第5話

 もうダメ、私壊れちゃいそう。弓の訓練が始まって更に二ヶ月、この家に来てトータル、五ヶ月がもうすぐ経過しようとしているが、心が折れそうになる。

 あんこの肉球をプニプニしたり、ほっぺに当てたりして癒しの時間を楽しむ。

 義手の摩耗も早いし、生身の手についてはカチカチだ。何度も弓を引いたり、鉄の棒での素振り、それなりの太さの木をナタで切ったりで、熟練の戦士のような手のひらになっている。

 たまにババアが渡してくれる軟膏の効果もあって、手を怪我することは幸いにしてない。

 こんな訓練させやがって、ババアは俺をどうするつもりなんだ。

 何を聞いても黙って取り組みな! の一点張りだ。マーロさん曰く、口下手な方だから仕方ない。でもあの人も考えがあってやらせているはずだから、まずは頑張ってみろと励ましてくれたりした。嬉しい。


 俺だってバカではない、魔法の適正がなかった俺のために、他の選択肢を増やしてくれているのだろう。

 それでも話し方や伝え方があるのではないだろうか? これでババアではなく、ツンデレ美少女だったら俺のやる気だってもうちょっと出るんだけど。


「アルデン、何を不貞腐れてる? 今日は待ちに待った、狩の実践だぞ」

「キタコレ!」

「きた? まぁいいか。今日は練習用の弓や矢じゃないから壊すなよ」


 ロームさんと家を出発して、森の中に入っていく。ハンティング! 今宵の俺は血に飢えているぜってわけでもないけど、これだけ訓練しているんだ、実力を確かめたいとか、狩りをしたいとかは多少思ってもいいだろう。最終的に美味しくいただくわけだし。

 

 ただこの世界に来て、いわゆる魔物を見たことはまだない。

 森の中を走っていれば、動物っぽい足跡を見たりとかはあるけど、ババアが作成した香のおかげなのか、これまで遭遇したことはない。

 今日はそのお香もなしで森に入る。ロームさんには注意事項を説明されて、ダメなら見捨てる。逆もしかりでダメそうなら見捨てろとかなりヘビーな話になっている。


 ロームさんが先頭を進み、魔物の足跡を見つけると木に登って辺りを見渡す。

 木々が生い茂ってるの視界は良くないはずだが、熟練の狩人であるロームさんは獲物を見つけたらしい。


「静かについて来い」


 頷いてロームさんの後を追う。途中でハンドサインで止まれと合図される。

 見つけたのかと様子をみようとした、その瞬間、ロームさんは弓を即引いて放ってしまっていた。

 見つけてから弓を引くまでがとても早い。


「やったぞ」


 初めての狩りの同行だったが、あまりの速さに唖然としてしまった。これが本職の狩人かよ。

 倒れていたのは鹿に似た魔物、そこらへんの野山にいたり、動物園にいるのは違う鋭く巨大な角を持っており、二メートルはある巨体だ。こんなのと正面から戦ったら勝てる気がしない。


「ストームホーンだ。群れではない個体を見つけられたのはあんこのおかげだよ」


 あんこ! お前、散歩気分でロームさんと一緒に走ってるだけかと思ったら仕事してたのか!

 一番何もしてないのは俺だけだな。


「血抜きをする。手伝え」

「は、はい!」


 血抜き、解体、吐きそう。だめ吐いちゃう。


「だらしねえなぁ」

「ごめんなわぁい」


 ロームさんが手早く血抜きをして、肉の部位ごとに手早くカットしていく。

 背負子にカットした肉を縛るようにして乗せていく。それでも大半が余ってしまうが、ここまでの大物で二人しかいないと全部は無理とのことで、結果的には穴を掘って、埋めることになった。

 掘り返されることもあるが放置しているよりはマシとのこと。


 大物が取れてしまったので今日の狩は終了、この背負子といい、もっと効率良く獲物を運べればいいのにな。ババアみたいに収納魔法を使用できる人がいれば別なんだろうけど。

 ババアが直接、魔法関連や薬草、魔道具作成も教えてくれないので、自学だけでは進捗はいまいちだ。

 とりあえずは魔道具の勉強だけを続けている。やっともらった本は読み終わった、半分は銀盤を作成する時の辞書のようなものだった。


 炊飯器の銀盤も勝手に見てみたが回路が複雑で火や水の紋章が重なりあっており、実に複雑である。

 確かにこれは掘るだけでも一苦労しそうだ。

 家電ってなると仕組みも複雑となってくるんだろう。

 ドライヤーなんて作ろうと思ったらこれも更に複雑となってくるが、この原理は炊飯器などよりはシンプルで熱と風が再現できれば完成る。あとはスイッチ関連だけど、銀盤を作れたとしても俺では側の作成をできないな。


 翌日の二回目の狩りにも同行する。今回もあんこと一緒だが大物ではなく鳥やウサギ系の小さい獲物から始めたいとなんとかマーロさんにお願いをした。彼も狩人であるからして飯の種が取れないと困るとのことであったがこちらには、探し物の天才であるあんこがいるのだ。問題はない。

 狩人の訓練で自分以外に頼るのは良くないのかもしれないが、俺は狩人ではなく召喚士なのだ。


 あんこが先頭を行き、時折振り返りなが鼻先で行き先を誘導してくれる。


「ちょこちょこ歩く姿が可愛いなぁ」


 おっさんがだらしない笑顔を浮かべているが、わかる! 実にわかるぞ! 優雅に揺れる尻尾も素敵だろ思いませんか?

 あんこが何かを見つけたと合図を送ってくれる。茂みから覗き込むと大きなウサギが二匹いた。カピパラくらいの大きさはありそうだな。


「ミスティコットだ。毛皮が上質な珍しい魔物だよ、ぐぬぬ、俺が狩りたい!」

「俺の練習なんですから、やめてくださいよ」


 弓を弾きしぼり、矢を放つ。奇襲で落ち着いた狩りができたおかげもあり、無事に仕留めることができた。ババアと俺が食う分の肉だけ頂戴して、毛皮と残りの肉はマーロさんの物だ、授業料も含まれてのことだから仕方ない。


 次に見つけたのは孔雀くらいの大きさの鳥、フェザーフォールという鳥らしい、これもレアのようであの羽も集めて布団などにすればとても暖かいらしい。

 一矢目を狙ったとこに当てられなかったが、二矢目でなんと仕留めることができた。


「あんこは可愛いだけではなく、凄い犬だな」

「そうでしょう、そうでしょう」

 

 おっさん、少しは弟子である俺の腕前を褒めてもいいんじゃないのかな?


「これなら次は独り立ちの試験でも問題ないな」

「早くないですか?」

「思った以上にあんこが優秀だったこれなら、狩人が半人前でも問題はない」


 それって遠回しに俺をディスってます? まぁ、相棒の力はイコールで召喚士である俺の力だ。あんこの実力に感謝しつつ、卒業試験に挑ませてもらおう。



 

 

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