第5話 肉祭り
「なんだよ。それでなにも調べずに帰ってきたってのか? 俺がいなきゃやっぱりダメなんじゃねえか?」
目立ちすぎるからという理由で留守番をさせられていたネビルは、艦橋でバレンシアたちから話を聞くなりヤレヤレという調子で煽ってきたのだからバレンシアもすぐに沸点に到達した。
「バカ言ってんじゃないよ! あんたが出て行ったってなんにも変わりないさ!」
「まぁまぁ落ち着けって。な? 今さら悔いても仕方ねえんだから。今は落ち着いて対策を立てようぜ」
「ムキィーッ!!」
「煽るのはそこまでにして真面目に考えてくれない?」
アルフィンにたしなめられフムと頷き腕組みをしてネビルは考え込んだ。
「まず価格問題だが……帝国が占領まではいかないが、経済を混乱させてあわよくば内乱に持ち込ませようって腹づもりが見えそうだな。内乱が起きたら反乱軍を支援して傀儡政権を立て、そのうち占領って手段だろう」
「やっぱり……」
自分の読みが当たりユクシーは小さく拳を握り締めた。
「問題はこの価格高騰だな……。需要と供給が合ってなくて、そこでバランスが崩れたわけだ。帝国だけが値引き商品を売っていると、反乱の火種になりかねんぞ」
「クラウツェンが潰れようがどうってことはないが、帝国にやりたいようにされちまうってのが気に入らないねえ……」
「あはん……それに、精霊の腐臭がするのが気に入らないですねぇ……」
「精霊の……腐臭?」
聞いたこともない言葉に誰もが首を傾げながらベル・シーを見た。注目を浴びたベルは、あらあら嫌だわ的な笑いを浮かべた。
「皆さん、お気づきになりませんのぉ?」
「無理だ。私らは精霊使いじゃない。ボブは?」
「なんか臭いな……とは思うのだ」
「つまり、魔法使いには気づけるってことか……。どう感じるんだ?」
ベルは困ったように辺りを見回し、城壁の奥の街を指さした。
「あそこから臭いますわねぇ……。それと、怒りの精霊たちが飛び回っていますわぁ……」
「怒りの精霊……。物騒な話だな」
「ええ……。だから、この街のエヴァンゲリストたちに精霊の声は届いていないはずですねぇ……」
「精霊の声の伝導師なのに精霊の声が聞こえないとは……。生臭坊主もいいところだねぇ……」
「つまり危機的状況になっても、今は奴らに精霊は囁かないということか……」
「そうでしょうねぇ……」
クラウツェンは、想像以上に問題を抱えていると言ってよい状況だった。
経済音痴の人間が首長となり、街の指導者になってしまった結果、物価高騰を引き起こし飢餓がはじまろうとしていた。そこにつけ込むように帝国が暗躍している。
精霊の腐敗臭が漂い、精霊の言葉をエヴァンゲリストたちが聞き取れなくなっていると想定される。
さらなる問題点は、西方諸島王国がなんらかの暗躍を開始していることだ。
「さて、どうする? 俺たち賞金稼ぎの仕事じゃねえが、カダス商会としては稼ぎ場でもあるぜ?」
ネビルに結論を促され、バレンシアは腕組みをして唸りはじめた。
「さっきも言った通り、帝国に我が物顔されるのは面白くないね……」
「なら、邪魔するしかねえね」
「でも、どうやってさ?」
「お前商人だろう? 商人には商人の戦いってもんがあるだろ?」
バレンシアはネビルがなにを言おうとしているのか分かっていた。分かっているが、その方法を採って果たしてついてくる人間がどれほどいるか分からないのが問題だった。
「一か八かの賭けだね……。ガリクソン! 直ちに離陸。転進してケープ・シェルに戻るよ!」
「イエス・マム!」
傍らで黙って話を聞いていたガリクソンは、名前を言われるや敬礼し、出航合図のサイレンを回した。
その音を聴いて、艦内にいた船員たちが慌ただしく動き始める。
ドラグーン・バリシュは離陸し、空中で転進してケープ・シェルへと進路を取った。
そして三日後――
クラウツェンの見張り台に立つ兵士たちに緊張が走った。
南部のケープ・シェル方面からドラグーンが船団を組んで飛来してきたのだ。
「先頭はカダス商会の旗を立てたバリシュを含む四隻。その後ろの船には、いくつもの商会旗がたなびいています!」
