第5話 剣聖剣との再会

 前世が剣士だったから、武器と防具の良し悪しは分かる。

 それを活かして品定めをし、質はいいのに修理されないままのものを買い漁り続ける。


 腕の悪い冒険者が次々と武器を駄目にして、買い直すことも修理することもできずに廃業する、というのは繰り返されてきた歴史だ。

 だから中古市場には武具が溢れかえっている。そして金のない新人冒険者がそれらを買い、やがて廃業して売りに来る。


 その繰り返しでボロボロになった武具は、見た目からして頼りなく、命を預ける気にはなれない。当然、買手はつかず、倉庫で朽ちる運命にあった。

 俺は古道具屋の倉庫を見せてもらい、それら『かつては新品だった武具』たちを生まれ変わらせ、市場に戻してやる。


 古道具屋は倉庫を圧迫していたゴミを処分できて嬉しい。

 俺はタダ同然で買ったものが高く売れて嬉しい。

 冒険者たちは新品同様の武器を中古で買えて嬉しい。


 新品の武具の売上には影響を及ぼしたかもしれない。が、王都は広いので、俺一人が暗躍しても、微々たるものだと思う。

 俺がこの商売に手を染めて一ヶ月程度。それで廃業に追い込まれるような店は、いずれ別の要因で潰れていたはず。

 そう考えて罪悪感を薄れさせ、俺は私腹を肥やした。


 しかし、こうも短期間で売買を繰り返すと、顔を覚えられ、警戒される頃合い。いらぬトラブルを生むのは避けるべきだ。

 俺は商人として出世するつもりはないのだ。どうせ名を売るなら、冒険者や魔法師の世界で有名になりたい。


 だから、今日で武器と防具の転売に一区切りつける。

 最後だから記念に、なにか大物を釣り上げたい。

 まあ、俺にとって商売最後の日でも、そんなの市場には関係ない。いつも通り普通のものが並び、俺はそれを普通に直して、普通に利益を得るだけだ。

 と、思っていたのだが――。


「この剣は……まさか俺が使っていた剣、か?」


 俺、と言ってもレイナード・ウォンバードのことではない。

 前世の俺。剣聖セオドリックの剣だ。

 それが武器屋ではなく、怪しげな骨董品屋に置いてあった。しかも、ほかの杖や槍などに混ざって、傘立てのようなものに突っ込まれている。

 一瞬、見間違いかと思った。だが柄を握ると、前世の感触が蘇ってきた。

 これは間違いなく俺の剣だ。


 鞘から抜こうとした瞬間、違和感。

 姿を見せた刃を見て、その理由がすぐ分かった。

 半分に折れているのだ。

 鞘をひっくり返すと、残りの半分が床に落ちた。


「この剣は、強力な魔法効果が何重にもかけられているんだぞ。魔族との戦いでも折れなかった。それが……」


 折れた理由も謎だが、こんな場末の骨董品屋に置かれているのも意味不明だ。

 この剣は俺が死ぬ直前、制作者の手に返した。

 あいつなら折れたとしても修復するはずだ。

 まして売り飛ばすなど考えられない。


「君は剣聖に憧れているのかな? 随分とレプリカを熱心に見ているけど」


「レプリカ? 本物ではなく?」


「レプリカに決まってるさ。本物なら折れたりしない」


 店員の言い分は正論だった。

 俺だって、剣聖の剣が中古市場で見つかったと人づてに聞けば、偽物だと決めつけたに違いない。

 だが、これは本物なのだ。


「そう。俺は剣聖セオドリックのファンなんだ。これで剣聖ごっこするから買うよ」


 こうして俺は、前世の愛剣を、二束三文で手に入れた。

 安宿を借りて、その床に折れた剣を置く。

 姿形は同じ。柄を握った感触も同じ。しかし魔法の力を感じない。

 前世の俺は魔法の心得がなかったが、それでもこの剣に付与された魔力の大きさを感じていた。それほど素晴らしい魔法剣だったのだ。


「直せる、か? 刃だけでなく、魔法効果も……」


 いつものように回復魔法を使う。

 回復魔法で生物の傷を治すのは普通のことだ。そしてアイテムを直すのは常識外れだが、まだ理解できる。しかし魔法効果という形のないものを回復させられるのか?


「な、直った……!」


 そこには完全にもとの姿になった魔法剣があった。

 ただ刃が生えてきただけじゃない。わずかに虹色の光彩を纏い、そして魔力を放っている。

 懐かしい。色々な思い出が蘇ってくる。


「直ったのに、もう半分の刃が残ったままだな。こっちにも回復魔法をかけたら、同じ剣が二本になったりしてね……って、ええっ!?」


 軽い気持ちで、冗談でやったのだ。

 まさか破片から剣が丸ごと再生されるなんて……。

 嘘だろ?

 握った感覚は、どちらも同じ。感じる魔力も、同じ。

 いかん。すでにどっちが本物か分からなくなった。というか、どちらも本物の残骸から再生したのだから、どちらも本物なのか?


「わざとへし折って回復したらどうなるんだろう……」


 思いついた以上は、試さねば。

 ふんっ、と力を込める。

 が、折るどころか曲げることさえできなかった。魔力で体を強化しても、まるで駄目。

 当然だ。剣聖だった頃の俺が全力で振るっても刃こぼれしなかった剣なのだ。

 では、なぜ折れた状態で骨董品屋にいたのか……。

 どんなに考えても答えを出せそうにない。


 今は別のことを検証しよう。

 まずは鞘を半分に折ってから回復する。無事に二本になった。

 それから鞘の先端を少しだけむしり取って、その小さな破片に回復魔法をかける。それでも鞘は再生されてしまった。

 ただし、もの凄く疲れた。魔力と気力がゴッソリと抉られた。

 どうやら再生する部分が増えると、それだけ俺に負担がかかるらしい。


 こうなると生物に対する効果を、ちゃんと調べたくなる。

 というわけで森に来た。

 モンスターの前脚を斬る。回復魔法をかけたら、斬った前脚が胴体へと近づいていき、綺麗にくっついた。

 今度は前脚を斬ってから、それを遠くにぶん投げる。すると胴体から新しい脚が生えてきた。

 斬った前脚のほうに回復魔法をかける。胴体が再生された。が、動かない。ただの死体だ。

 今度はモンスターを真っ二つにして、両方に再生魔法。片方は元気に動き、もう片方はただの死体になった。


 肉片からでも全て再生できる。けれど魂は一つだから、それが宿って動くのは一つだけ、という感じか。


 それにしても、肉片から死体をいくつも作り出すとか、破片から全体を再生とか、やはり回復魔法ではない気がする。


 これも考えたところで答えが出ない疑問だ。

 魔法の知識を蓄えれば、いつか解けるかもしれないし、ずっと解けないかもしれない。


 とにかく俺の力は、想像していたよりも更に強力なものだと分かった。この力を活用して、楽しく自由に生きていこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る