三十代童貞こどおじがコンカフェ嬢にのめり込んだ話(フェイクを交えた実話)
@hikarabi-bororo
第1話 甘美との出会い。苦しみの始まり。
某年、某月。ある春の日。
思い返せば、この日が甘ったるい地獄の日々の始まりである。
連休の前日である上に当日の仕事が普段では考えられないほど早くに終わった私は、平時では物理的に参加の不可能な時間に開催されるTCGのイベントに参加し、翌日に計画している一人旅に思いを馳せながら帰路についていた。
その道中で、コンカフェの呼び込みに捕まった。
俗に言う「お散歩」中の嬢に声をかけられたのである。
一目でそれと分かる可愛らしい身なりをした彼女は、お店の広告が入ったポケットティッシュを私に手渡すと「コンカフェいかがですか」的なことを言った。
ここで軽く私自身の当時のスペックに触れさせていただくと、酒と煙草を嫌い、女遊びをしたことのないチェリーボーイである。
TCGのイベントに参加、という時点で多くの者にはお察しだっただろうか。これで三十代というのだから、「終わってる男」のレッテルを貼られても否定のしようがない。
さて、他の童貞諸兄や普通の男性たちがどういう価値観を持っているのかは知らないが、私はかねてより「女性に相手をしてもらう」タイプのサービスを受けることは汚らわしいことだという考えを持っており、自分には縁遠いものだと思っていた。
一応付け加えさせていただくのならば、そういった世界にいる男女のことを悪く思っていたわけではない。昔、アメトーーク!で見た「デリ良い話」ではケンコバ氏の話を心から楽しく視聴させていただいたし、所謂風俗と呼ばれる仕事に従事している方々に対しては、自分の勤める会社の頭の悪さや給与の低さを思っては劣等感を感じるほどだ。
あくまでも、「そういった世界に接点のない自分」が好きだったのだろう。
そんな彼女いない歴イコール年齢な私であるが、自身の生活の中に、女性と接する機会があまりにも少ないことに対して嘆く気持ちがないわけもない。
はっきりと言わせれもらえば「女性に相手をしてもらう」サービスを受けることに対して並々ならぬ憧れがあったことも事実だ。
実を言えば、コンカフェの呼び込みに捕まるのはこれが2度目であった。しかしその時は「思いもしない世界への突然の呼び込み」であったため、また、他に行きたい食事処があったため、その誘いを断っていた。
だが、その時から「呼び込みされたい欲」は高まっていた。自ら足を踏み入れる勇気はないけれど、呼び込みに誘われるかたちでの入店ならば抵抗なく入店できるのではないか、という期待である。
そして、そういった心の準備のガン決まった私に声をかけたのが件のコンカフェ嬢なのである。
ファーストインプレッションは、恥ずかしながら既に覚えていない。
とにかく背の高い女性だと思ったのは確かである。
いや、私がチビなのだ。よくTwitter(現X)で四つのメリットとデメリットを含有する錠剤を選ばせる四択を目にするが、そこでデメリットとして挙げられる身長よりも低い。
対する彼女は確かに女性としては高身長な部類なのだろうが、最近の若者の中ではさして珍しい高さでもないのだろうと思う。
私が少し考える素振りをした後「あ、じゃあ行きます」とテンション低めに応えると、彼女は驚きと喜びの入り混じったような反応を見せた。
あれよあれよと言う間に店内に連れ込まれると、私はカウンター席に座らされ、彼女はその正面に立った。
店内は薄暗く、懐かしいアニソン歌手の歌が流れていた。店名は伏せるが、その店名からしてそういうダークなコンセプトであった。
「こういうお店来るの初めて?」
彼女は「こはく」(仮称)と名乗ると、そう聞いた。
「はい」
緊張気味に応える。お店のシステムどころか何が起こるかも見当がつかない私は、それはもう緊張していた。