「あのカダスの跳ね返り女め! いったいなにをたくらんでいる!?」
警備隊員たちは臨戦態勢を取って身構えたが、基本、商会旗は戦闘艦ではなく交易船であることを示す意思表示だった。ドラグーンで商品輸送など輸送コストを考えると割に合わない気がするため、その動きになんらかの策謀があるのではと勘ぐったのである。
だが、彼らはただ単にコストよりも速度を優先しただけだった。
駐機場にゾクゾクと着陸するケープ・シェルのドラグーンに、管理局から管理官たちが大慌てで跳びだしてきた。
「いったい何事ですか?」
「商売にきた。ただそれだけさ」
地上に降りたバレンシアは喰ってかかってきた女性管理官にそう告げると、一八機のドラグーンの駐機料と市場の利用料を訊ねた。
一八機の市場の利用料金と聞き管理官は目を白黒させながら計算を開始し、その間にもバレンシアは後ろの船員たちに合図し、駐機場脇の街道沿いに屋台を組み立てはじめさせた。
「な、なにをしているんですか?」
「商売だって言っただろ? 市場に行くのが面倒だから、ここでやらせてもらうよ」
「そんな無茶苦茶な!」
「全市民が餓えるよりマシだろ? 街を救いたいなら協力しな!」
バレンシアの男前な発言に気圧され、女性管理官は頬を赤らめつつ頷き、それを見てバレンシアはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「いい子だ」
「お嬢。ここで焼いちまっていいかい?」
「バネッサ! 外じゃ
「はははは。悪い悪い。あたしにとっちゃ、お嬢はまだまだお嬢だからね、姐さん」
そうバレンシアを子ども扱いした女――バネッサは、身長が二メートルはある魔族の女だった。腕の太さだけでもバレンシアの太ももくらいはありそうで、いかにも戦士という体つきなのだが、なぜかエプロンをつけていた。
「カダス商会の女性って……みんな胸が……」
思わずアルフィンがそうもらし、自分の胸を見て項垂れたが、その様子を見たバネッサは大笑いしながらアルフィンの背中を叩いた。
「なぁに、お嬢だってあんたくらいの年頃の時にゃちっちゃかったさ。たんと肉を喰え、肉を!」
そう言うが早いかバネッサは、下ごしらえしてきた肉を屋台で焼きはじめた。肉を焼く匂いが煙りと共に漂いはじめると、それを待っていたボブが微風の魔法で街に向かって散らしはじめた。
同じように様々な屋台が組まれ、煮物や焼き物の料理が作られていく。
それらすべての匂いがボブの微風によって街に流され、漂っていった。
匂いにつられて人が一人、二人と城門の外に現れ始めた。そして立ち止まり、様子を窺いだした。
それを目にしたバレンシアは、メガホンを口元に当てて叫んだ。
「さあ、ケープ・シェルからの商隊の到着だよ! 五〇倍の価格なんて糞食らえだ! あんたたちが三ヶ月前に買っていた物価にほんのちょっと輸送費を足しただけの上乗せ価格で商売するよ! 小麦だって腐るほど持ってきた。そのまま喰ってもよし、畑にまいてもよしだ! なくなったらケープ・シェルからまた来るよ!」
その声に半信半疑の顔をして、人々は屋台に群がってきた。
辺りにはもうパンを焼く匂い。肉を焼く匂いが立ち込め、食欲をそそる匂いで満たされている。さらに値札は三ヶ月前の価格よりわずかに高いだけの両親的な価格だったから堪らない。匂いと価格につられて人々は屋台に殺到した。
「はいはい。おちついて! 食べ物はたんとあるよ!」
マンガ肉のような豪快なワイルドボアの肉焼きを作りながら、バネッサが店の前に並ぶ人たちとやりとりをはじめた。彼女だけでなく、大小様々な屋台で威勢の良い取引の声が飛び交いはじめた。
料理を受け取った人は邪魔にならないような場所を探し、座り込んで食べ始め、その味付けに思わず笑みをこぼした。
美味しさに涙ぐむ者もいた。
食事で満たされる人々の笑顔を見て、バレンシアは自分が行なったことが間違いではなかったことを理解し、満足そうに頷いた。
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