 彼は足を組み、わざとらしくおどけてみせた。

 全くもって言い返すことができないので、思い出したかのように話題を変える。

「そういえば、太陽光の許可証持ってきてたんだった」

「・・・・・・そういや、そうだな」

 ロスは紅茶のカップを持ち上げていたが、コトリと小さなお皿の上に置いた。

 足元に置いたカバンを漁り、一枚の紙を取り出す。ひらひらしていて心もとないそれを低い机の上に乗せる。なぜ椅子の座面よりも机の方が低いんだろうか。私は足を揃え、身を乗り出して言った。

「この許可証にサインをください!」

「だめ」

 一刀両断。眉間に皺が寄っている。

「昔も言った気はするが、革命に繋がるんだ。隣の二の舞にはならない」

「そんな冷たいこと言わないでさ! 図面もしっかり書いたんだって!」

 三枚の紙を許可証の隣に置く。

 一枚はざっくりとした思いつきで書いたもの、二枚目は所長が設計図に起こしたもの、最後の一枚は私が清書したものだ。所長の字は読めない。

 ロスはそれを手に取り、しげしげと眺める。

 彼がそうしている間は暇だったので、あたりを見回す。応接室は机と椅子以外に何も無く、余計に部屋を広く見せていた。無駄に高い天井から、白いガラスに囲われたシャンデリアがぶら下がっている。この部屋の真上が太陽光を集めて電気にする場所らしいので、ここが最初に電気が届くところなのだろう。あとは扉と窓しか無い。すりガラスから午前の光が優しく差し込んでいる。そういえば城の窓は全てすりガラスだったな、と思い出した。

 ロスはすでに一枚目を読み終えたようで、二枚目の紙を持つ。首を傾げ、くるくると紙を回していたが、設計図の向きはそれであっている。

 しばらく紙を手の上で遊ばせていたが、どうやら諦めたようで彼は三枚目の紙に手を伸ばした。

 私は奥歯を噛み締めて笑いを堪えていた。このままだとまずい。もうひとつお菓子を取り、口へ放り込む。が、粉っぽくて咳きこんでしまう。彼はちらりとこちらを見たが、すぐに手元へ目を落とした。甘い粉を飲み込むために、紅茶を飲み干す。紅茶は冷えていて、少し酸っぱい。

 結局やることがなくなり、空になったカップを置いた。

 ロスが設計図を机に戻す。

「読んだ。見た感じだが大きな問題は無さそうだな」

 私は次の言葉に期待を込めて尋ねる。

「と、いうことは」

「だめ」

 わずかな期待はしっかりと断ち切られた。握り拳を作り、叫ぶ。

「問題無いなら飛ばしていいじゃん!」

「訂正しよう。飛ばすことが問題なんだ。最近隣国の革命が成功して、そういったことに前向きな風が吹いてきてる、この国でもだ。民衆が力を持ち、太陽光を使い、太陽に認められたと捉えられるに等しい行動は認めるわけにはいかない。船に問題は無いし、お前なら絶対飛ばせる。これこそが大問題だとさっきから言っている。お前の噂は王城にまで届いてるぞ。もちろん国中にも。民衆たちはこれをシンボルのようにして一斉蜂起へと繋げるだろう!」

 ここまで一息で言って、カップを乱暴に掴み中身を空にして、机にため息と共に置き直す。

「まあ、そんなわけだ。何か、反論は?」

 一言に対して百返された。途中から何も入っては来なかったが、大反対されていたことだけは分かる。

「・・・・・・えーと、どうにかならない?」

「護衛兵!」

「ロスーッ!」

 ロスのロさえ言い切らないうちに、十人ほどの兵がやってきて、私の肩を引っ掴んだ。

 背中から椅子を超え、転がされるように扉へ引きずられていく。

「ロスロスロスーッ!」

「なんだよ」

「その紙あげるから、考えといてください!」

 呆れ顔の彼を最後に、私は廊下へと放り出された。盛大に音を立てて扉が閉まる。扉の両脇に立っている二人の兵士が、直角を超えて深々と礼をした。

 肩から手が離れる。

「門までお送りいたします」

「あ、ありがとうございます」

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