第7話 sideアンディ その時と場所までは指定していない
アンディ・ウォンバードは、己が天才であると自負している。
必ずや将来、偉業を成し遂げるはず。
その才能を伸ばすのは、ウォンバード男爵家のためであり、そして人類への貢献だと硬く信じていた。
だから努力を続ける。
知識をため込むだけでなく、それを実際に使って体に覚えさせるのは重要だ。
ゆえに毎日毎日、不出来な兄へ攻撃魔法をぶつける。
実に楽しい特訓だ。
悲鳴を上げながら逃げ回る兄を追いかけ回して、燃やしたり電気を流したりするのは最高だ。
自分の魔法の威力が上がっていると実感できる。
兄を生贄に鍛えた魔法は、魔法塾で披露する。
塾には魔法師の卵である同年代の子供たちが沢山通っている。アンディはそこでトップの成績を誇っていた。
アンディがなにかするたび、先生から感心された。
なのに。
「ねえ、さっきの授業、難しくない? 先生が言ってること全然分かんなかったぁ」
「お嬢様方。魔法戦闘の基礎戦術なら僕になんでも質問してくれ。僕は詳しいんだ」
「は? なにあんた、キモいんだけど。関係ない奴が話しかけてくんなし」
女子に話しかけるとこういう反応が返ってくる。
なぜなのか分からない。
格好良くポーズを取って、華麗に前髪をかき上げたというのに。鏡の前で何度も練習したし、母からも完璧と太鼓判を押してもらったポーズだ。
魔法塾には貴族が大勢通っているから、ここで有力貴族の令嬢と繋がりを持ちたいのに、全く相手にしてもらえなかった。
「ぼ、僕はいろんな武闘大会で何度も優勝してる……! お父様は軍の魔法部隊で指揮官をしてる……ウォンバード男爵家は何代も魔法師を出し続けている、魔法の名門なんだぞ!」
「ふーん。あんたのお父さん、軍で働いてるの。領地なしの貴族モドキって真面目に働かなきゃ生活できなくて大変ね。私たちはほら、領地からの税収があるから」
「そうそう。魔法は、なんていうか、貴族の嗜み的なやつだから習っておけって親に言われてるだけだし。あんたみたいに本気じゃないの。ごめんね」
「な、舐めやがって……僕は絶対に出世して、功績を立てて、お前らの家より広大な領地を陛下から下賜されるんだ! 今に見てろ!」
「あっそ。そんなに凄いなら、湖の魔物くらい倒せるわよね?」
「……湖って、王都からちょっと離れたとこにある、レイバール湖のことか?」
「そうそう。あの湖ってすっごく景色がいいんだって。遊びに行きたいけど、魔物がいたんじゃ怖くて近づけないし。あんた、魔物を倒してよ。そしたら友達になったげる」
「あの魔物は、精鋭が二十人がかりでも倒せなかった強い魔物で……いくら僕が天才だからって一人じゃ……」
「無理なんだ? だよねぇ。いくら魔法を真面目に覚えてもさ、個人の力なんてそんなもん。やっぱり本当に強いのは、権力と財力でしょ」
「ふざけるな! 魔法を舐めるなよ! 湖の魔物くらい、僕が倒してやるっ!」
アンディは大声で叫んでしまった。
教室にいた者たちが、なにごとかと視線を向けてくる。
大勢に聞かれてしまった。
誤魔化さなくては。
「倒す! 倒すが……その時と場所までは指定していない!」
「うわ、ダサッ」という女子の声を背に受けながら、アンディは魔法塾から逃げ出した。いや、逃げたのではない。授業が終わったから家に帰るだけだ。
あんな頭が悪そうな女子共に馬鹿にされても、少しも気にならない。
アンディは出世する。そうすれば自然とアンディの価値を理解してくれる女性が現れるはずだ。
それにしても無性に誰かに攻撃魔法を撃ちたい。
兄以外に攻撃したら傷害事件になるので、兄に撃つしかない。
なのに家に帰っても、今日は兄の姿が見えなかった。
実に腹立たしい。
メイドたちに聞いても知らないと言う。
「まさか匿ってるんじゃないだろうなぁ?」
「いいえ。本当に見ていません」
エリスという名のメイドが短く答えた。
兄レイナードはなぜかメイドたちから人気がある。
よく楽しそうに雑談しているし、メイドたちはこっそりと兄にお菓子など差し入れしているらしい。
不思議だ。
アンディが話しかけるとつまらなそうな顔をするのに、なぜ兄には微笑みかけるのか。
「言っておくが、この家の後継者は僕だからな。兄様は長男だけど、なんの力もない! ただ回復魔法がちょっと得意なだけの木偶なんだぞ!」
「左様ですか。しかしレイナード様は、私たちが怪我をしたら治してくれます」
「それがどうした! 怪我などポーションで治る!」
「ですがアンディ様は、私たちのためにポーションを用意してくださらないでしょう?」