彼女は「初めていただきー」的なことを言うと、料金システムを説明してくれた。アルコールかノンアルコールのドリンクを選び、それに応じて30分ごとに料金が加算されるシステムで、料金表には他にもいろいろと書いてあったものの、それらの説明はされなかった。
職業を聞かれ、次いで年齢を聞かれた。
「もう三十代ですよ」
私は嫌々に答えた。年齢を聞かれるのは嫌いだった。
これは自慢でもなんでもなくむしろ自虐だが、私は実年齢よりもかなり若く見られるタイプの人間だ。それは見た目が若々しい、というのも有りはするだろうが、自信のない振る舞いがそう見せるのかも分からない。
常々、私が年齢を明かすと、それを知った者はいきなり態度を改めるのである。言うまでもなく、自分より年下だと思っていた奴が年下だったから、あるいは第二新卒ぐらいに思っていたら意外と歳いっていたからである。
私はそれが嫌で、だから今回も声のトーンを落として答えたのだった。
やはり彼女は少し驚いたような反応をして、次に「恋人いるんですか?」と聞いた。
「いません」
「今までには?」
「あー、いや、いないですね」
みっともない告白をすると、彼女は
「じゃあ童貞さんだー」
笑って言った。
不思議と、嫌ではなかった。
それはなにも、若い女性の口から「童貞」という単語が出てきたことによる興奮があったから、という変態的な理由ではない。
私がコンプレックスとして抱えている、できれば誰にも知られたくなかった事柄に、あっさりと、軽く触れてくれたことによるある種の安らぎ、安心感であった。
ああ、この人にはもう三十代童貞ということを隠さなくて良いんだ、という解放感である。
その後、私がソフトドリンクを飲んでいる間も、こはくさんは付いてくれていた。
当たり前にコミュ障である私は正面の女性の顔を見ることのできるはずもなかったのだが、それを察した彼女は「目、見て」と注文した。私は照れながらもそれに応えた。
さすがコンカフェで働くだけはある、大きな目の可愛らしい女性。女性経験の無い私にとって、女性の顔、ましてや目などは、見ることの許されないものである。見たら失礼にあたるものである。
それを、他でもない本人から見るように請われ、そしてこちらを見つめてすらいる。
耐えられず目を逸らした。彼女は笑い、再び見つめるように言った。
仕事の話や彼女の学業の話が弾み、私が笑顔を見せると彼女は「笑ったほうが良いよ!」と言った。私はそれまで、無自覚に仏頂面であった。
こはくさんはTwitterに上げた自撮りの写真を見せて、「これ私だよ」と言った。加工され盛られた彼女の写真は別人のように見えたため、私は素直に「え、ほんと?!」と反応した。
彼女は冗談めかしながら、怒ったようなことを言った。私には間違いなく別人に見えていた。
写真の女性よりも、こはくさんは可愛らしく見えていた。
30分はあっと言う間だった。
最後にこはくさんは私にTwitterをフォローさせ、自身を推すようにねだった。いや、半ば命令だった。
私は素直に、推しますと答えた。
心から彼女を推そうと思ったからではなかった。
勢いに負けたのだ。
しかしそれは約束だった。
この文章を書いている今現在まで続く、呪いのような約束だ。
約束は破ってはいけないものである。幼少時からずっと「良い子」だった私には、その約束を反故にすることはできなかった。
彼女は、彼女を推す上でこうも要求した。
「私の投稿には毎回いいねをつけること」
「他の子のところには行かないこと」
正直に言おう。
女性に束縛されるその気配は、女性に飢えていた私にとってあまりにも心地の良いものだった。
彼女が言った言葉は、誰にでも言ういわばセールストークであることぐらいは分かっているつもりだった。
本当にその約束を守らせる気などないのだろう、ということぐらいは分かっていた。
だが、それでも、彼女が私にかけた縄は、あまりにも心地よかったのだ。
次回、2度目のコンカフェ。誤爆。
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