縫い合わせ



ちょきり、ちょきり。


私は目が見えません。


十の頃から見えません。


けれど私は仕立て屋です。


其れでも布を切ります。切って、縫います。


見えずとも私には出来上がった物が想像出来て仕舞うのです。


さくさく、さくり。


柔らかな布が触れる感覚が有ります。


指先に力を込め、刃先を深く差し込みますと、するりと其の繊維が断ち切られるのを感じられました。


非常に薄く滑らかです。


私は其の感触が好きなのでした。




と或る日、私は仕立ての依頼を受けました。


然し頂いた其れは何時もの様な布では有りません。


上質な物なのだとお客様は仰います。


其れでは特に真心込めて仕立てましょう。


ぬるりとした何時もとは異なる感触。


ぐちょぐちょ、ぶつり。


重く固い布で御座います。


私の着物に何かが溢れるのが分かりました。


湯呑か何かに腕が当たりましたのでしょうか。


べとべと。


生暖かい液体です。


果たして此れは本当に布なのでしょうか。


鋏の切れが悪くなって参りました。


其れでも私は仕立てなければなりません。


ぎち、ぎち、鋏が引っ掛かります。


其れでも断ち切って仕舞いましょう。


ぐさり、ぐさりと糸を通します。


お客様の望む儘に。




仕上がった物はお客様へ。


素晴らしい出来と褒めて頂きました。


或れが何で在ったとしても私には関係など有りません。


私は盲目の仕立て屋です。


十の頃から、見えません。


全てはお客様の望む儘に。



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