「当たり前だ。お前たちメイドの怪我なんて、包丁で指を切るとかそんなだろ。大した仕事をしていないのに、権利ばかり主張するな!」
「……レイナード様は私たちの仕事を、とても大切だと仰ってくれます」
「ふん、当然だ。奴もお前らも雑用係。同じ仕事をしてるんだから悪く言うわけがない」
「そうですか。その雑用がたまっているので、失礼してもよろしいでしょうか?」
「待て。お前、こうして見ると、なかなか綺麗だな。明日、俺とデートしよう。いいレストランを見つけたんだ」
「そのような仕事をするほどの給料を頂いておりませんので」
「仕事じゃない! 妾にしてやると言ってるんだ!」
なぜ自分はモテないのか。
次期当主だというのに。メイドはどいつもこいつも冷めた目を向けてくる。クビになっても構わないという顔だ。
「妾って……結婚どころか、婚約者も彼女もいないのに、いきなり妾ですかぁ? モテないから、そうやって立場を利用して女を屈服させるしかないんですね」
「うるさいな! お前などもうどうでもいい……それより、あの新人はどこに行ったんだ?」
「新人、ですか?」
「そうだ。俺と同じような背格好で、ボーイッシュな雰囲気の……」
「ああ……なるほど。へえ、そうなんですか。アンディ様はああいうのがご趣味なんですか。ふーん」
「なにをニタニタ笑ってやがる!」
実に腹が立つ。
相手が男だったら、とっくに電撃を浴びせていたところだ。
「アンディ、そこにいるの?」
母カミラの声がしたので、アンディは背筋が伸びる。
エリスもビクッと肩を震わせ「失礼します」と足早に逃げていった。
「お母様。いかがいたしましたか?」
「聞いたわよアンディ。あなた、あの湖の魔物を打倒すると誓ったんですって?」
「……は?」
カミラがとても上機嫌で放った言葉に、アンディは背筋が凍り付く思いだった。
魔法塾で宣言してから、まだ一時間も経っていない。
あの女子たちが言いふらしたにせよ、母が知るには早すぎる。
「湖の魔物というと、王都近くのレイバール湖の魔物ですか……?」
「そうよ」
「僕が生まれる前に、二十人近い精鋭が挑み、それでも倒すことができなかったという、あの?」
「そうよ。もったいつけちゃって。王都の魔法師たちのあいだで噂になってるのよ。ウォンバード男爵家の息子が、魔物を倒すために湖を丸ごと買ったって。うふふ、あなたは本当に向上心の塊ね。やっぱり妾の子と違うわ。実はね、レイバール湖の別荘を買う予定だったのは、私のお父様なのよ。あなたが湖の魔物を倒してくれれば、あのときのリベンジになるわね。なんて親孝行なのかしら!」
「王都の魔法師たちのあいだで噂に……」
そんなはずはない。
ないのだが、母の耳に入ってしまったのは事実。
「いや、その……確かにそういう意気込みを塾で語りましたが、湖を丸ごと買ったなんて、ありえないでしょう。僕はそんな大金を自由に動かせません」
「分かってるわよ、そんなの。噂ってのは尾ひれがつくものなの。あなたみたいに若くして有名になった人は特にね」
「嘘の噂なのですから、ちゃんと否定しないと……!」
湖を買った噂だけでなく、魔物打倒の誓いも有耶無耶にしなければ。
「あら、否定しちゃ駄目よ。これはむしろチャンスよ。せっかく注目されてるんだから。本当にアンディが湖の魔物を倒せば、あなたの評価はますます上がるわ!」
「そんな……! だって精鋭が二十人挑んでも倒せなかったんですよ!? それを僕が一人で……」
「なに? あなた、私の子供のくせに、できないって言うの?」
私の子供のくせに、って。あなたは大した魔法師になれなかったから、魔法の才ではなく美貌を使って男爵家に嫁いだのだろう――。
アンディはそう言ってやりたかったが、グッと堪えた。
父がほとんど留守にしているこの家において、実質的な家長はカミラなのだ。逆らえば息子の自分でさえどうなるか分からない。
「いや……倒します……けれど今すぐってわけには……」
「そうね。強敵だものね。だからこそ倒す価値がある。頑張りなさい。私をあまり待たせないでね。あなたは妾の子と違って、この家の後継者なんですから」
カミラはそう呟いて去って行った。
「くそ……兄様はどこなんだ! 最近全然見ないぞ……僕の魔法の的になるくらいしか能がないくせに!」
アンディは兄を探して屋敷を歩き回る。
そのころ、無能なはずの兄が、湖の魔物に挑もうとしているとも知らずに。
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