第17話

 うん、胸の傷もいい感じ治ってきた。胸には爪の跡が残ってるけど、どうだ? なんか猛者っぽくていいんじゃないだろうか。痛かったので二度目ごめんだけど。


「兄貴、今日から復帰します」

「そうか」


 ルーカスも数日して完治したようだ。あの後に傷口から感染したのか熱が上がって回復まで時間を要したけど無事に戻ってこれてよかった。

 復帰後なので軽めに森の中を走り回る。あれからあんこを母親のように慕ってべったりの子熊も一緒だ。


「兄貴、ご迷惑おかけしました」

「謝るのであれば整理はついたのか?」


 走っていた足を止めて、子熊とあんこをモフモフしながら話を促す。


「言いつけを破って森に出たこと、食べる訳でもないのに魔物に手を出したこと、すみませんでした」

「付け加えるのであれば、エレナに迷惑をかけたこと、この子熊から親を奪ったこと、俺が預かることにはなったけど、ルーカス。お前にも同じように業は背負ってもらうぞ」

「はい」

「特にエレナのことは居て当たり前なんて思うな、大事にしてやれ」

「はい」


 わかっているのか、わかっていないのか。まぁ日本で言えばまだ中学生だ。

 失敗して覚えることもあるだろうさ。


「命は一つだ、慎重に行こうぜ」

「兄貴はなんであんなに強いのに、俺をこれまで殴ったりとかしなかったんですか? 親父はもっと殴ってきました」


 暴力的というか、言うこと聞かない子には鉄拳制裁で愛情表現をしていたのかな。


「俺は暴力が嫌いなんだよ。ルーカスの親父さんの教育方針もこれからお前が親になった時の教育方針にも口を出すつもりはないけどさ。俺は殴ったりとかじゃなくて話してわかるならそれでいいって思ってるんだ。結果的にルーカスが増長することになったのは俺の責任だ」

「兄貴の責任だなんて、俺のせいです」

「結果はそうなんだけどさ、俺は師匠なのにお前を導いてやることができていなかった。俺の責任もない訳じゃない」


 軽くルーカスの頭を撫でてやる。


「ルーカス、今の気持ちが初心ってやつだよ。俺いた国にはさ初心忘るべからずって言葉もある。謙虚に今の気持ちを忘れないで鍛錬に励むんだ」

「はい!」


 返事だけは元気だな、半分くらいでも理解してくれてると嬉しいが。

 家に戻るとマーロさんがちょうど家から出てくるところで鉢合わせした。


「おう、アルデン、バッチリなタイミングだなちょっと待っとけ」


 なんだと困惑していると、家の中から毛皮のマントを取り出してきた。

 これは母熊の毛皮か?


「火月あたりだと厳しいがそれ以外の季節なら快適に使えるはずだ。余った皮は加工費と思ってくれよな」


 かっこいい! 真夏は厳しいだろうけど確かにそれ以外の季節なら使えそうだ。

 狩った獲物をマントにするなんてこれぞ狩人って感じがしていいな。


「サイズもちょうどよいです! マーロさん、ありがとうございます」

「いやいや、こっちも儲けさせてもらったしな」


 儲けが出てるのか! 仲介業者であるマーロさんに基本お願いしてるもんなぁ。

 今の衣食住がババア持ちだし、金が必要ないからいいちゃいいんだけどさ。少しはお金が欲しいなぁなんて思ってしまう。


「ルーカスも復帰したのか! よかったな」


 ぐしぐしと乱暴にルーカスの頭を撫で回して、帰ってしまった。

 帰る間際に薬師殿も今回は自分の目の届かない場所にいたもんだから心配していたぞと声をかけられたが、あのババアが心配? うっそだぁー。


 新品のマントをエレナやルーカスに見せびらかしてルンルンしていると、ババアにちょっと来いと呼び出されてしまった。

 リビングではなく薬草の調合小屋だったので二人には聞かせたくないような話なんだろうか。


 いつものキセルに火をつけるとプカプカと煙草をふかす。

 ババアの吸う煙草は自家製で特別なブレンドをしているらしく、直接吹きかけられば煙いが不快な匂いはしない。体には害はないってことはないそうだが、配合する分量によっては精神を落ち着けたり、怪我をしていたら痛みや感覚を和らげたりという効能の物も作成ができるらしい。

 お香でいいじゃんって話をしたら、直接吸うのと空気中にあるものを吸うのでは効能が違うと話をされたが、結局お香作りも試していた。俺にも発案者としての権利を求む!


 

「それで話とはなんですか?」

「良い話と悪い話がある、どっちから聞きたい」


 よくあるやつー! どんな話だろうか? やっぱり嫌いなものから食べるタイプの俺としては悪い話からかな。


「悪い方でお願いします」

「そうさね、ヴェルガリア帝国が勇者達の召喚を発表して、これは神が我が国が世界を統治しろという天啓であるって宣言があったよ。まだ宣戦布告という段階ではないけどね、実質は同一のものだよ」


 ついに勇者様達のお披露目を各国に行ったわけか。

 クラスの連中で好戦的ではなかった連中は大丈夫だろうか。結衣も前線に出てくるのだろうか?

 いや、彼女は回復魔法のエキスパート、僧侶のジョブを持っていたし、前線に出されることはないさ、大丈夫だ。


「直ぐに戦争になるんですか?」

「いや、あっちだった戦わないで済むのであれば、戦いをしないだろうしね。まずはこれだけの戦力があるんだぞと話をして降伏、属国化の話をしてくだろうね」

「この国は大丈夫なんでしょうか?」

「さぁねぇ」


 そんな悠長に構えてて大丈夫なのかよ。

 

「うちの大公様も馬鹿じゃないさ、それなりの対策はするだろうし、私ら東側を治める辺境伯は特に有能だからね。そうやすやすと負けるってことはないさ」


 結構軽く話してるけど、戦争だぞ?


「あんたの世界ではどうだったかしらないけどね、戦争なんてどこかしろで起こってるもんだよ。それが大々的なものになるか小規模になるかの違いだけだよ」

「俺の世界でも戦争はありました。でも俺がいた国は平和で戦争に参加することなんて近年ではなかったんです。この村は大丈夫なんでしょうか?」

「男衆が集められることはあるだろうけどね、こんな辺境から回り込む方が軍隊にとっては負荷がかかる、絶対とは言わないけど比較的には安全さね」


 戦争が起こる。必然的にクラスメイト達も巻き込まれるってことを教えてくれたのか。

 俺はどうする? 戦争に参加して彼らに会いに行くか? いやいや、会ってどうする。どうにもならないじゃないか。


「良い話ってのは一番北にある中規模国家、ヴァル王国に一人の勇者が亡命したって話だよ。極秘の話だから下手に話すんじゃないよ」


 どこからそんな話を持って来てるんだよ。怖いババアだ。


「名前とかはわかるんですか!」

「いいや、わからないよ。ただユイ? だったかね、その名前ではないのは確かだよ」


 気にかけてくれてたのか、でも結衣ではないのか。

 亡命をできたってことは、帝国に従うのを嫌がってる奴はいるってことだ。そいつに接触できれば帝国の現状がわかるかもしれない。


「お前のことだ、亡命者と接触できるのか考えているんだろうね」

「はい」

「ふん、今はやめときな」

「今はですか?」

「力が足りない。アルデンのように馬鹿なことをしなければ帝国で勇者が簡単に死ぬことはないさ、まずは力を蓄えながらこれから先、どうしたいか考えな」


 これから先。確かに亡命者に会ってどうする? 俺はどうしたい。結衣と会ってどんな話をするんだよ。

 



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